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【勇者パーティー】ジャネット:悪意を身構えて防げる人はいても、善意を身構えて防げる人はいない

新たにレビューを、なんと三件もいただけました。

本当に光栄な限りで……ありがとうございます。

 喋り慣れていない人は、慣れている人に比べて喉が痛くなりやすい。

 僕だってそうだ、普段は全く喋らない。魔法ぐらいしか使わないから。


 碌に腹から声など出すことのない僕が、不慣れな喉だけでの叫びをしたことで、ただの一度の発声による喉の痛みに思わずせる。

 人通りの奇異の目が、元来人前に出たがらない僕へと刺さる。

 ——だけど、そのような些事を気にする精神的余裕はない。


 僕は、自分の声が幼馴染みを振り向かせる力もなかったことに苛立ち、げほげほとせきをしながら人目を避けるように走る。


 マジックポーション買い損ねた。今はどうだっていい。


 ……ああ、違う。

 そうじゃない、そっちじゃない。

 せきを切ってせび泣くわけにはいかないんだ。


「……はぁ、はぁ……」


 情けないかな、体力がある方ではない。

 急いでどこか人気ひとけのない家の境目まで身を潜ませると、ズルズルと壁にもたれかかりながら地面へと座り込む。


 息を整える。

 落ち着け、落ち着け……。

 この息切れは、身体的な疲労なのか、それとも精神的な緊張なのか……。


 ——覚悟を決めて、手元の手紙を開く。


 そこに書いてある内容は、まるでエミーのものとは思えなかった。

 落ち着いた文体、事実を淡々と書いた内容。


 だけど、その内容は……。


「エミー……」


 僕は、幼馴染みの思い出の品になりそうな、その紙を迷わず燃やした。

 そして、残った黒い灰も察知されないよう、風の魔法で吹き飛ばして散らしていく。


 見られるわけにはいかない。

 特に、あの女には。




 エミーが【聖騎士】になったとき、僕はエミーに対してなんとなく、しっくりくるというか……聖騎士になるだろうな、と思っていた。

 かなりのお転婆姫で、だけど他の人の怪我で泣くほどの優しさで……ほんっと、同い年としてちょっと凹むぐらい、可愛いお姫様だった。

 僕に無い物を、たくさん持っていた。


 だからだろう。

 あの日、あの瞬間……エミーが守りたかったものを、エミー自身の手で壊してしまったこと。その事実にかかる心理的負担を想像するだけで、吐瀉物でも出かねない。


 ……ケイティ。

 僕の中で、今最も恐ろしい女。


 僕は昔から、書物を読むのが好きだ。

 知識を得ることは何よりの楽しみでもあるし、それに——我ながら性格が悪いなと思いつつ——優越感もやはり知識欲の一つに含めるべきだと思う。


 勇者の話、聖女の話、そして……ダンジョンの話。

 難易度が上がれば上がるほど、その情報は金になる。だから上級者は迂闊に外に漏らすことはないし、過去の勇者パーティーなんていよいよ何も残していない。

 彼らの活躍は、勇者の『英雄譚』と、聖女の『聖女伝説』という、派手に活躍したことだけを喧伝する物語でしか出回っていない。

 攻略に関する情報を、彼らは残していないのだ。


 それらを全て含めた上で言おう。

 ケイティさんの喋る内容は、明らかに書物に記されている内容ではない。


 あの人は、今までどこにいた?

 あの人は、どうして話題になったことがない?

 あの人は、何故あの好色なヴィンスが街を歩いていて、一度も出会ったことがない?


 何より、昼間にあれほど金糸の髪を輝かせながら出歩く高級娼婦のような女が、誰にも注目されることなく、どうやって僕達に接触した?

 そして……どうして、僕達に接触した?


 何も、分からないのだ。


 ……僕は昔から、書物を読むのが好きだ。

 知識がないまま新たなる事象に触れるのは不安だし、それに——我ながら性格が悪いなと思いつつ——劣等感もやはり知識欲の一つに含めるべきだと思っている。


 ケイティさんは、間違いなく僕より知識がある。

 あの人の持っている知識は、書物にないものだ。


 最低な性格を自認する僕が、自分の本音を言おう。

 あの人の、一切濁りのない慈愛に満ちた、朽ちることなき黄金の瞳が……どこか僕を見下しているみたいで、ただひたすらに怖い。




 これから僕が、何をするか。

 まずはヴィンスに会いに行くことにした。武器でも見て回っているのかと思ったが、ふと思い直して買い食いの露天へと足を運んだ。

 予想通り、串焼きの前でぶらついていた。


「ヴィンス」


「ん? おお、ジャネットか。どうした」


 食べてること自体は悪びれもしない辺りも、なかなかの大物だ。もちろん、悪い意味で。


「これから、ケイティさんに会いに行く。ヴィンスも来て」


「なんかあったのか?」


「あった。ただ一つ……ヴィンスは僕の頭脳のこと、信用してる?」


「ったり前だろ、俺らのパーティーなんて昔からジャネットなしだとやべえ場面ばかりだぜ」


 ん、信用されているのは悪くないね。

 やはり知識を持って頭を回転させ、パーティーの役に立てることは嬉しい。こういう場面に活きてくる。


「それを聞いて安心した。いい、絶対僕を信じて黙っていて。僕を信じていたら何もかもがうまくいくから」


「お、おう……分かった」


 無理矢理頷かせたヴィンスの焦り気味な顔を確認し、僕はケイティさんのところへと向かった。




「あら、おかえりなさい」


「おう、帰ったぜ」


 ヴィンスは一言挨拶をして、後ろに控えてもらう。


「ただいま戻りました。それでお話があります」


「はい? 何でしょうか」


 僕は、それからエミーのことを話した。


「エミーには、『特に何の変哲もない』男の子の友達がいたんです」


 ヴィンスが後ろで、喉を鳴らす。……黙っててよ、お願いだから。

 ケイティさんは、驚愕に瞠目している。

 間違いない、今の一言で察している。天然爆乳美女、やっぱり頭の回転が速い。


「そして、エミーは……自分のせいで幼馴染みの男の子を怪我させてしまったと言っていて、謝りに帰りたいと走って行ってしまいまして……」


「……そんな……私、なんというひどいことを……!」


 それだけで、僕の言いたいことを全て理解して、泣き出してしまったケイティさん。

 間違いなく本気泣きだ。どこかのパーティーの女盗賊が嘘泣きしてたから、本気で泣いているのは分かる。


 善意、だろう。

 だから僕は……余計にケイティさんが怖くなった。


 敵対している相手には、警戒しているものだ。

 鎧をつけて、攻撃を盾で受ける。そうすればどんな強い攻撃でも、ある程度軽減できる。


 でも、もし。

 自分の内臓の中から、ナイフを持った手が生えたらどう防げばいいのだろう。

 ……ケイティさんは、そういう女だ。

 完全なる百パーセントの善意だけで、相手を切り裂いてしまう。


 これはエミーも思っただろうけど、僕もケイティさんのことを『男を惑わすパーティークラッシャー』だと思っていた。その程度にしか思っていなかった。

 ……僕の知識と知能と考察は足りなかった。迂闊すぎたんだ。


 この人は、男女関係なく無自覚でパーティークラッシュしていく、本物の破壊者だ。


 それは穿ちすぎだと言われそうだけど、それでも僕には、エミーから教えてもらった『ケイティさんの独り言』というものがある。

 あれはまさに『未知への恐怖』そのものだ。


 僕達の『勇者パーティー』が今後どうなっていくかは分からない。

 だけど。

 エミーが教えてくれた情報、そしてエミーの心身に起こったこと。

 それらを頭の中で整理して、僕が果たさなければならない義務は分かった。


 幼馴染エミーのためにも——


 ——この人を、ラセルに会わせてはいけない!

昨日は思いがけないほどの沢山の評価、ありがとうございました。

反応が怖かった部分もありましたが、自分の信じた話を書き切れてよかったです。

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