変化させないことが、一番の戦いかもしれない
後書きに、大切なお知らせがあります。
(レビューいただきました。五作目の今作で初めて感想欄を閉じたのですが、まさに閉じた理由の一つでした、ありがとうございます)
気合い十分のエミーが先頭に立ち、フロアボスの扉を開け放つ。
その先にはもちろん、下への階段。
第十層を降りると、第十一層。
赤い地面が広がる。
「うわ……ここから先が下層なんだ」
「エミーは初めてか」
「うん。ハモンドでタウロスの中層ボスを倒したことはあったけど、あの時はプロテクションも使えなかったし、スキルも発動しなかったし……何より、ヒール一回じゃ私の腕が治らなかったから」
それは……厳しいな。
そういえばあいつらは、エミーが抜けて大丈夫なんだろうか。もしかすると神官を新たに雇ったかもしれない。
「ああ、ちなみにジャネットがグレイトヒールを覚えて回復術士の役を担ってるよ」
「ジャネットは攻撃寄りなんじゃなかったのか?」
「うん。だけど、回復術士をやるって」
そうか……あいつ、本当に凄いな……。
恐らく攻撃も回復も、何よりパーティーの管理もやってしまうことだろう。
「あ、二人とも。魔物来てるわよ」
「おまっ、そういうことは早く言え!」
「見つけたばかりなんだから早いわよ、ホラ、しゃきしゃき働きなさい」
やっぱり俺達、眷属みたいなもんじゃないのか? まあ冗談だとは分かっているが。
エミーは襲いかかってきた紫ギガントの攻撃を受け止めて吹き飛ばす。
俺も切り換えていこう。
「《ダークスフィア》」
二重詠唱で飛ばした魔法を見ながら、その速度の低い攻撃が命中するのを見届ける。
「まずは、中層と同じような敵から、か……」
「そうね。でも気をつけてちょうだい、ここから来るわよ……ゴブリンと同じように変化した魔物が」
シビラの宣言に不穏なものを感じつつ、俺とエミーは紫ギガントと黒ゴブリンを中心とした十一層を抜けていった。
十二層へと降り周囲を警戒していると、シビラが大きく息を吐いた。
「来たわね……」
シビラがそう言って奥を睨むと……そいつは現れた。
全身が黒い、ギガント。
先ほどのギガントと比べて、雰囲気が違う。
相手もこちらを確認して歩いてきたところで、その違いはすぐに分かった。
こいつの武器……金属だ。
「ラセル。分かってると思うけど、術士じゃアタシらのレベルでもダメ。ウィンドバリアでも、ドラゴンのパンチ並に瀕死になるわよ」
「即死、とは言い切らないんだな」
「あんたの二重ウィンドバリアが異常に頑丈なのよ。そうじゃなければ、ファイアドラゴンと戦えるわけないでしょ」
なるほど、納得だ。
最上位職の聖者と魔卿だったとしても、レベル一桁の術士がドラゴンの攻撃を受けて無事なはずがない。
「エミーちゃん、そんなわけでアタシらに攻撃が当たっても焦らないこと。それが結果的に、一番ラセルの安全に繋がるわ。必ず心に留めておいて」
「はいっ!」
エミーは勢いよく返事をすると、黒ギガントへと正面からぶつかっていった。
黒ギガントは上層の緑ギガントと全く同じ動きで棒を振り上げ、そのまま無造作に振り下ろす。
しかし、その動作の威力は先程までのギガントの比ではない。
エミーは防御魔法をかけて、俺のウィンドバリアの範囲に入った上で黒ギガントの攻撃を受け止めて……!
「ぐうっ……!」
苦しそうな声を聞いた途端に、俺は無詠唱の《エクストラヒール》を使い回復させる。
「攻撃される度に回復させる! 耐えてくれ!」
「これ、ラセルが……! うん、分かった!」
エミーが振り返る前にこちらから自分のすることを伝え、しっかり敵を見て攻撃を防いでもらう。
相手の攻撃が一段上と知ると、エミーは剣を仕舞って盾を両手持ちした。
「もう一度……!」
黒ギガントがエミーに対して再び攻撃を行う。
それを両手に持つ竜の盾で、エミーはもう一度受け止める。
今度は、うめき声の代わりに安堵の声が漏れた。
「よかった……衝撃はあるけど、両手なら痛みはない!」
そして両手持ちの盾を光らせると、黒ギガントすらダンジョンの奥へと吹き飛ばしてしまった。
シビラが「おおっ!」と隣で歓喜の叫び声を上げる。
「エミーちゃんホント滅茶苦茶強いわね! 黒ギガントっていえばダンジョンではもうゴーレムとかドラゴンぐらいしか上位存在がいないってぐらいの、物理攻撃の究極みたいな魔物なのよ」
「やはりシビラから見ても、エミーは凄いのか」
「歴代聖騎士は、きっとこれぐらい強かったとは思うけど、聖騎士なりたてでこの力は半端ないわね」
シビラが俺にそう言いながらも、手から火の槍をどんどん撃ちまくっている。
……言葉を喋りながら無詠唱で魔法を使うのは、交互魔法より高度だと思うんだが……まさか俺の練習方法を見て、自分で練習して慣れたのか?
相も変わらず頭の出来が半端ないな。
全く……俺も、負けていられないな!
「《アビスネイル》!」
その魔法を放つと、黒ギガントは一瞬浮き上がるほどの衝撃とともにダメージを受け、そのまま動かなくなった。
「エミーちゃん、大丈夫?」
「はい、私が受けた瞬間にまたラセルが回復してくれたので」
大丈夫そうにしていても、心配だからな。
それにしても、黒ギガントよりもエミーの方が、両手持ちなら力は上か。この上で回避行動を取ることもできるんだから、本当に聖騎士のエミーは昔と全く違うな。
……もしかすると、剣と盾だけならヴィンスよりも強いんじゃないだろうか。
「黒ギガントが、この程度……いい。とってもいいわね……!」
この中で黒ギガントというものがどれぐらい強いか、予め知っていたシビラがこう言うのだから、今のはかなりの快勝なのだろう。
きっと俺一人なら、楽に倒せた相手ではない。
「そういえば基本的に戦い方が変わらないが、同じ事をやり続けていていいのか?」
「あ、それは危ない考え方よ。出来る限り同じやり方を貫くこと」
そうなのか?
強くなった敵に合わせて、何かしらの変化をした方がいいように思ったが……。
「同じ事をやっていると、飽きが来る。飽きが来ると、何かしらの変化を入れたくなる。でも、それをやって許されるのは既知の敵か、圧倒的に弱い相手の時だけ」
「強い相手に、新しい戦い方はしない方がいいと」
「今のアタシ達のやり方が安定している以上は、誰か一人が戦い方を崩すだけで一気に崩壊するわ。誰かを助けるために、誰かが動く。その動いた一人のために、誰かが危険になる。例えば……」
シビラは、俺と同じようにエミーを見る。
「今、ラセルが前に出たとしましょう。エミーちゃんは間違いなくラセルを庇うわよね」
「も、もちろんです!」
「その瞬間アタシがウィンドバリアも聖騎士の盾もなくなって無防備になる」
「あ」
「でも、恐らく不自然な受け方をしようとしたエミーちゃんが受けきれなかった場合の方が、パーティーが危険に晒されるわ。安定して受けることって、それぐらい大事なのよ」
……シビラの話は、刺さるものがあった。
無理に俺を庇ったことにより、エミーが危ない状況に陥ること。
それは、かつてパーティーを追放された俺に起こったことだったから。
「ってわけで、ここからは魔物というより自分たちの戦い。安定して戦えることを何よりも大切に想ってがんばりましょ」
「了解だ」
「わかりましたっ!」
シビラによる久々の考え方の話に、納得する部分は多かった。
今のやり方が崩れる瞬間が、一番恐ろしいのだ。
魔法を重ねがけして、竜の盾で受けた上でエミーの片手を超えてきた黒ギガント。
油断したら圧し負けるかもしれない。
……大丈夫、エミーはどんなに僅かな傷だったとしても、必ず俺が全て治す。
(《エクストラヒール・リンク》《キュア・リンク》)
二人が振り返る。
「これからは、俺も魔法を使うだけ使う。必ず安全に進むぞ」
「おっ、ラセルも言うようになったわね。それが最後に成功者となる人よ、回復は任せるわ」
シビラからのお墨付きをもらい、俺は自身の魔力を感じ取りつつ下層を進んでいった。
そういえば、先ほどのフロアボスとの会話で気になったことがある。
「シビラ、俺の先輩らしい【宵闇の魔卿】は、結局どこまで行ったんだ?」
セイリスの魔王がシビラを見たことがあるのなら、どこで終わったのか。
ふとした疑問をぶつけてみると、シビラは少し暗い顔をして俯いた。
「下層フロアボスよ」
……予想はしていたが、そうか。これから行く場所が、シビラと宵闇の魔卿のコンビで勝てなかったフロアボスの場所になるわけか。
「下層のフロアボスも、変わらずギガント。唯一違うのは、鎧を着ていること。だけどそれは宵闇の魔卿には関係ないわ」
「じゃあ、何故負けたんだ?」
当時のことを思い出したのか、シビラは目を閉じて、ふー、と息を吐く。
そして天井を見ながら、話し始めた。
「ギガント。他の魔物も、ギガント」
「……どういうことだ?」
「フロアボス用の、あのだだっ広い場所。そこに青の遠距離魔法ギガントがいるの。ホラ、『疾風迅雷』の人らが言ってたじゃない。上層フロアボスよ」
上層のフロアボスが、下層ではオマケのように配置されている……ということか。
「【宵闇の魔卿】は、捨て身気味のダメージ畳みかけを主にするの。遠距離攻撃のギガント複数という相手には、あまりに相性が悪かったの。それで……負けたわ」
そうか……フロアボスに会った瞬間は、さぞ絶望的だったろうな……。
……シビラはそんな絶望的な戦いを、ずっと続けていたわけか。
宵闇の女神、シビラ。
女神でお調子者で、気楽そうな感じで話しているが……それでもこいつが、人間の感情にかなり寄り添っている奴だということは、俺が一番……一番だろうか。とにかく、よく知っている。
新たな宵闇の魔卿を作り、二人だけで絶望的な魔王戦を繰り返す。
勝ったこともあるだろうが、負けた記憶も少なくないはずだ。
ならば……俺が言うのはこれだな。
「大丈夫だ」
「……ラセル?」
「遠距離攻撃なら、俺が防ぐ。今度はエミーがいるから、青ギガント程度、それこそあの腹立つ魔王と同じようにあっさり倒すさ」
俺がそう宣言すると、一瞬目を見開き……ふっと笑って俺を小突く。
「言ってくれるじゃない、頼りにしてるわ」
そう言ったシビラは、つい先ほどまでの暗い顔ではない。いつもの不敵な笑みをしていた。
俺はその変化を見て、こいつだって負けた記憶が当然あるから、今は俺と組んでいるという当然のことを改めて理解した。
きっとこいつはこれでかなり気を遣うから、負けた宵闇の魔卿に責任を感じているだろう。
……シビラの内面のことも、ちゃんと考えないとな。
それにしても……シビラと先輩の【宵闇の魔卿】が勝てなかった、下層フロアボスか。
俺の……いや、違う。
俺達の力で、必ず倒してみせよう。
そうすることでシビラが過去を乗り越えられるというのなら、俺にとっても大きな力になるだろう。
……それに、個人的にこいつが負けたという記憶があるのが、何故か俺も非常に悔しい。
まずはそのフロアボスに全力を尽くす。
そこを越えれば、セイリス第三ダンジョンの最下層である、魔界だ。
ダンジョンメーカー……魔王。
あいつに闇魔法の牙を、今度こそ届かせてみせる。
本作『黒鳶の聖者』が、この度
【第6回オーバーラップWeb小説大賞】に期間内受賞いたしました!
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先月お話をいただいて、もう本当にずっと言いたいのを我慢していたので、こうやって発表できて嬉しいのと同時に、ようやくお伝えできたと安心しています。
まさかここまで来られるとは思いませんでした。本当に、続けて良かったです。
これもひとえに応援いただいてくださった皆様のおかげです、本当にありがとうございます。






