エミー:お姫様じゃなくてもいい。だって、私には……
再びレビューいただきました、ありがとうございます。
それぞれのキャラクターを大切に立てて、育てていこうと思います。
ラセルに後ろから抱きすくめられたとき、その優しい圧迫感と彼のどこか甘い匂いに対する興奮で、私の氷の泉は一瞬で湯気になりました。めでたしめでたし。
なんて冗談も吹き飛ぶぐらい、今、目の前にあるものに目を奪われている。
黒い剣。闇魔法を付与された、漆黒の光。
聖者のレベルのうちいくつかを犠牲にして手に入れた、戦う力を望んだラセルだけが使える属性。
それを、私の持つ剣に付与された。
魔法銀とも呼ばれる金属を塗られた、ファイアドラゴンの牙をドワーフが加工して作った、恐らく世界最高の魔剣のうちの一つになりそうな、綺麗な剣。
その表面にしっくりと馴染んだ黒色を見て、これがこの剣の本来の力なのだと、すぐに分かった。
少し視線を横に向けると、ラセルが私と目を合わせた。
真剣な顔をしているが、どこか昔のラセルのような気遣う目をしているように感じる……のは、気のせいではないのだろう。
だから、私は。
「ありがとね」
大切な一言。
私を見る目から、緊張が緩んだように感じた。
そして、ラセルも。
「頼む」
一言のみ。
シビラさん以上の、短いやり取り。
それでも……それだけで私達は、お互いの言いたいことが全て伝わったという確信を持つことができた。
今日一日、ラセルとシビラさんのコンビネーションを見て羨ましいって思っておいて、酷いものだよね。
私の方が、ずっと、ずーっとシビラさんが羨ましがるような、ラセルとの幸せな思い出のある幼少期を送ってきたのに。
——本当は、こんなやり取りで済むぐらいの基礎は、ずっとあったはずなのに。
私がラセルの相棒たり得なかったのは、たった一つの理由。
【聖者】でも【宵闇の魔卿】でも相棒になってくれる素養のある、ラセル自身を私が理解しなかった。
自分のことばかりで、相手を理解しようとしなかった。
視線を戦場に戻すと、シビラさんはラセルが私に強化魔法を使うための時間稼ぎをしてくれていた。
破壊された石の壁と、更に手前に増えた新しい石の壁。そして……次々に魔法を浴びて壊されていく轟音。
汗だくになりながら、更に一枚の壁を作り出してから、既に手元に準備していたマジックポーションを飲んでいる。
……私のために、ここまで頑張ってくれたんだ。
なら、この頑張りに応えなくちゃいけないよね。
「シビラさん、お待たせしました!」
「はぁ、はぁ……大丈夫? エミーちゃん。って、その剣は……!」
「サポートお願いします! 後は、私がやります!」
シビラさんの作った石壁に、いくつか衝撃とともに穴が広がる。
一番近くにいる青ギガントの位置を把握すると、私は石壁が破壊された瞬間にその穴に飛び込み、目の前に現れた青ギガントを視界に収めて剣を振りかぶる!
「もう、いちど——っ!?」
先ほどの、分厚い鎧に覆われてた青ギガント。
その鎧に包まれた腕が……本当によく研いだキッチンナイフで鶏肉か葉物野菜でも調理するかのように、違和感なく入っていった。
不自然なほど綺麗に、鎧ごと青ギガントの腕が落ちる。
さっきまで、私の全力を叩き付けてもダメージを与えられなかった鎧が、まるでフレデリカさんが別の院への出張帰りに作ってくれたクッキーみたいな、信じられないほどの脆さに感じる。
完全防御無視、ここまで凄いとは思わなかった。
これが、闇属性の剣……!
『グアァァァァ!』
青ギガントの右腕が落ちると、当然至近距離にいた私へと怒り任せの左腕が迫ってくる。
私は、それを片手に持った竜鱗の盾で受け止めた。
防御力は、私の真価。魔法攻撃を専門とした青ギガントの拳が、私にダメージを与えることはない。
だけど……その巨人の拳が並大抵の強さではないことぐらいはもちろん分かる。
ラセルは術士でありながら、この拳に打たれても上層フロアボスであるこいつを倒したんだ。
やっぱりラセル、何度も言うけどかっこよすぎるよ……。
……でも、あんなに自分を痛めつけるような戦い方、見ているだけで本当につらかったよ……。
……こいつらが私が活躍できないように……ラセルが無理してしまうように鎧を着たというのなら……。
私はもう、シビラさんがルール違反と言ったほどの姑息な手段で私を封じようと思った、こいつらを許すわけにはいかない!
「てええいっ!」
私は盾を片手に飛び上がりながら、魔法を打ち払って青ギガントの頭を貫く。
そのまま鎧などおかまいなしに、ばっさり二つに切り落とす!
当然、青ギガントは即死だ。
鎧を装備した上層フロアボスは、今の私にかかれば下層途中の黒ギガントよりも軽い。
「次っ!」
どこか尻込みしているようにすら見えた青ギガント目がけて、私は迷うことなく真っ直ぐに突き進む。
青ギガントの魔法をラセルは痛がっていたけど、私は自分の防御力と防御魔法の重ね技で、盾にさえ当てれば一切のダメージを感じられない。
それに——!
「——《ストーンウォール》! ラセル、そっちはどう!?」
「一体だけなら余裕だ、先輩魔卿もやったんだろ?」
「もちろん! 遠距離攻撃の撃ち合いなら、【宵闇の魔卿】が負けることはない! 最強の職業よ!」
「それはやり甲斐があるな!」
シビラさんが、私の死角から攻撃しようとしている青ギガントと、何よりフロアボスの魔法攻撃を全て完封してくれている。
フロアボス付近の青ギガントまで接近しても、ほぼ接触する距離じゃなければ遠距離攻撃を優先してしまうらしい青ギガントの性質が、ここに来て裏目に出てるみたい。
これなら、小さい青ギガントは全部接近して倒しても、フロアボスが動くことはなさそうだね。
そして……私と同じように、ラセルが戦っている。
私とラセルが、今ちょうど同じことをしているのだ。
それが私にはたまらなく、嬉しい。
「ええーいっ!」
気合いを入れたかけ声とともに、青ギガントの鎧を切り裂いていく。
もはや木の鎧よりも遙かに脆い鎧と、中層の魔物よりは弱い筋力の青ギガントは、私の敵ではなかった。
それから私は、着実に腕を切り落とし、身体の中央を裂くように青ギガントを倒していった。
十体倒したかな、というところで横側の石壁が崩れ、視線の先にラセルの姿が見えた。
「……マジかよ、凄いな」
その周囲を見る限り、七体ほど青ギガントを倒したラセルは、私の方を見ながらそんなことを言っていた。
私の倒した青ギガントの数を見てそう呟いたのだろう。
……さっきまで鎧を斬れなかった私に力をくれたのはラセル自身なのに、彼にはそんな一番重要なことが既に勘定に入っていない。
ただ私の結果だけを見て、手放しで賞賛してくれるのだ。
かつて活躍できなかったラセルが、今の彼自身を形成する上で一番大切な闇魔法の力。
それを、私に惜しげもなく使ってくれた。
——そんな彼が、私にはひどく眩しく映る。
『グオオオオォォォ——!』
最後の石壁が破壊され、そこに現れるは超巨大な青ギガント。
私が三人……いや、四人分ぐらいだろうか。もうこうなってくると、殴られるより足で蹴られる方が怖いね。
「よっし、ここまで来たら後は余裕! ぶっ倒すわよ!」
頼りになるシビラさんの宣言に、私とラセルは同時に返事をして敵を向く。
「《アビスネイル》!」
ラセルの闇魔法が、足元からフロアボスを貫いた。
黒い爪が現れて魔物を貫通するように現れる魔法は、肉体を直接貫通させているのではなく、内包する体力を削っているようだ。
表面が勢いよく削れて、体中に切り傷が現れる。フロアボス相手でも凄まじい魔法だ。
ラセルの攻撃を受けて、フロアボスがラセルの方を向きながら、手に魔法を発現させる。
もちろんそれを許す私じゃない!
「ラセルには、手を出させないんだからっ!」
魔法を投げつけるように動いたフロアボス目がけて、私は盾を前に飛びかかる!
ぐっ、さすが下層フロアボスの攻撃! 防御したからといって、私でも完全に防げない!
でも……尚更、こんなに痛い攻撃をラセルに当てさせるわけにはいかない!
「吹っ飛べええぇぇ!」
さっきのラセルに包み込まれた感覚を思い出しながら(本当に恥ずかしいスキルだよこれ!)、フロアボスの手に殴りかかる!
私のスキルを受けて、その腕が思いっきり後ろに引っ張られるような形になった。
そのチャンスを見逃すわけがない。
「このまま……っ!」
私はフロアボスの上半身に飛びかかると、右肩からばっさり斬るように剣を振り下ろす!
あまりに体格差があるから切断とはいかないものの、ラセルが強化してくれた闇属性の剣は、鎧を着込んだ青ギガントだろうと容赦なく鎧を切断する。
怒り任せに私を掴もうと左腕が接近したところで、私は青ギガントの肩に乗り剣を振りかぶる!
指先が三本ほど宙を舞い、前腕が肘までバッサリと切り取られた青ギガントは、もう私の敵ではない。
盾を上腕に固定し、両手で剣を持ちながら、私はラセルのことを考えていた。
『今度は俺が、お前を……お前自身の心から救ってみせるからな』
私は、自分がやらかしてきた半年間を償うために、ラセルの盾になったのだ。
これが貸しなら、返す必要の無い一方的な貸しのつもりだった。
それでもラセルは、ずっと私に守られたということを気に掛けてくれていた。
だから、あの言葉が出たのだ。
私の、願望。これはもう、私自身の勝手なエゴでしかないの。
ラセルが怪我するのが嫌。ラセルを守りたい。だから私が強くなりたい。
献身的なようで、結構自分勝手な願望だなーという意識はある。ラセルを逞しい男の子扱い、してこなかったんだもんね。
だから私が頑張って頑張って、そして頑張った果てにラセルを守る……それが私のやるべきことであり、やりたいことだった。
……だけど、ラセルはそんな私に足りない要素を、与えてくれた。
ラセルを守るための力を、ラセル自身に与えられた。
それが私を救うことだと、ラセルは分かっていたのだ。
それは、何よりも。
誰よりも。
それこそ……私よりも、私のことを知っている証。
——その事実の、途方もない幸福感。
お姫様になりたかった。
王子様は、勝手にこの人だといいなーみたいな感じで、決めてた。
その当人は、ジャネットが話してくれた物語の王子様を、あっさり超えてしまったのだ。
「——やああああぁぁぁっ!」
かけ声とともに全力で振り回した剣が、フロアボスの首へと吸い込まれ、抵抗なく入った剣が肉体から頭部を切り離す。
私の剣が振り抜いた勢いのままフロアボスの頭が天高く吹き飛び、ダンジョンの天井にべちゃりと当たると、そのまま青ギガントの死体群の中に落ちる。
頭の中に響く声を聞きながら。私は勝ちを確信した。
突如、ぐらり、と地面が揺れる。
……そうだよ!
私、今フロアボスの上に乗ってたね!
自分で首落としたのに、体の方が立ったままなわけないよね!?
「わあっ……!?」
あ、これ上手く着地できないな、なんて思いながら踏ん張りがきかずに、そのまま自由落下する。
まあ私って聖騎士だし、地面に落ちたぐらいじゃ痛くもないけど——。
——そんなことを思っていたから、油断していた。
そりゃもー私だもん、最後の最後にめっちゃ油断するよね。
そんなんだから……心の準備が出来ていない時にやられるのだ。
「大丈夫か?」
なんか、ラセルの顔めっちゃ近い。
ていうか近いの当然だ、何されてるか一瞬で分かった。
だって、私はこのシチュエーションを百万回は妄想したんだから。
私、お姫様抱っこされてる。
「あわ、あわ、あわわわわ……」
「……大丈夫そうだな。立てるか?」
「む、無理ぃ、腰が抜けちゃって」
「おいおい……。それじゃ回復魔法なら、って何だシビラ」
見ると、シビラさんがラセルの口に指を当てて、ジト目で首を振っていた。
あ、分かる。
アレは『この状況で回復魔法を使うとかロマンチックのかけらもないわねこの唐変木!』って目だ。
だって私も今おんなじ気持ちだもん。
「やれやれ、まあいいか。エミー、よくやってくれた」
「……は、はい……」
なんとか返事をして、夢にまで見た一番してほしい相手からのお姫様抱っこに胸を躍らせた。
……私は、自分がお姫様ではないと知っている。
ラセルが王子様でもないことも、大人になったから分かる。
だけど。
「ねえ、もうちょっとこのままでいい……?」
「構わないぞ。さすがに鎧は重いが、術士でも加護レベルと回復魔法で意外といけるもんだな」
良かった……もうしばらく、こうしていられる。
私はラセルに、今できる精一杯だけ顔を寄せ、その胸に抱かれながら思った。
私はお姫様じゃなくて、聖騎士。
だから、隣にいるのは王子様じゃなくていい。
……違う。
王子様なんていらない。
私の隣には……そう。
聖者様がいい。
——だって、私には『黒鳶の聖者』様がいるのだから。
ありがとう、ラセル。
私だけの救世主様。






