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そうであるという先入観により、一番見えているものが見えなくなる

4章開始です。

 照りつける太陽の熱、どこか不思議な香りのする風。

 さらさらとした、村で遊んでいたときには得られなかった足元の温かい感触。


「ラセルーっ! こっちこっち!」


 そして……湯浴みにでも行くのかと言わんばかりの姿を堂々と見せている、幼馴染みの姿。

 隣で腕を組みながらニヤニヤしている奴も確認しながら、俺はそちらへ足を進める。


 ——俺達は今、砂浜に来ていた。


 セイリスは、主に二つの地域に分かれている。

 一つは漁船や交易船が出ている港エリアであり、もう一つは海に近い砂浜が広がる遊ぶ人たちのためのエリア……つまり、ここだ。


 まあ端的に言うと。

 俺達はセイリスの砂浜で遊んでいる。

 言うまでもなく、シビラの提案である。


 何故こんな状況になったかというと、話は昨日まで遡る——。




 セイリス第三ダンジョンでの戦いを終え、俺が回復魔法と治療魔法を使うことで体の汚れを落とした。

 エミーとシビラは、汚れとは別に気分的なものとして、ホテルの風呂を使いに部屋を出た。


 二人を見送ると、そのままベッドに沈んで……意識を手放した。

 後から思えば、やはり精神的にセイリス第三ダンジョンでの戦いは大きな負担になっていたようだ。

 耐久力が高く相性の悪い魔物、シビラの予想を覆すフロアボス。

 そして、何より……こちらの嫌な感情を呼び覚ます、金銭価値絶対主義の魔王。


 あまりにも一度に、様々なことが起こりすぎた。

 だから俺は、回復魔法で疲労を取っても、そのまま精神的な疲れで倒れてしまったのだ。

 アドリアのダンジョンを攻略した夜以来だ。

 ……だが、あのときとは違う。


 俺は、魔王をまだ倒していない。

 あの眠る前の疲れを心地よく感じる気分には、とてもなれないのだ。


 ……そんなことを思いながら、朝のぼやけた頭でベッドから起き上がる。

 目が覚めると、シビラがベッドでエミーに右腕を貸して腕枕をしていた。


「よっ」


 その姿のまま、小声でシビラは左腕を上げこちらへ起床の挨拶をする。


「ん」


 俺も短い返事で応え、シビラの腕の中のエミーを見た。

 まだエミーは眠っているが……眉間に皺を寄せて汗を掻いている。


「……エミーは?」


「昨日もお風呂でお喋りしたり、いろいろしたんだけどね……やっぱり悔しそうにしてたよ。あんたのことは惚気全開でベタ褒めしてたけど……最後の最後に、取り逃がしちゃったから」


「やはり、気にしているか……」


「だから、多少心細いのが和らぐといいなと思って添い寝したってわけ」


 そうか……俺が先に寝た後に、そこまで気に掛けてくれたんだな。

 俺ではさすがにそんなことをするわけにはいかないので、シビラには本当に助かっている。

 ……エミーが妹というより娘に見えてしまったのは、黙っておこう。


 俺達は、眠るエミーを見ながらその安息を……と思っていたのは俺だけだったらしい。

 シビラはジト目でこちらを見ていた。


「何だ」


「いや、あんたもこんな顔して眠っていたなって思って」


 シビラの指摘に驚く。……俺が、今のエミーと同じように、か?

 起き上がると、体は汗を掻いており、ベッドは明確に湿っていると分かるほどの水分を吸っていた。


「……本当らしいな」


「無自覚ねー、そんなんだから——」


「ん……んん……?」


 俺が自分の状態を確認してシビラと会話していると、さすがにエミーも起き出したようだ。


「あ、ラセルおはよ……シビラさんも……」


「おはようエミーちゃん」


 エミーが起き上がると、シビラは軽く腕を振った。

 ……そりゃあ、腕枕を子供じゃない相手にして、疲れないわけないもんな。


「《エクストラヒール・リンク》、《キュア・リンク》」


 疲労回復と、状態異常回復。

 分かるように声を出して魔法を使った。汗を吸った服にも効果があるため、すぐに二人も気付いた。


「わっ、体がすっきり。ありがとね!」


「ん、助かるわ」


「ああ。ところで、今日はどこまで潜る?」


 俺がその話題を出すと、エミーの顔もすぐに真剣なものへと変わる。

 シビラは、腕を組んで難しく考えるようにしていた。


 最難関であるセイリス第三ダンジョンを、改造下層フロアボスまで討伐できた。

 もう一度、そちらへ入るのも十分にアリだろう。


 恐らくエミーも同じことを思っていたようで、俺と目を合わせて頷きながら、自分の力を確かめるように拳を見ながら何度も握る。


 考え終わったシビラは手を叩くと、予定を宣言した。

 それが——。


「今日一日、ぱーっと遊びましょう!」


 ——海での遊泳である。




 手を振るエミーへと、他の客を避けながら向かう。

 と、向かっている途中で別の男がエミーに向かっていった。


「うひょーっ、こんな所に見ない顔が二人! どっちもイケてっけど、片方とびきりやべえ美人じゃん。どっかの令嬢?」


「ね、暇? 俺達と遊ばない?」


 いかにもな感じの男達が現れ、エミーは露骨に困ったような顔をした。

 ヴィンスでもそんなセンスのない誘い方はしなかったぞ……それで付いていくわけないだろうに。


 対してシビラは……物凄い余裕の笑みだ。

 おいおい、まさか付いていく気じゃないだろうな。まあシビラだし、万に一つもそんなことは思っていないが。


 すると突然、シビラはエミーと肩を組んで、意外な行動に出た。


「おおっと、そこにいるのは昨日のナンパ野郎じゃん!」


 シビラは声をかけてきた男とは別の、すぐ後ろの男に向かって自分から声をかけたのだ。

 ジャネットから聞いた、滅多にない逆ナン……かと思いきや。

 俺はすぐに、シビラの意図が分かった。


「あ、あ、あああ昨日の……! お、お前ら! 逃げろ! こいつはヤバいぞ!」


「え、Cランのモクヤリ先輩が見てヤバいってどんだけなんスか」


「そこの金髪の奴、素手で金属ぐらいなら曲げられそうなバケモノ女ギガントだからな!? お前らも逃げろ!」


「えっ、ちょっ、待っ……逃げんの速!?」


 昨日エミーが退治した男が大慌てで逃げるのを見て、声をかけてきた男達も急いでその背中を追いかけていった。

 それを見ながら、俺はシビラのところに辿り着く。


「あれが、早いうちにやっておくべきだったというナンパ撃退か」


「そ。遊び慣れてる男多いし、観光客狙いが結構いるのよね」


 今日みたいなことがあった時のために、あの冒険者ギルドでのやり取りを目立つ形で計画的に行っていたというわけか。

 ここで下手に痛めつけたら、あいつらが冒険者だと周りに分からない以上、さすがに外聞が悪いしな。


「……ねえ、ラセル……私、そんな怖くないよね……ギガントみたいじゃないよね……?」


「お前みたいな可愛いギガントがいてたまるか。そんな奴がいたら俺が自ら目に回復魔法を使った上で、大金ふんだくってやる」


 安心させるつもりで言ったが……エミーは「可愛い……可愛いって言われたうへへ……」と、完全に緩みきっていた。


「やるわね〜ラセル、うりうり——あだっ」


 そして、速攻でからかってきた隣の目立つ馬鹿にチョップを放つ。

 周りで「うわ……」とか「暴力彼氏……?」とか言われているが、理不尽だ……。

 こいつの対応はこれで十分というか、むしろ叩かれるの分かった上で煽ってきてるとしか思えないからな。


 いや、そうじゃない。

 彼氏じゃないっつーの。


「で、どうよアタシらの水着」


 改めて言われて、俺は失礼のないように二人を見た。


 エミーは、青と緑で布地の多いタイプ。

 爽やかな性格を表しているようで……。


「エミーらしさが出ていると思う、似合っているぞ」


「えへへ……シビラさんに一番似合うのをってお願いして、選んでもらったんだ」


 そうだったのか。道理で初めてにしては、着慣れているかのように似合っているなと思った。

 こういう部分に関してもさすがはシビラ、良いセンスだと思う。


 対してシビラは、全身黒で上下に分かれたタイプである。ワンポイントがありつつも、シンプルな水着だ。

 布地は、エミーよりやや少な目だ。……身体は、エミーより……成熟しているというのに、な。


 というか、男も女もシビラの前を通りかかると振り向くというぐらい目立つ。

 本当にこの宵闇の女神、隠れる気など毛頭なさそうだな……。


「シビラも似合っているが、あまり目立つのはどうかと思うぞ」


 シビラは、その胸をやや寄せるように動くと……いや動くな、今の一瞬で周りの客が数人足を止めたぞ。


「……ラセルって本当に、見ないわよね」


「なんだ、悪いか」


「まさか。……フレデリカさんが言った通りね。とても良いわよ、今までのアタシの相手の中で、一番良いわ」


 それは……褒められているということ、なんだよな。

 シビラならともかく、フレデリカが認めてくれたことなら……まあ、前向きに捉えていいだろう。




「ところで……」


 俺は周りに人が減ったことを確認し、シビラに顔を寄せる。


「……お前は太陽の女神教から隠れているんじゃないのか? そんなに目立っていいのかよ?」


「あら」


 シビラは腕を組んで、さも不思議なことを聞くのね、なんて言いそうな顔で俺を見た。


「あんたさ、空き巣ってどんな格好してるか知ってる?」


 ……シビラの唐突女神っぷりが久々に出た。急に問題を出してきた上に、全然違う話題だ。

 何故空き巣なんだ、関係があるのか。


「……スリだった時のイヴみたいに、服が買えなくて古い服を着ているんじゃないのか?」


「正解は、『準男爵らあたりの服を着ている』よ」


 ……何だと?

 準男爵といえば、貴族の中では低い爵位だが、平民からすると当然のことながら遙かに高い地位の者だ。

 そいつが、空き巣だと?


「そうよね、お金に困っている相手は、お金を盗みそうだから警戒する。だけど……お金に困っていなさそうな相手は?」


「あっ!」


 隣で俺の代わりにエミーが驚きに声を上げた。

 もちろん俺も、その答えの理由に驚いている。


「王都だと、新興の貴族は誰が誰だか顔が知られていない。だから準男爵の服を着て、人の少ない路地裏から侵入するの。金持ちそうに見えるから誰も警戒しない……実際は貴族の服を買ったことで財布の中はボロ布着てるスリより余裕ないのにね」


 ……なるほど、それはあまりにも盲点だった。

 お金を持っていそうに見えるから、危険を冒してまでお金を盗むように見えないというわけか。

 

 この情報、まさかシビラしか知らない、なんてことないだろうな?

 あまりにも有用な情報で、今すぐジェマ婆さんやフレデリカに知らせておきたいぐらいだ。


 だから、今のシビラを見ても、誰も連想すらできない。

 この一番目立つ女が闇魔法の導き手の女神であると。

 同時に……俺が闇魔法を扱うような、誰かから隠れる必要のある男であると、誰も気付かないのだ。


 そこまで考えて動いていたとは……。


 ……いや、待てよ……シビラだぞ……?


「つまり、アタシは隠れてるの。この砂浜の真ん中で、目立つ格好をしていることで『隠れなければならない人物の行動ではない』とみんな思っちゃうわけよ」


 堂々と腰に手を当てて、胸を張ったシビラの自慢げな顔を見る。

 エミーは、隣で「シビラさん、ほんと頭いいなあ」なんて言っている……が。


 俺はストレートに聞いてみた。


「本音は?」


「半分は本気、半分はイケてる水着で注目を浴びたいからね! まーバレたらその時に考えましょ?」


 そんなことだろうと思ったよ!

 ほら見ろ、エミーも感心したばかりだから、反応に困って苦笑いしてるぞ。


 な? エミー。これがシビラなんだよ。

 俺の普段の対応も分かるものだろ?




 ドヤ顔を俺に晒しているシビラを見ながら呆れていると——!


「——キャアアァァッ!」


 浜辺から、突如女性の叫び声が聞こえてきた。

 俺達は互いの顔を確認すると、声のした方へと駆け寄る。


 そこにいたのは、ここにいるはずがない存在だった。


「……ニードルラビット!? こんな人だらけの浜辺に!?」


 シビラの叫び声とともに、俺の目の前に現れたのは……ここにいるはずのない魔物だった。


 俺は、何が起こっているか分からない今の状況と……この『予想外』という状況に陥ることに対する嫌なものを連想し、魔物の先に潜むものを睨んだ。


 休暇のつもりだったが、俺達の新たな戦いは既に始まっていた。

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