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イヴの情報と、宵闇の職業の話。そして途方もない第二層の探索

「ところで」


 皆で第二層のピラミッドから降りつつ、シビラはイヴをじーっと見つめる。


「な、何スか?」


「イヴちゃんを一目見て女の子と分かったアタシでも、このことは確認し忘れていたわね。……あなた、多分女神の職業を得てるんじゃない」


「あ……まあ、そっす。うちの教会から大人がいなくなったすぐ後だったんで、一応知識としては知っていたんで、【アサシン】のレベル1だって一方的に言われて、あーこれかーって。さっき女の声で6って言われたっす」


 アサシン……なるほど、それであの動きか。

 第一ダンジョンなら職業の加護なくとも戦えるだろうが、第二ダンジョンの魔物相手にあの圧倒ぶりだものな。


「へえ、ホントに暗殺の職業だったのね。そういえばセイリス第三ダンジョンを攻略していた『疾風迅雷』にも回避タンクのアサシンがいたわよ? 上を狙えるいい職業だから、しっかり育てなさい」


「えっマジすか、やったぜ! うっす頑張るっす!」


 ガッツポーズをして飛び上がりながら、イヴはエミーと会話しに行った。

 無警戒に感じるが、シビラが魔物の索敵を行っており、止めてない以上は危険がないと考えていいだろう。


 ふと俺は、ひとつ気になったことがある。


「なあシビラ、【宵闇の魔卿】ってのは、神官や聖者からしかなれないのか?」


「ん? んー……そうでもないわよ。だけど神官が一番『反転』に近いのよ。その落差の力で一気に変わる感じが近いかしら。『高いところから落ちる方が、湖に深く沈む』みたいな?」


 高いところから低いところに、か。

 理屈は分からないが、表現は分かりやすいな。


「それに、【宵闇の魔卿】以外にも職業はあるわ。相手の命を刈り取る方向に、職業の特徴が全振りされてるようなもの。だけど……それらは簡単に変われないのよ」


「どういう意味だ?」


「『魔法』は、身体に宿る魔力を使うわよね。反面、戦士系を含めた近接職は、『肉体』に職業の力が宿っている。だから、肉体側に変換の負荷がかかる。駄目そうな場合は……」


「場合は?」


 シビラは咄嗟に答えず、視線を外して言い淀んだ。


 まさか、他の宵闇の職業への変換は、想像よりも遙かに危険なのか?

 そんなことを、過去にシビラは……


 俺がじっと見ていると、シビラは諦めたように、眉間に皺を寄せて呟いた……。


「途中で、激痛に叫んでしまう。その時点でアタシは変換をやめたわ」


 その答えに……俺は安堵の溜息を吐く。


「……今の話で、なんでそんな顔なのよ」


「いや、死亡したり欠損したり、加護そのものがなくなるようなものかと思っただけだ」


「そんな危ないこと、できるわけないでしょ!? そもそも自己申告者しかやってないわよ!」


「だよな、気にしないでくれ」


 俺は軽くそう返して、少し怒ったように腕を組むシビラとの話を切り上げた。

 エミーとイヴがこちらに振り返り首を傾げたが、俺はなんでもないと首を振る。


 ……なに、少し安心しただけだ。

 お前が、他者を危険に晒してまで宵闇の職業を変換させようとしたわけでないと分かってな。

 もちろん、最初からそんなことしないだろうと分かっていたが、ハッキリ言ってもらえるのとでは天と地ほどの差がある。


 それにしても『宵闇の女神』と宵闇の他の職業か。

 どんな職業なのか興味はあるが……今は俺が【宵闇の魔卿】だ。

 一人で他の奴らの分まで、しっかり働いてやるさ。




 それからしばらく歩くと、壁に突き当たった。

 何もない、平坦な壁である。


 ある意味予想通りの行き止まりに、皆疲れたように溜息をついた。


「シビラ、どう思う?」


「みんななんとなく予想してると思うけど、多分このクソ雑ダンジョン、ピラミッドの他は何もない四角い部屋よ」


 その表現にエミーもイヴも苦笑したあたり、皆想像したこの第二層の構造は同じなのだろう。


 上から見たら四角い部屋というだけの滅茶苦茶広い第二層に、巨大なピラミッドが一個ある。

 後は、壁もなにもなし。


 雑の一言……だが、その面倒くささは最悪の一言だ。

 出口を探すにあたって、頼れるものが何もないのだから。

 危険は無いが、最大の敵は『徒労感』だろうな。


「ラセル。エクストラヒール・リンクを、気が向いたときでいいから定期的に無詠唱し続けて」


「了解」


「エミーちゃんは私と並んで、一緒に走ってちょうだい」


「は、はあ」


 それだけ伝えると、シビラはさっさと走り始めてしまった。

 エミーが慌ててついていき、俺とイヴも一瞬目を合わせると、二人を追いかけて走り始めた。


 しばらく走って、ふとイヴが「そういえば」と話を切り出す。


「シビラさん、ピラミッドを四方からエミーさんに叩かせたり蹴らせたりしていましたけど。あれ何だったんすかね?」


 それは、先ほどの魔物を全て倒した後に、シビラが最初に行った指示だった。

 エミーは首を傾げつつもシビラの言うことなら何か意味があるのだろうと判断し、シビラに言われるがままに何カ所かで思いっきりピラミッドの壁石を蹴った。

 その結果に満足した後、シビラはピラミッドを降りて現在の第二層地表部(地表というのも変な表現だが)を探索し始めた。


 あの行為の意味、か。


「それなら俺でも分かるぞ」


「……マジすか? ひょっとしてラセルさんも結構頭いい? むしろ普通は分かるような話なんスかね?」


「いや……普通は分からないはずだ」


 イヴは、まだあの魔王を見ていない。

 その嫌な話の内容を聞くと、どれぐらい性格の悪いヤツなのかすぐに分かるだろう。


 俺はそれを考慮した上で、自分の考えを話す。


「この、下の階を探す作業で、どこに下の階段があるか分からない状態。普通は壁のどこかに下の階への道があるだろうが……」


「ふむふむ」


「この『退屈』と『徒労感』との戦いとしか思えない、第二層。一番『徒労感』を覚えるのは、どういう場合だと思う?」


 分かりやすくヒントを出す。

 イヴは俺が見ても賢いと分かる。この言い方ならすぐに思いつくのではないだろうか。


 その予想通り、イヴは走りながらも考え、すぐ理由に思い当たったようだ。

 目を見開いてこちらに向き直り、その考えを披露する。


「……ピラミッドに下への階段がある場合っすね!」


「正解だ。まあ、俺も予想だがな」


 そう、ピラミッドは出発地点。

 もしもこのだだっ広い場所を延々探索させられた後に、最初の場所に戻って地下の入口があったとしたら、その精神的苦痛は計り知れないだろう。

 だからシビラは、その可能性を最初に潰したのだ。


 言われると思いつくような方法だが、最初にそれを思いつくかどうかとなると難しい。

 それは間違いなく、あの女神が魔王との知恵比べに執念を燃やしている証左。


「シビラは、地下の入口を探し出す。間違いなくな」


「うっす、シビラ姉さん美人なだけでなくメチャかっちょいいし、頼りにしてるっす!」


 イヴがすっかりシビラを気に入って褒める姿に微笑ましいものを感じつつ、俺達は先を行く二人の姿を見た。


 視界の先で、エミーが何とも嬉しそうな顔で、シビラの方を見ている。

 シビラは、走りながら頭をぼりぼりと掻いていた。




 壁を伝うかと思うと、すぐに反転して部屋に雑巾をかけるように移動を始めるシビラ。

 その行為を繰り返すこと、幾度か。

 魔法で疲れないとはいえ、ピラミッドの場所まで戻り、立ち止まらずにその先まで探索範囲に入るとは。

 本当にこの広い第二層、全て見そうな勢いだ。


 どれぐらい回復魔法を使ったか分からなくなった頃。


「……ふふふ!」


 シビラから、再びあの声が聞こえてきた。

 俺がその先を覗く前に、「ああーっ!」とエミーが叫ぶ。


「どうした?」


「あったーっ!」


 エミーが指差した先には、なんと床にぽっかり穴が空いており、その場所から下への階段があった。

 ついに、見つけた……!


「ノーヒントで、壁からもピラミッドからも離れた中途半端な場所! アタシみたいに頭の中でどこ走ったか覚えられる人がいないと、完全に詰むわねコレ!」


 ……全くだ、どこまでも意地の悪いダンジョンだな……!

 壁からこの階段まで、かなり距離があったぞ……。俺ですら、一度は『下の階はないかもしれない』とすら思ったからな。

 正直一人でこのダンジョンを挑戦などする気にはとてもなれないな……。


 ……だが、それでもシビラの記憶力と感覚の方が上だった。

 何の目印もない場所で正確に塗りつぶすように走り、下の階を探し当てたのだ。


 意外な罠だろうと、単純な難しさだろうと、今のシビラの前では無いに等しいってわけだ。


「ラセル、エミーちゃん、防御魔法!」


 そしてシビラの宣言通りに、俺とエミーが魔法を使う。

 更に俺は、すぐに戦えるよう闇属性の付与も忘れない。


「もう退屈だわ、みんなもそうよね」


 俺達は、さんざん魔物もなく走らされた鬱憤を溜め込んだように、皆で頷いた。


「エミーちゃんを前に、下へ行くわ。次もきっと厄介、でも必ず勝つわよ!」


 そして俺達は、第三層への階段を降りた。




 降りた先に……いた。

 何度も俺の中で討伐を願った、あの姿が。


「……低俗な宵闇の分際で、まさか、まさかこのダンジョン最下層が、ここまで早く見つかるとはッ……!」


「アタシの方が上だっただけよ〜? ()()ダンジョン、残念でした!」


「このッ……! 宵闇の、安い癖に、女神でありながら安物まみれの癖にッ! あまりに粗野、無作法、 不仕付けの極み! 到底許されませんね……!」


 魔王が腕を左右に広げた瞬間、その左右の地面から魔物が出現する。

 大きな角と、大きな巨体を持つ巨竜のような魔物だが……退屈と戦ってきた俺から見ると、倒し甲斐のあるいい獲物にしか見えないな。

 今すぐあの魔物を餌食にしたいと、剣が武者震いに音を鳴らした。


 今日はずっと、シビラばかり良いところを見せていたように思う。

 頼れる相棒のことは誇らしいが……それだけでは納得いくはずもない。

 せめて最後ぐらいは、俺に出番を残してくれてもいいだろう?


 特に、待ちに待った魔王戦ぐらいはな。

 さて……今まで煮え湯を飲まされ続けてきた分、きっちり借りを返させてもらうぞ。

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