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下層の黒ギガント地帯攻略。出生の謎を思いつつも、俺達は互いの力を高め合う

 黒ギガントという新たな敵が徘徊する下層。

 十二層に降りると、そこからの攻略はやはり中層よりも明らかに難航した。


「《フレイムストライク》! ほんっと頑丈ねこいつら! 雑魚敵のようにわらわら湧いてくるのに、大概にしてほしいわ!」


 シビラは叫びながらも、何度も魔法を叩き込んでいる。

 ……いや、さらっと魔王が使った魔法と同じものを撃ち込んでいるお前も大概だと思うぞ。


「《アビスネイル》……確かに、高威力の魔法が高威力であることを疑いたくなるほどだな……」


 黒ギガントの周りから、わらわらと黒ゴブリンも出てくる。


「《ダークスフィア》、《ダークスフィア》。黒ゴブリンが鬱陶しいな。前の奴はどうやってここを抜けたんだ」


「《ファイアジャベリン》! 術士というものに対する先入観はいらない、だからアタシは用意したわ! くっ、《ファイアジャベリン》!」


「《ダークスフィア》。何をだ!」


「全身鎧よ!」


 ……全身鎧って、あの顔が分からないほどの鉄仮面と、手から足まで金属の鎧で覆った、盾持ち重装兵の装備のことだよな……?


「ラセルみたいに、回復魔法や防御魔法が使えるわけじゃない。だから物理的に『矢が届かない』ようにしたの。《フレイムウェイブ》!」


 見たことのない魔法も駆使しながら、シビラは次々に魔物を仕留めていく。

 しかし今の黒ゴブリンを倒し終わった後、もうマジックポーションの二つ目を使った。

 明らかに消費ペースが早いように思う。


「大丈夫か、この消費ペースで」


「むしろ今回は、体力回復用のポーションをあんたのお陰で用意せずに済んでいるのよ。下層ってのは、中層とは違う。決死の覚悟で挑む消耗戦なの。今回は本当に、大分楽よ」


 シビラがそう言うのなら、そうなのだろう。

 そういった戦略に関しては、このダンジョン未経験者の俺が心配する必要はないだろうな。


「そもそもラセルは魔力大丈夫なわけ? さっきからネイルまで撃ちっぱなしだし」


「未だに、魔力が減る感覚というのが分からないな。恐らく大丈夫だ」


「うっわ腹立つ! あんたのそういう呑気なところホント頼りにしてるわ! でもマジでクッソ腹立つ!」


 だからお前その顔でクソとか言うんじゃない。

 そして怒られる理由が理不尽すぎる。

 いや、こいつの場合はこれで本気で褒めている可能性があるな……。


「シビラさん、疲れているみたいですけど……まだ大丈夫そうですか?」


「気遣いありがと。まだまだ余裕よ、アタシもちゃんと参加しないとここの攻略はうまくいかないからね。それに……」


 シビラが、自分の手を何度か握る。


「今、【魔道士】レベル31になったわ。ここの魔物は本当に経験値が高い。ただし体力多過ぎなんで、誰がトドメを刺しても恨みっこなし。いいわね?」


 シビラは、もうそこまで上がっていたのか。黒ギガントがそこまで経験値の大きな魔物だというのなら、倒し甲斐があるな。

 誰かに経験値を集中させなくても、皆レベルが上がるだろう。


「もちろんだ。魔物の数が多いから助かるな。エミーもそれでいいか?」


「うん、そうだね。幸いにも敵は多いし、確実に倒していこう」


「黒ギガントが多いことを有り難がるの、ほんと君らの考え方ってぶっとんでて頼りになるわ」


 シビラが呆れたように笑って、エミーにマジックポーションを渡した。


「わっ……!」


「エミーちゃん、実際ちょっと無理してるでしょ」


「あはは……わかりますかあ……」


「プロテクションとマジックコーティングは、最高位防御魔法。非常に強力な魔法であるが故に、とにかく消費魔力が高い。回数を考えると、そろそろだと思ったわ」


 そこまで考えて、見てくれていたのか。

 俺では分からないところをフォローしてくれるのは助かる。


 ダンジョンの魔王や魔界に関する知識は勿論のこと、職業に関しても詳しい。

 一度その知識は全て学んでおきたい部分はあるな。


「ラセルの回復魔法でも、魔力を回復はできない。つーかそれ出来たら無限に回復できちゃうものね。……まーあんたにとっちゃ大差ない話だけど」


「ラセルって凄いよね……どうなってるの?」


「俺が聞きたいな……」


 魔力が減らない、というのは本当に分からない。シビラが分からないんじゃ俺にも想像つかないし、誰から生まれたかだなんていう0歳の頃の記憶があるわけないからな。


 もしかすると、俺の出生には何か伏せられた事情があるのかもしれない。

 ……帰ったら、ジェマ婆さんかフレデリカにでも聞いてみるか。


「それじゃ、次の階層に向かいましょう」


 シビラの合図に頷くと、一時の休憩を終えて階段を降りた。




 第十三層からは、黒ギガントが二体同時に現れるようになった。

 その影響を一番受けるのは、もちろんエミーである。


「《フレイムストライク》! くっ……エミーちゃん、大丈夫!?」


「防御して飛ばすだけなら、まだ大丈夫です!」


「結構! 《フレイムストライク》! 《フレイムウェイブ》!」


 エミーが両手で盾を構えたまま敵の攻撃ごと吹き飛ばし、時に回避してから盾で体当たりをするように吹き飛ばす。

 そして起き上がるまでの間に、俺とシビラが魔法を次々叩き込んでいく。


「ウィンドバリア様々ね……黒ゴブリンどもを無視できるのは大分楽だわ」


「同感だ。《ダークスフィア》、余波を重ねるだけで細かい奴らを潰せば、後は着実に黒ギガントを倒せる」


「ええ。オマケのようにゴブリンは処理させてもらうわ。《フレイムウェイブ》!」


 先ほどから見ているシビラのフレイムウェイブは、炎の塊が広がって敵へと飛んでいく魔法だ。威力も高そうで、効果範囲も広い。だがその分、消費魔力は高そうだな。


 それでもレベルの分だろうか、威力が上がっているように思う。

 俺も負けていられないな。


「《ダークスフィア》、《ダークスフィア》……《アビスネイル》」


 溢れていた黒ゴブリンを全て処理し終えると、次は黒ギガントを狙って高威力の魔法を放つ。

 それらを数度繰り返して、黒ギガントが倒れる。……アドリアの魔王は、そういえばあまり体力がなかったなということを思い出していると……。


―― 【宵闇の魔卿】レベル11《ダークスプラッシュ》 ――


 前回からそこまで日が開いたわけではないが、随分と久々にその声を聞いた気がする。


「……上がった、11だ」


「お、もしかしてスプラッシュ?」


「そうだな」


 シビラは俺の返答にガッツポーズをし、魔法の説明を始めた。

 曰く、ダークアローと同程度の攻撃を一度に広範囲に行う魔法らしい。


「ということは、ダークスフィア以上に範囲攻撃向きか」


「そういうこと。でもあんたの場合、二重詠唱することでダークアロー以上の威力になるかもしれないわね。範囲攻撃の高威力はまだ先のはずだし、ラセルのスプラッシュには期待ね」


「次のボスには」


「向いてるわよ。青ギガントは接近してくるタイプではないから、エミーちゃんと一緒に遠くから倒していけば、かなり早く殲滅できるはず」


 それはいい情報を聞いた。

 俺はエミーの方を向いて頷く。


「というわけで、下層フロアボスは俺が削っていく。頼りにしてるぞ」


「任せてっ! 近接系の中層フロアボスより、遠距離系の上層フロアボスの方が簡単に斬れると思うから!」


 そんなエミーの自信満々な宣言を聞いて、シビラはすっかり笑っていた。


「アッハハハ、こんな可愛い子がギガントを簡単に斬れるって言い切っちゃって、しかも実際にやっちゃうんだからすごいわよね」


 そこには、下層フロアボスのことを思い出していた時のような、苦悩した顔はない。


「本当に軽く行けそうな気がしてきた。このままフロアボス目指すわよ!」


 シビラの自信に満ちた宣言に、俺も同じく自信が湧いてきた。

 軽くとまではいかないだろうが、きっと問題なくいけるだろう。

 その手応えを感じながら、次の階層へと降りた。




 第十四層、第十五層……基本的に似たような敵が増えるのみで、問題なく討伐できた。

 黒ゴブリンメイジの魔法が多少高威力ではあったが、ウィンドバリアで軽減されると、即死するにはほど遠いダメージだ。

 また、エミーのマジックコーティングも強力で、黒ゴブリンメイジの魔法がエミーに届くことはなかった。


 下層攻略は、決して簡単ではなかった。

 だが、この間にもお互いの能力がどういったもので、どんな場面で有利に動けるのかということを把握できたように思う。


 闇魔法と回復魔法の俺。

 防御と回避の上に、攻撃も行えるエミー。

 火属性と地属性のシビラ……は、もしかしたらまだ何か手があるのかもしれないな。

 何より、指示が早いのがこいつの強みだ。


 お互いの力を確認し、それぞれにとって動きやすいよう連携する。

 実践で積んだ経験は何よりも貴重だ。


 そして、魔物が多いだけあって当然獲得した経験値も多く、レベルも全員が上がった。


「……さて、ここね」


 シビラはマジックポーションを二つ手に取り、一つをエミーに渡す。


「一応聞くけど、ラセルはいいのよね」


「ああ」


 エミーが「《プロテクション》、《マジックコーティング》」と二つの魔法を使い、マジックポーションを飲み干した。


「さて、改めて確認よ。ここの奥には、鎧を着た黒くて巨大なギガントがいる。最初は動いてこないはずだけど、油断はしないように。エミーちゃんは、場合によってはラセルの防御を外れてでも負担してもらうわ」


 一瞬エミーが目を見開いて驚くが、すぐに真剣な表情に戻る。


「エミーちゃんみたいな優しい聖騎士にはつらいだろうけど、ラセルが怪我を負うのは……ラセルを信じて我慢して。フロアボスにアタシら術士組が狙われたら……もう、それで終わりだから」


「っ! わかりました……!」


 エミーが、最悪の結果を想像して眉間に皺を寄せたところで、シビラが優しく頭を撫でる。


「大丈夫、エミーちゃんのお陰でラセルはここまで大した怪我もなく来られたし、なんだったらドラゴンの攻撃だって受けても今生きてるぐらいこいつはしぶといんだから。あの時のしぶとさったら、色からして夏場の台所の——痛ったァ!?」


「さすがにその表現はどうかと思うぞ……」


 俺はシビラをチョップして……こんな状況でもいつも通りのやり取りに、ついつい小さく笑った。

 俺の方を見て、少し緊張気味だったシビラも笑い出す。


「うん、大丈夫そうね。ラセルは何するか、分かるわよね」


「ああ。覚えた闇魔法、遠慮無く撃たせてもらおう」


「頼りにしてるわよ」


 その言葉に頷くと、エミーが扉を開けてフロアボスの間に入る——!




 ——そこから先の光景を見た瞬間の恐怖は、うまく言葉にできないほどだった。


「あ……あいつ……やられたッ!」


 近くに複数体いるのは、青いギガント。

 遠距離攻撃をする上層フロアボス

 ……ただし話とは違い、鎧を着ている。


 遠くには、巨大なギガントもいる。

 そのギガントが、最も異様だった。


 ——青い、巨大ギガントだ。


 その手には、他の青ギガントと同様に、こちらを見ながら魔法を準備していた。


「まさか一度決めたフロアボスを、作り替えることができるなんて……!」


 下層のフロアボスは、その全てが強化されていた。

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