セイリス第四ダンジョン下層の秘密、水面下で続く戦い
足元のピラミッドを上ってくる角付きの魔物が、眼下で蠢くのが僅かに視認できる。
ダンジョン構成は雑ではあるが、ひたすら物量で押し潰してくる形は厄介だな。特に『一対一に持ち込みづらい』という辺りが厄介だ。
強い魔物を複数人で取り囲む戦法はやったことがあるが、自分たちがそれをやられる側になるとはな……。
そういえば、昨日エミーに力を渡したことで、対象を選ばないと理解した魔法がある。
「イヴ、あと二人も」
「ん、何スかお兄さん」
「《エンチャント・ダーク》」
俺は早速、イヴの武器に闇の光を付与した。
その刃先を見て驚くイヴに「よく切れるから気をつけろ」と一言忠告し、二人の方を向く。
俺の意図を理解して、二人も武器を差し出した。
「……そろそろやってくるわよ!」
二つの刃先に闇の光を纏わせたところでシビラが宣言し、俺は後方に向き直る。
うっすらとしか見えていなかった魔物は、既にはっきりと姿が見えるぐらいになっていた。
「……ニードルウルフ。いきなり第二ダンジョンにいない魔物が来たわね」
こいつがここの魔物か。その姿から、頭突きと食いつき両方をやってくる魔物であろうことは理解できるな。
近づかれると厄介なタイプだ。
ニードルウルフは、こちらを取り囲むように広がりながら石段を上ってくる。
……明らかに第一層のニードルラビットと同じように、魔王の手が加わった動きだろう。
普通はそれで俺達への対処は十分だろうが、相手が悪かったな。
俺相手には、その戦術は無駄だ!
「《ダークスプラッシュ》!」
剣を片手に、左手から自分のピラミッド一面を塗りつぶすイメージで撃つ。
黒い魔力の攻撃が、文字通り横殴りの雨となって、狼たちの身体へと叩き付けられた。
二重詠唱で密度の濃くなったダークスプラッシュは、回避しようと思って避けられるものではない。しかも近づけば近づくほど隙間は少なくなり、被弾範囲は増える。
防御も回避もできない。
……こういう障害物のない場所なら、この魔法は相性抜群だな!
「おっ、ラセルの魔法でこっちの奴らも結構当たってるわ! アッハハうっけるー! サイドステップ指令、やりすぎて完全に裏目ね!」
右側にいたシビラの担当する魔物も、どうやら取り囲むように動いていたようだ。
しかしそれが仇になったらしい、俺の魔法の範囲に入ってしまったようだな。
右側が範囲内ということは、当然左側も範囲内だ。
「……クッソかっけえ……ラセルさんマジぱねーっす。……よし、これだけ減ったのなら……!」
やはり左側の、イヴが担当する魔物も倒していたようだ。
魔法が切れないように意識して連続二重詠唱しながら、俺はイヴを観察する。
イヴの正面には、こちらと同じニードルウルフ。その機敏なサイドステップを凌駕する動きで、イヴ自ら魔物に近づく。
左手に嵌めた厚手のグローブが、小さな円盾を手首に巻いている。その盾を相手の口にねじ込むように素早く動いた。
魔物が硬い盾に噛みつく音が鳴ると同時に、イヴのナイフが魔物の首を掻き切った。鮮やかな手つきだ。
「うおっ、黒い刃すげえ!?」
と。刃を入れて闇属性付与の威力に驚嘆しながら、俺の側まで戻ってきた。
バックステップで俺の隣に着地したと同時に、腰から小さな投げナイフで牽制をした辺り、最後まで油断がない。
投擲も正確で、ナイフが目に刺さった魔物が怒りの声を上げる。
イヴは俺の闇属性に驚いていたが……いや、驚くのはこっちだ。
シビラがイヴのことを『飢えた狼』と例えていたが、本当にイヴは独特の動きをしている。
第一層でニードルラビットをまとめて倒した技術、生半可なものではない。明らかに第一ダンジョン程度では役不足だな。
「《ダークスプラッシュ》……いなくなっただろうか」
最も効率よく討伐できる俺が、担当していた方角から動くものが見えなくなったのを確認してイヴに声をかける。
「イヴ、厳しいようなら手伝うぞ」
「いえっ! もうこっち少ないんで大丈夫だと思うっす。何より自分の取り分になる以上は、がっつり頑張らせてもらうっすよ!」
「分かった、だが無理はするな」
俺はイヴ自身の言葉を信じ、後ろ側だったエミーの方を向く。
ピラミッドの頂上から天井へと不自然に伸びた階段、その側にエミーはいた。
「——やあああっ!」
その光る盾で、狼を遙か遠くに吹き飛ばしていた。……あれなら吹き飛んだ衝撃と、受け身を取れず落下しただけで死んでいそうだな。
盾がメインではあるが、剣の腕も決して悪いわけではない。エミーには木剣を打ち鳴らしていた経験と、聖騎士としての能力、それに闇魔法の付与もある。
こちらを心配することは、やはりなさそうだ。
下層といっても今のところ物量ばかりで、魔物が強いわけではない……といったところか?
いや、あの魔王が作ったダンジョンだからな。今でも十分に厄介だが、油断はできない。
「ラセル! アタシの方を担当して!」
「おいおい、お前が先に音を上げるのか? わかった、経験値を貰っておこう」
やれやれ、イヴより先にシビラの方角を担当することになったな。
俺は眼下の魔物目がけて、再びダークスプラッシュの連射を始めた。
俺の後ろに下がったシビラはマジックポーションを飲むと、俺の隣へ……は、来なかった。
「……やってくれるわね、あのクソ野郎。《ストーンウォール》!」
シビラが次に行ったのは、空いた手を天井に向けて、石の壁を作ること。
当然シビラは、無意味にこんなことをする女ではない。
魔法を連射しながら、嫌な汗が背中を伝う。
「《ダークスプラッシュ》……おいシビラ、何をしているか教えてもらってもいいか?」
「ええ、四方の魔物も大体いなくなったようだし。……ところでここ、天井遠くて真っ暗よね」
「……まさか」
シビラが次に天井に向かって放った魔法は、フレイムストライク。シビラの使える中でも高威力の魔法だった。
その火が天井に近づくと——!
『ガアアアア……!』
遠いため小さく感じるが、ハッキリと『絶叫』だと分かる魔物の悲鳴が聞こえてきた。
「全員、ピラミッドの一番上から離れて!」
シビラの宣言に、イヴとエミーも魔物に対処しながらすぐに動いた。
次の瞬間、肉の潰れた音とともに落下時の風圧がこちらに届く。
「ワイバーンよ! ラセル、首を!」
「ああ!」
そこにいたのは、翼を持った小型の竜の魔物の焼けた姿だった。
起き上がる前に、俺の剣がワイバーンの首を切り落とす。
「戦いにおいて、有利な上側を取るのは基本戦術! だから普通は、ここに陣取って下側を向く。上は第一層、何かあるとは思わないわ。……だから気付かない。第一層と第二層の間に、魔物が通る隙間が空いてるなんてね……!」
上からの襲撃を行うための、魔物が通るスペース……!
下層にしては魔物が弱いと思っていた。
まさか、俺達が下にばかり意識を取られていた隙に、本命の翼を持つ竜が頭上から襲ってくるとは……!
こんな奴に後ろから不意打ちされたら、どんな熟練者でも危機に陥る。
そして、何より恐ろしいのは……この明らかに上級の魔物であるワイバーンが現れた時点で、全員こいつの方を向いてしまうことだ。
その結果……俺達は、後ろからニードルウルフの体当たりを受け、全身を食らいつかれていただろう。
このピラミッドの頂上が、『ただの雑な地形』から『最も挟み撃ちに向いた地形』へと変わるのだ。
性格最悪の、ダンジョンメーカー。
規格外の能力を誇る、最凶魔王。
だが。
「《ストーンウォール》! これで通路を塞いだわ。……第三ダンジョンでは散々先手を取られたんだもの。『想定』のできるセコい方法全部、アタシが完封してやるわ。今回もアタシの索敵魔法を想定していなかった、奴の負け。今あのクソ野郎が悔しがっていると思うと、それだけで気分いいわね!」
そんな魔王の、ただ一つの想定外。
——こちらには、シビラがいる。
ああ、そうだな。ここまで派手なダンジョンメイクをしておいて、肝心の作戦が先手を打たれて完封されるなど、奴にとっちゃそれはそれは腹立たしいだろうな!
俺はシビラと同じようにニヤリと口角を上げると、無言でハイタッチをした。
シビラはエミーとイヴにも勝利のハイタッチをしに回る。
……あの魔王が隠した、セイリス第四ダンジョン。
その隠し場所も、第二層の罠も、シビラの勝利だ。
「ふっふっふ……! ラセルの魔法も調子良さそうだし、このまま下行くわよ。このシビラちゃんをコケにしたこと、後悔させてやるわ……!」
その顔つきは、勝利への喜びを露わにしつつも、決して油断はしないぞという意志でギラギラと燃えていた。
魔王。お前はどうやら、最も敵に回してはいけない者を怒らせたようだな。
当然俺もお前に、有り余る魔力を叩き付けたくて疼いている。
そのための道のりは、俺の女神が示すだろう。
散々好き放題言ったんだ、それぐらいの覚悟はあるよな?
この未拡張のダンジョン、俺達で喰らい尽くさせてもらうぞ。






