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セイリスの海のように広く深い、水面下の戦い

新たにレビューをいただきました、ありがとうございます。

(一部レビューに関してなのですが、基本的に内容には反映させないようにしています(特に内容に関しては既に出版社と動いていますので)。よろしくお願いします)

 ニードルラビット、それはつい昨日シビラから聞いた名前だった。

 セイリス第二ダンジョンの魔物だったはずだ。


「二人は下がって。《ファイアジャベリン》」


 シビラはすぐに砂浜に現れた魔物に魔法を放つと、一撃で燃やし尽くした。

 周りの海水浴客が拍手する中、ニコニコ笑いながら指を二本立てる。


「すげえ……つーかとんでもねえ上玉……」「魔法も凄まじいな……」「浜辺の女神様だ……」


 思いっきり女神様って言われてるじゃねーか。お前も手を振り返すな。


 前言撤回。シビラは半分目立ちたい、じゃない。

 九割ぐらい目立ちたい、一割あわよくばそれの相乗効果で隠れていたい、ぐらいしか考えてないぞあいつ。


 それから燃え尽きた兎の角を思いっきり根元から折ると、屋台の方に角の折れた大兎を持っていく。

 軽く交渉すると、肉を砂浜の屋台にいた男に渡してこちらに戻ってきた。売買成立、といったところか。


「シビラ、お疲れ」


「……」


「無視かおい」


「え、ああ。何でもないわ。それで何だったかしら」


「……いや、お前大丈夫か?」


 今までになく心ここにあらずといった様子のシビラを見て、さすがに俺も心配になる。

 こいつはいつでも余裕綽々が服を着て歩いているみたいな女なのが特徴だからな。今はほとんど服を着ていないが。


「シビラさん、えっと、お疲れ様でした」


「いいわよ、エミーちゃんは盾がないと本領発揮できないし、ラセルはここでアレを使うわけにはいかない。アタシみたいなのって、こういう時のために再降臨直後も一応最低限は戦えるようになってるわけ」


 最低限とはいうが、今のシビラは……30以上だったか? 十分ベテランの域だ。

 僅か数日だというのにいつの間に……。……いや、そういえば戦わずしてドラゴンの心臓を食べたりしてレベル上げてたな……。


 さて、まずはシビラがこうなっている原因に心当たりがあるので、直球で聞いてみよう。


「シビラ、この魔物の出現は予想できなかったのか?」


 ダンジョンスカーレットバットがアドリアに現れたことを考えれば、海水浴場に魔物が現れるぐらい予想できそうなものだが……。

 シビラは俺の問いに、表情を変えることなく口元に手を当てて考えていた。


「無理ね。セイリスの第一、第二、第三それぞれ柵があって魔物が出て来られないようになっている。その上で移動途中には、三カ所ともそれなりに腕の立つ人が常駐してるの。例えば第三の門番さんは、アレ【盗賊】系ね」


「分かるのか?」


「装備と匂いでね。きっと足速いわよ、ギルドぐらい速攻で着いて連絡取れるぐらい」


 ああ、そういう役割なのか。助けを求めて避難をするために、足の速い人を常駐させている。あの人はただの門番じゃなかったんだな。

 そこまで一目で看破できるというのに、今回は分からないというのか。


「第二ダンジョンの魔物だから、あっちから出てきたはずなんだけど……全く分からないのよね、どうやって抜けてきたのか」


「そんなにか? 可能性としてあるんじゃないのか?」


「砂浜に来る前に、十中八九セイリスの兵士に倒されているわ。イヴちゃんも震えた、治安維持のセイリス兵士よ」


 そういえば、イヴと最初の方の会話で話題に出たな。厳しいらしい、セイリスの兵士達。

 仮に魔物が出たら、黙っているはずがない。


「……んんー……ま、いいわ」


 シビラは最後に曖昧な切り上げ方をして、岩の陰まで行き腕を組みながら黙ってしまった。

 その顔は、怒りも困惑もない、静かな顔だった。


 当のシビラが遊んでこいと言うので、少し様子を気にしつつもエミーと一緒に海に入って泳いだり、海の物に触れて楽しんだりさせてもらった。

 ずっと岩の陰をうろついていたシビラに見せると、以前ジャネットから聞いた名前の数々を聞くことができ、知識の中にしかなかった海の様々な生き物の実物を、お互いに見て触って感動した。


 エミーがヒトデの実物を見つけて悲鳴を上げて飛びついてきたりと、ちょっとしたハプニングもあった。というか俺自身あの形が動く様に「うおっ」と驚きに声を上げてしまった。

 魔物を見慣れた俺ですら、海は不思議な生物が多いな……。


 ……結局その日、シビラは一度も泳ぐことはなかった。




「遊んだわねー」


 すっかり遊び終えた俺達は、浜辺に併設してある身体を洗うための施設を利用した。水の魔石を使っているのか、綺麗なものでよく管理されている。

 セイリスは海の街。宿までの道を水着のまま歩いても、さほど目立つことはない。


「ねえ、シビラさん」


「ん? なあにエミーちゃん」


「シビラさんって、頭いいって言われてて私もすごいなーって思ってるんですけど、それでも今回のってそんなに難しい感じなんです? どれぐらい考えてるのかなーって」


 エミーの質問は、シビラの考えていることに関するもの。

 俺もその辺りは気になるものがあった。シビラがどれぐらい考えているのか、想像つかない。


「そうね。ダンジョン内ならともかく、外に出ると難しくなりすぎるのよ」


 思いのほかあっさり、お手上げ宣言を言い放ってしまった。


「例えば、魔王は最下層からアタシらに会わずにいなくなった。そしてあの最下層は、抜け道もなかった。……つまり壁を抜けたか、抜け道をダンジョンメイクしていったわけ」


 ああ、確かに俺も魔王に出会わなかったことは不自然だなと思っていた。

 もしかすると壁抜けかもと予想したことはあったが、なるほどダンジョンを作り替えてしまえばいいわけだ。


「で、帰るときにアタシは一応索敵魔法を使っていたのよ。でも、魔王らしい影はなかった」


 ……そうだったのか。あの時は慌てて走っているようで、その辺りもすでに考えていたんだな。


「すると、一つの可能性が現れる」


「……それは?」


「木を隠すなら、森の中。じゃあ……人型の生き物を隠すには?」


 ……ッ!


 俺とエミーは目を見開き、周囲を見た。

 そこには、普通の平民、こちらを不思議そうに一瞬振り返った通行人、屋台の人、露店の人、昨日の……宝石商の露店が一つないな。


「……そう。この街の人全てに疑いがかかる」


 シビラに言われた途端、自分達三人以外が、まるで何か全く別の存在に見えてきた。

 エミーの方を見ると、エミーも不安と恐怖を綯い交ぜにした顔でこちらを見ている。

 と、そこでシビラが手の平を叩いた。

 

「ま、言っても仕方ないわ。セイリスの魔王がどれぐらい前からそれができるのかわからないけど、未だにこの街に何もしてないってことは、何か執心しているのでしょうね」


「街はともかく、俺達は?」


「トドメ自体面倒臭がったでしょ? 白昼堂々に暗殺とかも可能性は低いと思う。だから一旦は、魔王のことは頭の隅に置いてるわけ。魔王が変身できる可能性もあるけど、そうじゃないのなら顔が割れる上に失敗の可能性が高いエミーちゃんの暗殺、リスク超あるわよね。——この街を出歩けなくなる、という」


 ……なるほど、そこまで考えて……考えた上で、魔王に対する警戒を解いているのか。


「予想できるのはここまで……。予想と予言は違うわ。アタシは予言者じゃないから、的を絞れない。でも——」


 あっさりお手上げという格好をしたところで、言葉を続ける。


「——予言は頭のいい人じゃなくて、そういうスキルを持った人なの。だからある意味、それに頼ってしまうと危ないのよ。アタシが考えるのはあくまで可能性だけ」


 それだけ言い切ると、シビラは再び歩き出した。


 エミーがその背中を見ながら、ぽつりと呟く。


「責任、感じてるのかもなあ」


「……責任? あのシビラが?」


「うん。自分のせいで海水浴客を危険に遭わせたかもしれないって。だからなんだか今日、あんまり遊ばなかったよね。……私、シビラさんとも泳ぎたかったのに、なんだか保護者みたいで寂しかったな……」


 俺から見ても二人はずいぶんと話し込んで仲良くなったようだったし、一緒に遊びたかったのだろう。

 エミー……お前はシビラのこと、かなり気に掛けていたんだな。


 俺も、今日のシビラは微笑んではいたが、どこか思い詰めていたように思う。

 ……やはり、以前の【宵闇の魔卿】がセイリス第三ダンジョンで敗れたことも含めて、責任を感じているのだろうか。

 本来はその責を外部の者であるシビラに課すなんて、筋違いもいいところなのだが……それでもあいつは、自分が防げたことを、自分の責任のように考えている。

 そういうところ、やっぱり誇り高いよな、あいつは。


 俺達はシビラの背中を無言で追いかけながら、宿へと戻った。




 晩は宿の海鮮多めのビュッフェを食べて、エミーと一緒に舌鼓を打った。海の幸がこれだけ沢山食べられるのだから、セイリスに住んでいる人を羨ましく感じるな。

 俺もエミーも随分と遊んだからか、空腹で次々料理を手に取り、結局ほぼ全ての料理を食べてしまったように思う。

 セイリスの料理、すっかり気に入ってしまった。


 だが案外毎日この美味しい料理が続くと、村での肉と野菜の料理の方が恋しくなったりするものなのかもしれない。

 食べ慣れた味、というやつだろう。


 ……シビラはこの時も、ほとんど喋ることはなかった。




 部屋に戻ると、すっかり日が落ちていた。

 俺とエミーはというと……この中で最も話の切っ掛けを作り、賑やかに茶々を入れてくるシビラが静かなこともあって、なんとも気まずい空気が漂っていた。

 同時にこのパーティーは、やはりシビラが中心になっているのだなと再確認できたように思う。


「……ふ、ふふふ……」


 後ろからの笑い声に、俺とエミーは慌てて振り向く。

 そこには……待ちに待っていた、シビラの不敵な笑み。


「ラセル、回復と治療」


「分かった」


 言われたとおりに魔法を使うと、一日遊んだ疲れが吹き飛んだ上に、精神的な開放感も味わうことが出来た。

 ……やはり思い詰めていたのだろう、エミーと一緒に海で楽しんで良かった。エミーも、朝にうなされていたとは思えないほど元気が感じられる。


「そんじゃ、全身きっちり装備してついてらっしゃい」


 シビラの自信満々な言葉に頼もしさを感じながら、二人で晩とは全く違う気分でシビラの背中を追った。




 果たして、着いたのは海水浴場。

 誰もいない砂浜だった。


「わ、綺麗……」


 真っ暗な空に浮かぶ、大きな満月。

 海面に浮かぶ月が水面に揺れて、こちらに長い尾を引いている。


 ふと、シビラが俺の隣に来た。


「ラセルも月が綺麗って言っていいわよ」


「何故お前に許可をされるんだ……。まあ一応、月は綺麗だな」


「よし」


 俺が言われたとおりに感想を述べると、何故か頷いて離れていった。

 あまりに意味不明過ぎて、エミーと目を合わせて首を傾げた。シビラが満足そうならそれでいいが……。


 しばらく砂浜を歩く。

 目印になるものが少ない砂浜は、あまり変わり映えしない。せいぜい近くの屋台跡や周りの建物で、位置を把握するぐらいだ。


 それからどれぐらい歩いただろうか。

 海水浴客が寄りつかなさそうな切り立った岩付近で、シビラが足を止めた。


「ふ、ふふふ……!」


 そんな何もない場所で、やたらと楽しそうに含み笑いを始めた。

 本当にこいつが女神であるという事実に目を背けたくなる、誰が見ても危ない女である。


 ……が、今日一日塞ぎ込んでいたシビラがこういう笑いをするのなら、何か意味があるはずだ。


「散々出し抜かれたけど、せめて原因を突き止めることぐらいは素早くできなくちゃいけないわよね」


「出し抜かれた……魔王関連のことか?」


「ええ。それじゃエミーちゃん」


 シビラは近くの岩肌を、裏拳で軽く叩いた。


「ここの近くに来て頂戴」


 エミーは言われたとおり、岩の近くに来ると「あっ」と小さな呟きを漏らした。


「気付いたわね」


「足元から、風が漏れてる……」


 エミーは、シビラに言われるでもなくその岩に手を当てて……海岸の壁がミシリと音を立てた。

 シビラは腕を組んでエミーを見ながら、考えを語り出した。


「ニードルラビット。セイリス第二ダンジョンの魔物。だから、今兵士や門番達が必死になって第二ダンジョンのことを調べているわ」


「当たり前だな」


「そう、当たり前なのよ。……木を隠すには、森だからッ!」


 シビラが突然叫んだと同時に、エミーが岸壁を、その加護の力で押し飛ばした!

 そして俺は……あの魔物が何故誰にも発見されず現れたか、そしてどこから現れたか……その全てを、目の前の光景によって理解した。


 あいつは、ニードルラビットの出現場所を、ニードルラビットが出現するダンジョンのある街に隠したのだ。


「同じ魔物だから、想像しづらいわよね。そう——セイリス()()ダンジョンの可能性を!」


 エミーが岩を外した先には、まだ誰にも知られていないダンジョンの入口が広がっていた。

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