三人のパーティーにおける、俺の本領発揮。そして女神も沸き立たせるエミーの実力
先行パーティーであった『疾風迅雷』の五人組を見送った俺達は、再び中層へと足を踏み入れる。
フロアボス用の広い空間でシビラは少し天井を気にしたが、すぐに視線を戻した。
再びウィンドバリアを張り直し、エミーを先頭にしつつシビラの指示で第六層を進む。
青い地面を数度踏み鳴らしたところで、矢が俺の魔法に吹き飛ばされた音が聞こえてエミーが盾を構える。
頼もしい幼馴染みの背中を見ていた俺は、シビラに思いっきり背中を叩かれた。
「うっ、何だよ」
「そろそろ本領発揮してもらわないとと思ってね!」
「一応聖者の能力も本領ではあるつもりだが……」
「それはそれ、これはこれ」
肩をすくめてあっけらかんと言い放つシビラに嘆息しつつ、俺は持っていた剣を下げる。
エミーが一瞬こちらに視線を寄せつつも、しっかりと敵の動きを把握してギガントの棍棒を止めた。
動きを止められたギガント目がけて剣を振り下ろし、手首を一撃で切り落とす。手ごと棍棒がギガントの身体から離れ、地に落ちる前に盾が光り、その巨体を吹き飛ばす。
強い、さすがだ。ギガントの利き腕を片手に持った剣の一撃で落とせるのだから、調子のいいエミーは本当に強いな。
ならば……俺も負けるわけにはいくまい!
「……えっ、ラセル!?」
エミーは、後衛の俺が自分の横に現れたことに驚きつつも、盾を構えてすぐに前を警戒する。
ギガントが吹き飛ばされ、黒ゴブリンの弓がウィンドバリアの魔法で俺に届かないのなら、もう危険はない。
——ようやく、俺の出番だ。
「《ダークスフィア》」
(《ダークスフィア》)
俺は左手から、アドリアダンジョンで何度も使った魔法を撃ち出した。
闇の球は俺の手から発射すると、ちょうどエミーに吹き飛ばされて起き上がる途中のギガントに衝突する。
そして当たった瞬間、広範囲に渡って黒い波紋が広がった。
「《ダークスフィア》」
そしてすかさず、もう一発撃ち込む。当然これも二重詠唱だ。
これは、ダークスフィアの爆風がダークアロー程度のダメージを広範囲に与えると理解した上で、その一回分で倒しきれなかった黒ゴブリンを掃除するためのもの。
二重詠唱のため威力もある。二回当てたら、恐らく大丈夫だろう。
「シビラ、反応は」
「周囲にサーチ捕捉の敵影なし、完璧よ。二重でスフィア二回、計四回分よね。お疲れ」
「問題ない、あと千回は余裕だ」
「……相も変わらずあんたの魔力量ほんと滅茶苦茶よね」
シビラが皮のグローブで握り拳を作ったのを見て、俺もこつんとぶつける。
それを見ていたエミーが、俺の方を呆然と見ていた。
「……どうした?」
はっとするとエミーも俺に手を向けて握り拳を作った。
その反応を疑問に思いながらも、こつんと叩く。
数秒後、エミーは驚きに声を上げる。
「……。……いやいや!? えっ、今の何!? なんか黒いのがぶわーってどかーんって!」
その反応を見て、思わずシビラと一緒に目を合わせた。
そうか、エミーが俺の闇魔法を見るのはこれが初めてなんだな。驚くのも当然か。
「予め言っておいたと思うが、あれが【宵闇の魔卿】の使う闇属性の攻撃魔法だ。相手の防御力と魔法防御を無視して魔物にダメージを与えることができる」
エミーは俺の説明を聞いて、顔に喜びの色を滲ませて飛び跳ねた。
「す、すごいすごい! すごいよラセル! 本当に攻撃魔法なんだ!」
「ああ、言っただろ? それに俺は魔力が多いようでな、消費魔力の多い闇魔法と相性がいいらしい。闇魔法は全ての魔物の防御を打ち破る力がある……だから、エミーが敵をしっかり防いでくれさえすれば、どんな敵でも俺が最後には倒す!」
「うん! 頼りにしてるよっ!」
エミーはまるで自分のことのように、俺の能力を嬉しそうに聞いてくれた。
ああ……こうやって俺が強くなったことを心から喜んでくれる相手がいるというのは、いいな。
これからは、エミーの後ろで守ってもらうだけの日々ではない。
攻撃を受けるエミーのことを、俺が魔物を倒すことで守ってやれるのだ。
それは、魔物の攻撃を俺の代わりに受けるエミーのために、俺が一番望んだ力に他ならない。
これでようやく俺は、本当の意味でエミーともコンビを組めるようになったのだと思う。
やはり、この力をくれたシビラには感謝しないとな。
俺達は、それからも下に下に潜り続けた。
魔物は徐々に数が増え、ギガント複数と黒ゴブリン複数という構成になり、更に魔法も飛んでくるといった有様。
それでもエミーの防御は強く、動体視力も抜群。
イヴが俺に盗みを働いた際に、一瞬で取り押さえただけのことはある。
弓矢も魔法も届かない以上、後はギガントの攻撃を防ぐことさえできれば対処はできる。
エミーは手早くギガントを再起不能にしながら吹き飛ばし、俺とシビラは遠距離魔法を撃ちまくった。
『ヴァアァァァ!』
ギガントの悲鳴を聞きながら、俺は容赦なく魔法を叩き込んでいく。
特に、エミーに魔法が当たらないようにするよう注意をしなければならない。
ダークスフィアの爆風に当たると、防御力の高いエミーにもダメージが入ってしまうからな。
「大丈夫か?」
「うん! ありがと!」
場合によってはダークジャベリンの方に切り換えることを考えつつも、俺達は魔物を討伐していった。
第九層まで降りたところで、ギガントの色が紫へと変わる。
「エミーちゃん、気をつけて。あれは強いわよ」
「分かりました。《プロテクション》」
エミーが準備をし、紫ギガントの攻撃を受ける。
「ん……! 重い……だけど、大丈夫……! それっ!」
そしてエミーは、盾を光らせて相手を吹き飛ばした。
緑ギガントと同じように、紫ギガントもエミーの能力なら受け止められるということか。
「凄いわね、エミーちゃん! よし、アタシ達も頑張るわよ!」
「任せろ!」
俺とシビラは、更に勢いを付けて魔法を連発していく。
紫ギガントはやはり体力が多かったが、それでもアドリアで下層の敵を何度も討伐してきた俺が倒せないほどではない。
「防御力が少なくて体力がバカ高いから、厄介なのよね」
「そうか、シビラの魔法と大差ないんだな」
「ええ。本来ならリビングアーマーの方が強いんだけれど、ラセルにとったらギガントの方が頑丈に感じるでしょうね。逆に——」
シビラはエミーの右手にある剣を見た。
「エミーちゃんにとっては、防御力のないギガントは十分攻撃の通用する相手。だから、盾を両手持ちしないと受けきれないわけじゃないのなら、どんどん攻撃していっていいわよ。なんだったら倒してしまっても構わないから」
「はい、任せてください!」
エミーの頼もしい言葉を聞いて、俺達は第九層、更に第十層まで降りる。
最終的に紫ギガントのみが複数体という、エミーのお陰で上層と手応えの変わらない探索は終わりを迎えた。
「ちょっと待ってて」
大きな扉を前に、シビラは立ち止まり懐からポーションを取り出して飲み始めた。
「どうした?」
「……いや、普通に魔力消費が激しくてね。念のために飲んでいたのよ。まだストックはあるけど、エミーちゃんは大丈夫?」
「はい、防御魔法ぐらいしか使ってないので大丈夫です」
そうか、俺と同じペースで使っていたら当然そうなるな。
と思っていると、シビラがじとりと半目で見てきた。
「……闇魔法って、火魔法の最低二倍、多いやつだと同威力でも十倍ぐらい使うはずなんだけど、ラセルは全部二重詠唱でアタシより連発しているのに、倒した後は毎度エクストラヒールをリンクで使ってるわよね。……あんたマジで何者なのよ」
「『黒鳶の聖者』ラセル、孤児院出身だ」
「知ってるわよ。……ほんっと、どこにこんな優秀な赤ん坊を捨てた親がいるのかしらね……」
シビラのふと湧いた疑問の言葉に、俺とエミーが思わず視線を合わせたところで、シビラが手を叩いた。
「さて、切り換えていきましょう。この先フロアボスよ」
「ああ。敵の情報は?」
「ギガント。赤くてデカいやつ。でもどっちかってーと小高い丘の左右に配置されている黒ゴブリンが厄介ね。アタシとラセルでそっちを先に処理、オッケー?」
「了解だ」
三人でしっかり頷き合うと、エミーを先頭に、ボスフロアへと足を踏み入れた。
正面に、大きな赤色のギガント。
ギガント自体が大きいということを踏まえても、明らかに先ほどの紫色よりも一回り大きい姿である。
巨大な棍棒を右手に持ち、こちらの姿を確認すると無造作に構えた。
そして、シビラの教えてくれたとおりの配置となっている黒ゴブリン。
杖を持っている黒ゴブリンが、こちらへと武器を構える前——!
「《ダークスフィア》……」
(……《ダークスフィア》)
——すっかり練習して使えるようになった、連続ダークスフィアを両手から出して左右の黒ゴブリンに叩き込む!
事前にどこにいるか分かっているのなら、倒すことは容易い。
エミーは、盾を……斜めに構えている?
「ラセル、すごい……! 聖者だけでも本当は凄いのに、もうここまで魔法の使い方が上手い……! 私……このままじゃ、駄目! 私も、成長したラセルの横に並び立てるように……!」
エミーは赤ギガントの持ち上げた棍棒を凝視すると、その棍棒が振り下ろされる瞬間……なんと、横に打ち払った。
「たあっ!」
『——!』
急激な別方向からの力に体勢を崩されたフロアボス。もちろんその隙を見逃すエミーではない。
棍棒を弾かれて伸びきった腕へと、剣を思いっきり振り下ろす。
『ヴアアアアァァァ!』
「効いてる……! いけるっ!」
そこからエミーは、幾度となく相手の攻撃を捌きながら、時には回避しながらダメージを着実に与えていった。
「エミーちゃん、頑丈なだけじゃなくて動きも機敏ですっごいわね! 要塞タンクも回避タンクもいけるとか、あの子とんでもないわ!」
その活躍の凄さは、あのシビラでさえ興奮を抑えきれないようだ。
凄いな、エミー。俺でもシビラをここまで沸き立たせたことはなかったんじゃないか?
本当に、眩しい。だが……もう卑屈にはならない。
俺は、お前が幼馴染みであることを誇りに思うぞ。
「ラセル、アタシらも負けてられないわ! 折角マトがでっかいんだから、たらふく魔法喰らわせてやるわよ!」
「了解だ! 《ダークジャベリン》!」
エミーによる近接攻撃と盾による誘いで、俺とシビラの攻撃魔法が頭に飛んできても、フロアボスがこちらに向かってくる様子はない。
そんなことをしたら、後ろからエミーに斬られるからな。
やがて動きを鈍くした赤ギガントは、そのまま足を滑らせると、上半身が倒れたところでエミーの剣に頭を串刺しにされた。
「あ、レベル上がった」
そのエミーの何気ない一言で、フロアボスの討伐が完了したことが俺にもはっきりと分かった。
「よっしよっし! 快勝! 前回よりめちゃくちゃ余裕あるわね!」
ふとシビラが言ったことが気にかかり、俺はその疑問をぶつける。
「前回? シビラは前も来たことあるのか?」
「あるからダンジョンの構造とか知ってるんでしょ? 【宵闇の魔卿】のうちの一人だけど、前回はここまでうまくいかなかったのよね。彼はやられる前にやるスタイルだったし——」
シビラが以前の宵闇の魔卿の話をしている途中で、突然目を見開いて凍り付いた。
急な態度の変化に、近くまで戻ってきていたエミーと一緒にシビラの視線の先を追う。
そこには……!
「なんと素晴らしい! その剣の輝きはまさにミスリルではありませんか! いやあ、高価! 美麗! 絢爛豪華です! 素晴らしい素晴らしい!」
黒いシルエットに、赤い目。
忘れようもない特徴的な容姿。
中層フロアボス地点に、魔王が現れた。






