シビラとエミーの初顔合わせ、そして今後の俺達の行く先は
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自分の表情があまり動かなくなったといっても、さすがにここまで子供っぽくぐずるエミーを見てると、頬も少し緩んでしまうな。
俺は苦笑しながら、エミーの頭を撫でようと手を離……って手が全然離れないぞ……?
ああ、そういえばこいつ【聖騎士】だったな。術士の俺ではどう頑張っても筋力じゃ勝てないってやつか。
前言撤回。
やっぱり太陽の女神は嫌いだ。
誰が好き好んで、お姫様みたいな女の子に手も足も出ない職業を有り難がるかバーカ!
……いかんいかん、シビラの口癖が移ってきかけているな……。
「うっ……うえぇっ、ズズっ……」
「なあ、もうそろそろ手を離して欲しいんだが……」
「やだぁ……はなれぢゃやだよぉ……」
「そういう意味じゃないんだが……」
参った……さすがにこのままというのもな。ただ泣き止むまで待ってもいいが……。
頭を掻きながら少し視線を逸らすと——。
——目の前には、ものすっごく嫌らしいニヤニヤ顔でこっちを見る、『女神』という事実から目を背けたくなる絶世の銀髪野次馬美女。
「おいこら何見てるんだ」
「べっつに〜〜〜? ただ、ラセルって、幼馴染み相手には、そーんな、そーんな、そぉ〜〜〜んな柔らかい表情もできるのね〜とか思ってはないわよぉ〜」
「思いっきり言ってるだろ! 一発殴らせろ!」
「その幼馴染みちゃんを引き離せたらね!」
くそっ、俺が動けないの分かって言ってるな! ああもう反撃出来ないのが腹立つ!
お前、後で覚……うおっ、急に身体が自由になって躓きかけた。
見ると、エミーがすっかり泣き止んで、じーっとシビラの方を見ている。
ってそりゃそうか、シビラは俺達のパーティーを観察していたらしいが、エミーはシビラのこと全然知らないもんな。
「エミー、紹介しよう。こいつはシビラ、今こっちでパーティーを組んでるヤツだ」
「え、え……?」
「ちなみにダンジョンが村のすぐ側に現れた時、俺より先に孤児院を守るためにハモンドからこっちのアドリアまでやって来た人だぞ」
「えっ!? あ、えっとその、ありがとうございます」
エミーは最初困惑していたが、すぐに姿勢を正して何度も頭を下げてお礼を言う。
シビラは、腕を組みながら何やらエミーを無言で値踏みしている……っておいこら何やってんだ。
「エミーちゃん、ね」
「は、はいっ!」
「あなたは今、ラセルに相棒として、パーティーとして認められた。そして幼馴染みをやり直した。ここまでちゃんと理解してるわね」
「はい……私なんかが」
「ストーップ!」
「はひっ!?」
エミーが独白している最中で、シビラは唐突に話を遮った。
「ラセルは幼馴染みだからって簡単に味方に引き入れるヤツじゃないわ。エミーちゃんが弱かったら間違いなく術士の自分が前に立つようなヤツよ。アタシが見た限り絶対。だけどね……」
一呼吸置いて、組んだ腕をほどきエミーに向かって指を突きつける。
「女の子だろうと、自分の盾になってほしいと願い出たのは、エミーちゃんがラセルにとって『自分より強い』と認識しているからなの。その判断するのって、男としては勇気の要ることなのよ」
そして、その手をエミーの頭にぽんぽんと乗せる。
「だからね、エミーちゃんは、ラセルが認めた特別なエミーちゃんなの。『私なんか』なんて絶対言っちゃダメ。エミーちゃんは自分にもっと自信を持ちなさい? このつっけんどんチェンジしちゃった黒鳶色のラセルについて行くには、もーちょっとふてぶてしくて釣り合うぐら——きゃん!」
「おいこらどういう意味だ」
「そーゆーとこよ! 前振りなく女の子に暴力振るうんじゃないわよ!」
「今までシビラぐらいしか、叩いてもいいなと思えた女はいないから安心しろ」
「なんで!? シビラちゃん世界一かわいいわよね!? どうして!?」
俺とシビラがやり取りしていると、袖をつままれてぐいっと引っ張られた。
何か言いたげな上目遣いのエミーと目が合う。
「あ、あのさ、ラセル」
「ん、何だ?」
「私もそのチョップ、してほしいな」
……何故だ?
「親愛の証みたいに見えるからよ、アタシの言ったとおりでしょ」
「マジか……」
「ホラ、早くしてあげなさい。多分してあげないとまた泣いちゃうわよ」
なんだか納得できないが、エミーがいいと言うのなら仕方ない。
俺はエミーの頭に、緊張しつつ初めてのチョップを叩き込んだ。
こういう時は遠慮なく、同じぐらいの威力で。
「……えへへ、ラセルにチョップされちゃった。これでシビラさんと同じだ……」
俺のそれなりに痛いはずのチョップを受けて、エミーはむしろだらしなく笑顔になった。
……そうだな、お前の本領は女神の加護による防御力だったな……。
「やれやれ……今のでその反応とは、全く本当にお前は……すっかり頼りになるヤツになったよな」
「もっちろん! ラセルにはもう怪我一つさせないから、防御は任せて!」
その言葉を聞いて、俺……ではなくシビラが、エミーの頭をわしゃわしゃと撫で始めた。
もちろんエミーは突然の事態に驚く。
「わひゃ……!?」
「うんうん、エミーちゃんいい顔になったわよ。アタシ、ただ従順なだけじゃなくて一途な女の子は応援したくなるタチなの。まあ惜しむらくは——」
シビラはエミーを見ながら数歩下がり、腰に手を当てながら自分の顔を親指でビシッと指した。
「ライバルがこのアタシ、ラセルがベタ惚れ中の世界一の美女、女神シビラちゃんってところね!」
「最早『惚れていない』と伝えなくても、お前自身惚れられてる自覚はないだろうから、もう突っ込まないでおく」
「……段々手厳しさのレベルもアップしていってるの、愛情の裏返しよね……?」
さすがにこのやり取り多すぎるからな。あしらうバリエーション探すのにも疲れてくるんだよ。
俺達のすっかりお馴染みとなったやり取りを見たエミーは、両手を握って前に一歩出てきた。
……なんだ?
「わ、私も……その、えっと、いろいろと負けないからっ……!」
「おっ、いいわね。そうこなくちゃ! 応援してるわよ!」
「むぅ〜、勝者の余裕〜……」
何故そうなるんだ……あまり対抗しなくていいぞ?
あとシビラも煽るんじゃない。チョップ一発増やした方がいいか?
「ま、アタシたちのことはおいおい話すとして……まずはこの村が平和になったお祝いでもしましょ」
「そうだな。さすがに疲れた」
「ええ。ゆっくり話すのは明日にして、今日は休息を取った方がいいわ」
「そうさせてもらおう……」
それから俺は孤児院に帰り、ジェマ婆さんやフレデリカにいろいろな事情を説明した。
フレデリカは、エミーを見た瞬間に怒り出しそうになって驚いたが、俺がなんとか事情を説明すると、渋々納得して引き下がった。
あとそのやり取りを見て『お姉さんにも愛されてるわねラセルちゃ〜ん』とか調子に乗って言ってきたので、やっぱりチョップは一発増えた。
宴会が始まり、再びシビラが音頭を取る。
祝いの席だからと俺はやたらと沢山の食べ物を回されて、すっかり満腹になってしまった。
腹が膨れると、どうしても眠くなってしまうよな……今日は随分動いたし、寝て太ることもないだろう……。
宴会の声を背景に、主役の俺は一足お先に抜け出した。
窓の外は、青く薄暗い。……ああ、そうそう。これが宵闇という色だったな。
ベッドに横になると、すぐに自分の内側から疲れが溢れ出してくる感覚に襲われた。こういう精神的な疲れは、やはり聖者の魔法でも治るわけがないか。
いや、俺の心は俺のものだ。今はこの磨り減った精神力すら心地いい疲れだと思える。
……色々あったが、ついに俺はやったのだ。
自分の力だけで、魔王討伐を。
間違いなくヴィンスより先に倒したぞ。
「……いや……違う、な……」
大きな疲れから、すっかり頭の中が微睡みながら、今の自分の状況を再認識する。
分かっている。何もかも、シビラのお陰だ。
剣を再び持つようになったのも、闇魔法を使えるようになったのも。
これほどのレベルアップの効率と、最上級の武具も。
そして……冷たくなっていく幼馴染みを助けるための、本物の奇跡も。
俺は何も、失わなかった。
ああ、シビラ……本当にお前は、女神ってやつなのかもしれないな……。
……ああ、怒るな怒るな……お前は本物の女神だったな……。
翌朝目覚めると、すっかり朝になっていた。
「……朝、か」
「朝だよー。おはよ、ラセル」
「ん?」
扉の方を見ると、エミーがこっちを見ていた。
「……随分タイミング良くいたな」
「えっ!? あ、えーっと、偶然!」
慌てるエミーの実情はまあどちらでもいいとして。
離れていたのは僅かな日数なはずなのに、とても懐かしく感じる、朝の挨拶を返す。
「——おはよう、エミー」
「うんっ!」
久々に近くで見た小さな少女の笑顔は、俺が気付かない間にすっかり大人の色を見せていた。
正面から過去の過ちに向き合えたからだろうか。今のエミーの本当の姿を、ようやく俺の心が認識させてくれたようにも感じるな。
今日から、また俺とエミーの『幼馴染み』が始まる……ああ、悪くない気分だ。
食堂へ向かうと、当然の権利と言わんばかりにシビラが肉を沢山食べていた。
遠慮のない食べっぷりと、遠慮のない朝一番の声。
「早寝遅起き! いいご身分ね〜!」
「はったおすぞ、おはよう」
「ええ、おはよう」
朝からなんとも間の抜けたやり取りだが、俺とシビラの距離感はこれぐらいでいい。
「それで、昨日いろいろみんなで今後のお話ししたのよ。思い出話も含めて、四人の女子会!」
「……まさかそれが狙いか?」
「逆に二度目でそうじゃないと思うあんたの迂闊さに、ちょっとシビラちゃん心配になるわよ。あんたにはアタシがいないと駄目ね」
……ぐうの音も出ない……確かにそのとおりだ。
俺にはもうシビラがいないと、俺自身が安心できないな。
まったく、本当に頼りになる。……そう思わされてる原因がこいつの行動であることは、今は目を瞑っておくか。
「で、今後の話をした結果は?」
その本題を催促すると、とてもとてもいい笑顔でニーッと笑った。
ああ知ってる、このシビラにとても似合っている表情は、間違いなく悪戯する時の顔だ。
そんな正面の悪戯女神に覚悟を決め、心の中で溜息を吐いた。
そして俺は、このシビラという女神が本当に何でも唐突にやるやつだったということを、改めて思い知ることになる。
「みんなで遠くの街に移るわよ!」
俺の知らない間に、俺の拠点変更が決定したらしい。
マジかよ、本当に唐突だな。
我ながら随分と振り回されっぱなしだと思うが、シビラがそう判断したということは、きっと俺にとってこの移動は意味のあることなのだろうと思う。
もうすっかり、シビラの頭脳をそれぐらい信頼している。大体シビラに任せておけば、上手くいくことが多いからな。
だが、振り回されるこっちの身にもなってほしいものだ。
やれやれ……飽きが来なさそうで、楽しみだな!
これにて二章終了です。少し長くなりましたが、ここまで読んでいただきありがとうございました。






