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イヴの、女神に対しての同じ感情。そして彼女も、女神を見た

 茶髪のウェーブヘアに、動きやすそうな軽装服。

 宿で送り出した時とは違った、明らかに近接戦闘用の格好をしたイヴが、こちらに小さく頭を下げた。


「……うっす、どもっす」


 どう声を掛けたものか迷ったように、様子を窺いながら何度も頭を下げる。

 シビラがカットしたから女性とはっきり分かるものの、元が少年っぽいから何だか舎弟っぽい雰囲気だな。


「イヴちゃん、やるわね! 助かったわ! でも何故ここにいるのかしら?」


「いやぁ、丘の上に孤児院あるんスけど、あたし目いいんで見つけたからついてきてしまったんすよ……。あたしの助けとかいらねえかなってぐらい、お姉さん達がドチャクソ強かったっす。あれ盾受けしてむしろ吹き飛ばすとかマジびびりましたわ」


「まあね、エミーちゃんは【聖騎士】だもの」


「聖騎士!? えっ、マジすか、いや確かにあんだけ強かったら……」


 イヴのきらきらとした目を見て、エミーはぽりぽりと頭を掻いている。まずはシビラが軽く会話の切っ掛けを掴んだところで、俺は一瞬シビラと目が合った。

 シビラは、軽くイヴにハグをした3秒ほど……片目を閉じて、口に指先を当てた。

 ……了解だ。


「ところでイヴちゃん」


「なんスか?」


「あなた、女神を信じてる?」


 剛速球の直球じゃねーか!

 もうちょっと柔らかく入れろ!


 俺が闇魔法を使うことに関連して、イヴに対してまずは黙って探りを入れるというのはアイコンタクトで分かった……が、いきなりこんな聞くか普通!?


 いや、聞くよな。

 何故なら……シビラだからな!


 ……だが、シビラがいきなり聞くということは、何かしら確信を持っているともいえる。

 さすがにこいつが、俺を危険に晒すような真似をしないことぐらいは分かっているからな。


 エミーもイヴも、唐突すぎたのか驚いて固まってるが……イヴが先に言葉を絞り出した。


「……へ、女神?」


「そーよ。太陽の女神様。女神様に逆らいそうな奴は、信仰に身を捧げたこのあたしがグサーッ! みたいな?」


「……あはは、なんすかソレ。女神様とか信じて……全くないわけじゃないスけど……。でも、結局あたしらを助けてくれやしなかったし、女神のためにアサシンやれとか言われても、信仰より先に『まずは金もって来いや!』って感じスね」


 イヴの口から出た、俺やヴィンスみたいな男の孤児にも負けないどころか、遙かに逞しい返答。

 シビラはもちろん笑った。


「アッハッハ! イヴちゃんイケてるわね、超いいわ!」


「むしろあたしにとっちゃ、お姉さんの方が女神って感じっすよ」


「……いいわ、あなたとってもいい。ああちなみに、イヴちゃんの銀貨袋、あれ勝手に渡したけどそっちの彼——ラセルの持ち物だったのよね」


 イヴは驚きに目を剥き、こちらを見ながらぺこぺこ頭を下げた。


「あっ、あ、えっとお兄さん、ラセルさん、ありがとうございました! いや、えっと……滅茶苦茶入ってたんで、がっつりショキトーシっつか、だいぶ使っちゃいましたけど」


 初期投資とは、孤児にしては難しい言葉を知ってるな。

 教育をしていた担当神官が良かったのだろうか。イヴの身に何があったかは分からないが、頭は良さそうだ。

 どれぐらい初期投資の重要性を理解しているかは分からないが……装備を最初にいいもので揃えることは、良い判断だったと思う。


 俺の出身孤児院も、下手な子よりもかなり勉強できたように思う。うちにはジェマ婆さんにフレデリカ、そして何より古い院の地下に眠っていた本を読み漁った、同い年教師のジャネットがいたからな。


「いや、気にするな。大金がギルドの登録に入ったばかりでな、元々使い道に困っていたぐらいだ。こうやって俺を助けるために使ってくれたのなら、全部使い切ってもお釣りが来るぐらいだ。返さなくてもいいからな」


「へへ……めちゃいい奴っすねラセルさん」


「でしょでしょ!」


 俺とイヴの会話に突如エミーが乗っかったところで、イヴは驚いて止まり……エミーをじーっと見た。

 お互いに何かを察したのか、エミーは「あっ」と小さく言い、イヴとシビラは満面の笑みである。


 ……エミーのせいで、俺が気まずいのは納得できない。

 つーかシビラはちらちらこっち見んな。


「いや、突っ込まないっすよ。お姉さん同じ孤児として嫉妬するぐらいめちゃかわっすね。……ところでシビラさん」


「ふふっ。ええ、何かしら?」


「——さっきの『女神を信じるかどうか』っての、なんか裏がある質問なんスよね。無論どんな理由でもお姉さんの出す道はウマそうだからついていくっスけど、渡るのヤバい橋っすかね?」


 声のトーンを落として、イヴが一言を放った。

 明るく笑っていたシビラの顔が一瞬驚きに瞠目し……勝ち気で獰猛な、肉食獣のような笑みへと変わった。

 イヴは、初めて見るシビラの顔に息を呑む。


 ……いや、俺も驚いた。

 厳しい環境で育った孤児が、ここまで鋭敏な感覚を持っているとは。

 穏やかに育った俺達とは、知識や知恵というより根本的な部分での『警戒力』が違うように感じるな。


「いい……いいわ。あなたみたいな、理性を持った飢えた狼みたいな子、アタシは好きよ」


 そしてシビラは……遠慮無く黒い羽を顕現させて広げた。

 それは、シビラが秘密を共有する者にだけ見せる羽。

 部外者には、気楽に見せるはずのない女神の姿だった。


「アタシはシビラ。『宵闇の女神』っていうのよ」


「……うぇ……?」


「ああちなみに、別に太陽の女神を取って食おうみたいな怪しい宗教じゃないわよ。あっちと同じように魔王討伐してる、裏のチームみたいなもの。……みんなには秘密よ〜?」


 とりあえず、何とかこくこくと頷くイヴ。

 まだ、驚いた顔で絶句したままだ。


「ラセルは闇魔法を使えるけど、回復魔法も使えるっていうか、つっけんどんだけど優しいお兄さんだから、イヴちゃんも仲良くしてあげて」


「保護者面するな」


 一言多いシビラに突っ込んで空気が緩んだところで、イヴが再び動く。


「……いやあ、なるほど……確かに、太陽の女神を信仰してたらばらせませんわ……。でもお姉さん、マジもんの女神って言われて納得っす、つか美人すぎ、同じ人間だったら理不尽すぎっすよ」


 驚きから復帰して、大分気が楽になったように笑った。


「むしろ……シビラさんが女神様なら、毎日のお祈りで初めて助けてくれた女神様っすね。だから前言は撤回っすよ——」


 イヴはそれまでと違った優しい表情をして、両手を重ね合わせながらシビラへ向き直る。


「——女神様のこと信じてるっす。でも、あたしの女神様は、シビラさんだけっす!」


 それこそ太陽のように、晴れやかな笑顔を向ける。

 今度はシビラが驚いたように目を見開き……羽を仕舞ってイヴの頭を優しく撫でた。


「……うーん、今回マジでいい子ちゃんだらけ。アタシの方が困惑しちゃうぐらいだわ」


「へへ、そう言われると照れるっすね」


「でも最初はスリだったのは忘れてないからね」


「うっ……」


 いい感じで終わりそうだったところ、シビラが最後に厳しく締める。

 未遂とはいえ、犯罪は犯罪だ。そういうところを甘く流したりはしないらしい。


「ラセルの前に、盗みは?」


「そ、それはマジにナシ! 誰にもやってねっす! だからエミーさんに捕まったときは、もうほんと死にたいぐらい後悔したっす……」


「……アタシもこんなこと言いたいわけじゃないわ。一応信じるけど、償いとして探索を手伝ってもらうわよ」


「そ、それはもちろん! タダ働きで問題ないっす!」


「いいえ、それで孤児院の子がひもじい思いをするのなら、逆にアタシらの方が落ち着かないわよ。倒した魔物はあんたのもの。だから……自分の金銭欲のままにガンガン働きなさい! それが結果的に、アタシ達を助けることに繋がるわ!」


「シビラさん……! はいっす!」


 ……上手い。犯罪を諫めつつも、いい落とし所を見つけた上で、やる気を引き出す方向に持っていった。

 もしかしたらイヴも、乗せられてると分かった上で頷いているかもしれない。だが、お陰で二人の関係は、裏表無く良好だと感じられるな。


 思わぬ仲間が加入した。

 会うのは二度目だが……お互いに知らない仲ではない。

 その働きは、信頼できそうだ。


「さて、長話したけど今は夜なのよね。あんまり夜更かししても心配するだろうし。降りるわよ!」


 シビラの号令に皆で頷くと、俺達は第二層へと降りた。




 ……階段が、妙に長い。

 横に広い階段をしばらく降りたところで、先頭のエミーが「うわ……!」と驚きに声を上げる。


「どうした?」


「な、なんか……すっごい広い……!」


 エミーに次いで俺やシビラも降りると……なんと階段は、まるで宙に浮いているように高い位置にあった。

 その長い階段を降りると、小高い空間。ちょうど大きめの部屋ぐらいの広間があり……その四隅に、下への階段がある。


 これ、何だったか……ジャネットが教えてくれたものにあったような……。


「うわっ、ピラミッドの頂上か何かなわけ!?」


 そう、それだ。

 ピラミッドという建造物を彷彿とさせる。その頂上にいるような形だ。


 そして、今のピラミッド頂上から見て地表側には……赤い岩の空間が広がる。

 その先の空間は、あまりに遠くて暗く見えない。

 分かることはただ一つ。この第二層——恐ろしく広い。


 シビラが頭を抱えながら溜息を吐き、叫んだ。


「めっっっちゃ雑ゥ〜〜〜〜〜〜!?」


 その心からの叫びに、俺達三人は苦笑しつつ同意した。

 まさかダンジョン第二層が、壁も何もなくひたすら広げまくっただけとは……。


「しかし、色から察するに下層。つまり出来たてダンジョンってわけね。……ダンジョンメイクはダンジョンコアの魔力をかなり消費する。ここが第五ダンジョンで、第四ダンジョンを作り終えてるとかじゃなければ、間違いなくこの第四ダンジョンは最近作られたものよ」


 そうだ、アドリアダンジョンも第二層が最下層だったが、翌日には下層になっていた。

 ただし、翌々日も下層。それはあのダンジョンが出来てすぐだった情報と一致するし、シビラの言うようにすぐにダンジョン拡張できるわけじゃないことを意味する。


「単純だけど、厄介。そして見たところ……下から魔物が、四方八方から上ってきてるわ。イヴちゃん、先に言っておくけどあまりラセルから離れないように。近くにいると防御魔法の範囲に入るから」


「了解っす!」


 イヴに確認を終えて、それぞれ下層の魔物に備えた。

 俺は腰から剣を抜き、ウィンドバリアを張り直す。


 第二層、どんな魔物が来るかは分からないが……あの魔王が用意したものだというのなら、全て迎え撃つまでだ。

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