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誇り高い聖騎士に寄り添うための、俺の導き出した答え

レビューをいただきました。

戦い方はご指摘の通りで、なるべく展開や内面に合わせて色々発展させたいなと予定しています。ありがとうございます。

「——《ストーンウォール》ッ!」


 その叫び声に、現実逃避しかけていた意識が一気に引き戻される。

 二重詠唱なのか、見たこともないほどの大きな壁がフロアの中央に現れていた。


 その石壁が、目の前で轟音を立てて大きく削り取られる!


「青ギガントの魔法は、小規模爆風あり! 小さいヤツなら防ぎきれたかもしれないけど、あっちは厳しい! アタシが防ぐわ!」


 シビラは、間違いなくセイリス第三ダンジョンの魔王に出し抜かれた。

 あのシビラが、だ。


 しかしこいつは、そんなことをいちいち悲観したりはしない。

 シビラの頭の中にあるのは、ただ一つ。

 今からでも『最良の結果』を目指すこと。


 そう信じているから、俺もエミーもすぐに動けた。


「《ダークスプラッシュ》!」


「てえええいっ!」


 俺は覚えたばかりの範囲攻撃の闇魔法を発射し、エミーは小型青ギガント(といっても十分すぎるぐらい大きい)に向かって盾を叩き付け吹き飛ばす。


「フロアの拡張ならまだしも、ボスのアップグレードなんて違反もいいとこだわ! あいつ、本当に異常者ね!」


「《ダークスプラッシュ》! そんなに有り得ないのか!?」


「対策が引っ繰り返されるような変化、アタシが知る限りはないわ! 暑い砂浜用の装備を整えたのに、足を踏み入れた瞬間に雪山に変化した、みたいなものよ。どんな熟練者でも、その対策の根幹を崩されると……くっ、削れるのが早い! 《ストーンウォール》!」


 途中で会話が切れたが、言いたいことは伝わった。

 暑いところに行くから薄着にするのに、その姿で雪山にいきなり出るなど想像するだけで恐ろしいな……。


 今回は、近くの青ギガントが遠距離攻撃をしている間は、フロアボスが積極的に攻撃してくる可能性は低いはずだった。

 だが、あの巨大青ギガントは、明らかに周りのヤツより強力な遠距離攻撃を撃ってきている。

 攻撃を防ぐための優先順位が、根本から違っているのだ。


 真っ先にシビラが対応したからなんとかなったが、このストーンウォールなしであいつと相対する状況はあまり考えたくないな。

 しかし、それはつまりシビラの防御リソースを全部ボスに取られるわけで——。


「つっ……!」


「ラセル!?」


「問題ない!」


 いくら二重詠唱だったとしても、ウィンドバリアで上層フロアボスの攻撃を防ぐことはできないらしい。

 盾で受けたが、あの魔法攻撃の余波が広がったようだ。腕に爪で引っかかれたような痛みが走る。


(《エクストラヒール・リンク》)


 念のため全員を回復しつつも、俺は警戒を怠らずに相手を見る。


 とにかく遠距離攻撃をしてくるというのが厄介だ。まずは数を減らさなければと、ありったけの魔法を青ギガントにぶつけていく。

 こいつらが鎧を着たところで、その防御力が俺の攻撃を防ぐことはない。


 ……それにしても、一体何体いるんだ?

 フロアボスを除いて、敵は……見たところ十体は超えるな。

 やれやれ、上層のフロアボスだろ? こんなに安売りしていいのかよ。


「くっ、《ストーンウォール》! ラセル、ちょっと無理をしてもらうわ!」


「何だ、言ってみろ!」


 シビラの方を向くと、ちょうどマジックポーションを飲み終えて口元を拭っていた。

 相当頑張ってくれているようだな。


「ダークスプラッシュ、最高威力の出し方。それは……接近して撃ちまくる! アビスネイルより連射できる反面、あんたは青ギガントに殴られる!」


「青ギガントはドラゴンより弱いか!?」


「《ストーンウォール》! 当然、ファイアドラゴンの体当たりよりはマシね!」


「死ななければ安い!」


 シビラの提案を聞き、俺は迷いなく鎧に包まれた青ギガントへと突撃した。


『グオオオオォォ——!』


「《ダークスプラッシュ》! ぐっ……!」


 青ギガントはシビラの言ったとおり、接近した相手にまで魔法を使ってくるわけではないらしい。

 俺の身体に青ギガントの拳が当たったと同時に衝撃が走り、青ギガントの姿が一瞬で小さくなったと思った瞬間、背中に衝撃が伝わる。


「《アビスネイル》!」

(《エクストラヒール》)


 土壇場にきて必要に駆られたことで成長できたのか、攻撃と回復の魔法を同時にぶっつけ本番で使った。

 身体の調子もいい……無詠唱回復魔法が成功している。


 もう既に、俺は一度死地から還ってきている。

 多少の痛みなら、耐えられる。

 まして、あの日ドラゴンを倒したから今の俺があるのだ。


 まだ、この先には、()()魔王がいる。

 俺は何としてでも、あいつを一度ぶん殴っておかないと気が済まない。


 だから——こんな図体ばかりがでかい癖に、魔法を使ってるような歪な魔物に負けるわけにはいかないんだよ!


「《エンチャント・ダーク》」


 俺は自分の腰から剣を取り出すと、闇の魔力を付与して剣の色を黒く輝かせる。

 それを右手に持ち、左手を相手の正面に向けながら接近する!


「《ダークスプラッシュ》!」


『グオオアアァァァ!』


 青ギガントがダメージを受けつつも、鎧に覆われた拳で再び俺へと反撃してくる。

 その拳に向かって……剣をぶつける!


「さっきのお礼だッ!」


 衝突する瞬間は当然俺も吹き飛ばされダメージが入る。しかし、鎧に覆われていた青ギガントのダメージは俺の比ではない。その手は真ん中からぱっくり割れていた。

 怒り狂った青ギガントが左手を挙げて突撃してこようしたところで、俺はもう一度ダークスプラッシュを至近距離で叩き付ける!


 青ギガントはついに、身体をふらつかせながら倒れる。

 そいつに魔法でとどめを刺したところで、周りの状況も見えてきた。


「《ストーンウォール》!」


 再び魔法のかけ声が聞こえたためシビラの方を向いて初めて気付いたが、石の壁がかなりの数作られていた。

 どうやら他の青ギガントの攻撃が来なかったのは、シビラのお陰らしい。

 さすが相棒、こんな状況でも気の回し方は抜群に秀でている。


「シビラ、助かった!」


「勘違いすんじゃないわ、あんたに助けられてんのはアタシよ!」


 お礼のつもりなのか照れ隠しなのかよく分からない激励をもらい、こんな状況でも少し余裕が出て口角が上がる。

 まだ親玉が残っているが……少し倒す希望が見えてきた。


 ——だが、この状況で調子が出ない者もいた。


「ラセルが、あんなに殴られて、シビラさんも、凄くて……。私、また役に立てない……!」


 エミーは青ギガントを吹き飛ばしながら、剣で切りつけている。

 さすがの攻撃力で、あの大きな鎧を凹ませている……が、それでも大ダメージを与えるにはほど遠く、エミーの攻撃をほとんど弾いていた。

 今のエミーには、鎧を着たギガントはあまりにも相性が悪い。

 心の曇りが原因なのか、盾の光がどこか弱々しくなっていた。敵もあまり吹き飛ばなくなってきているように見える。


「痛いのは、怪我は、全部、してほしくないのに、そのために聖騎士になったのに……!」


 エミーの泣きそうな顔と、小さな呟きを聞いて……俺の中にあった古い記憶の扉が開いた。




 フレデリカの料理を手伝って、指を切ったときのことだ。

 大したことない怪我だったのに、エミーは大声を上げて泣き出してしまったのだ。

 俺もフレデリカも怪我のことなどそっちのけでエミーの変貌ぶりに慌ててしまい、その場で……そうだ、ジェマ婆さんが治してくれたんだっけか。

 それを確認して、エミーは泣き止んだ。

 だが、治った後もしばらく痛くないかと聞いてくるもんで、妙にしつこいなと思っていた。


 次に俺が手伝いをしようとしたとき、エミーはキッチンナイフを隠した。

 フレデリカは、困ったようにエミーに尋ねた。


『なんで、ナイフを隠したの?』


『だって……ラセルがまた、指切っちゃいそうだから……ちょっとでも痛いの、やだから……』


『ラセルちゃんが? エミーちゃんが痛いのが、嫌なんじゃなくて?』


『……うん……』


『あらあらまあまあ……。ふふっ、エミーちゃんはもう()()()なのね』


 その顔が、今の顔に重なって……。

 ああ……なんだ、そういうことだったのか。


 たとえ世界でも最上位の職業を得ていなくても。

 あの頃から、エミーはずっと俺の【聖騎士】だったのか。


 だから俺が無事だと分かっていても、俺が少しでも痛い思いをするような攻撃を、自分のことのように感じて泣きそうになっている。

 自分は黒ギガントの攻撃を受けても、それこそ腕が折れても痩せ我慢しそうなぐらい、根性あるのにな。


 ……本当に、どこまでも優しくて……いや、あまりに格好良くて、眩しいヤツだよお前は……。


 今なら分かる。

 お前が前衛になって俺が後衛になったのは、俺の『前に出て戦いたい』意志が弱かったからというより、お前の『前に出て守りたい』意志の方が圧倒的に強かったからなんだと。

 エミーは、俺のずっと先を行っていたんだな。




 ジャネットがエミーに教えた物語の中で、気に入っていた作品が幾つかある。

 勇者と愛慕の聖女のお話。

 そして、お姫様の危機に現れる、白馬の王子様。


 男と女の配役が逆なのは悩み者だが……両方やったように思う。

 だが……王子様とお姫様の話で、俺が守られるままでいいのだろうか。


 エミーは、本当に強くなった。だが……その心は、子供の頃から何も変わらないのだ。


 ——王子様になりたいと思った。


 その理由は、まあ……単純に、泣いている女の子がいると、どうにも心がざわついて、落ち着かなくなるというだけの理由ではあったが。

 しかし、ティアラをつけたエミーがお姫様に見えたのは本当で……自分が王子様には似合わない男だということも一番分かっていた。

 聖者になってからは、聖騎士のエミーを守る、物語の王子様みたいなものは無理だとすぐに理解した。


 ふと、ジャネットからのこぼれ話を思い出す。


『近頃はこの話、受けない女性もいるんだ。……守られるだけのお姫様は人形みたいだから嫌だっていう、自己の確立を望む女性が増えてるんだよ。王子様は、大切にして綺麗に着飾らせてくれても、そこまで気が回らないんだよね』


 その話を聞いたときに、俺が真っ先に思ったのが、誰よりもお姫様っぽいのに、誰よりも男の子っぽかった、木剣を持つエミーの顔だった。


 王子様にはなれないと思った——。




 ——ならば、俺のやることは一つ。




「シビラ! すまない、壁を多めに出して全ての攻撃を防いでくれ!」


「無茶言うわほんと、でも任せなさい! 《ストーンウォール》!」


「エミー! こっちに来い!」


「えっ!? ら、ラセル!? 分かったっ!」


 俺の声を聞いて、盾の輝きを幾分か取り戻したエミーが青ギガントを二体吹き飛ばすと、俺の隣に来た。

 汗の張り付いた顔を見て、すかさず回復魔法を無詠唱で使いつつ声をかける。


「エミーは、いつも俺の役に立ちたいと思ってくれていて、何度も救ってくれて感謝している」


「あっ、あの……でも、今の私は……」


「そして、俺を助けることがエミー自身を助けることに繋がることも、長い付き合いで理解した。お前は本当に凄いヤツだよ」


「……えっ?」


 俺は、エミーの後ろに回り込むと、後ろからエミーの両手を包み込む。

 背中から抱きしめる形になってしまい、腕の中から小さな悲鳴が漏れたが、今は無視だ。


「今度は俺が、お前を……お前自身の心から救ってみせるからな」


 世界最高峰の防御力を誇る、【聖騎士】エミーを蝕むもの。

 それが、エミー自身ならば。


 自分を責める心から、()()()を守ればいい。


「《エンチャント・ダーク》!」


 エミーの手に持つミスリルコートの竜牙剣が、俺の二重詠唱による闇属性の魔力を吸って、全てを呑み込むように黒く光る。

 それは、無力感に泣きそうになっているエミーの枷を、問答無用でバターのように切り裂く、『完全防御無視』の最強の剣。


 先程まで弱気に揺れていたエミーの瞳は、その黒い輝きに瞠目する。

 息を呑むと……柄を握るミシリという音と共に、次の瞬間にはその目に強い輝きが宿っていた。


 そこにはもう、ほんの少しの悲観の影もない。




 王子様にはなれそうにない。


 ならば、やることは一つ——。


 ——俺が、物語の王子様を超えればいいだけだ。

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