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今日が俺達の、再出発の日

 自分の腕の中にいる、変わり果てた少女。

 いや、少女と言うにはすっかり成長した、お転婆で泣き虫だった幼馴染み。


 頭の中が真っ白になりながらも、辛うじて震える声で呟く。


「《エクストラヒール》」

(《エクストラヒール》)


 見た目はすぐに、綺麗になった。


「《キュア》」

(《キュア》)


 服の汚れもなくなった。


 だが……その目は覚めない。


 おかしい。

 俺の【聖者】の魔法は、全ての魔法を内包しているんじゃなかったのか?

 二重詠唱をした。疲れが全て吹き飛んだり、不治の病が完治したり……眠りから、目覚めたり……するものじゃ、ないのか……。


 なあ、おい。

 何黙ってるんだよ。


「《エクストラヒール》」

(《エクストラヒール》)


「——ラセルッ!」


 突如、パァンという大きな音が耳元から響く。

 ……いや、違う。

 俺が叩かれたのか。


「二度目の回復魔法に意味はないわ、気をしっかり持ちなさい! あんたには、アタシがいるでしょう!」


「……シビラ……」


「大丈夫、落ち着いて。このシビラ様の持っている知識を総動員して、できる限りどんな手を使ってでも何とかしてみせるわ! こんなところで……こんなところで、この子を終わらせやしない! 終わらせるものかッ!」


 少し現実逃避気味になっている俺と違い、シビラはしっかりとした目で叫んだ。それは、俺のどこへ行けばいいか分からないような目ではない、絶対に助けるという強い意志の目。

 シビラの、知識。

 それは何も分からない今の俺にとって、間違いなく何よりも頼りになるものだった。


 ——ああ、これが相棒か。

 なんと心強い。


「すまない、シビラ。呆けていた」


「仕方ないわよ、ずっと一緒だったんだものね。それで、今この子はとても危険な状態。生命力というものがないし……それに」


「それに、何だ?」


 シビラの発言を一字一句余さずに聞くように集中する。


「……なんだろ、まるで……生きる気が、ないみたいな……」


「生きる気が、ないだと……!?」


 俺は起き上がってこないエミーの顔を見る。

 声を上げないお転婆な女の子は、本当にお姫様みたいで……。


 ……ああ、くそっ、よりによってこんな時に思い出すなんてな……。


「それに、聖騎士としての生命力の加護が、ものすごく濁っている……え……なんで、これ、聖じゃなくて、闇……自力で、闇に……? なんという、深い、深い絶望……どうやったら、こんなに無残に心が壊されるというの……?」


「エミーは、そこまで恐ろしい目に遭ったのか!?」


「この場であんたを助けに来たことを考えると、何かに遭ったというより……十中八九あんた関連のことだと思う。けど、それでもここまで真っ黒になんてなるはずない。誰かに壊された? いえ、気付かされた……?」


 シビラは少し考えるように顎に手を当てたが、すぐに首を振って自分の両頬を思いっきり張った。


「とにかく、このままだとエミーちゃんは起き上がってこない。本人にも起きる気がない。だとすると……」


 シビラは、エミーのまぶたに触れて、目を確認する。

 手を離すと、腕を組みながら宣言した。


「嫌がっていようと、あんたが無理矢理起こすしかないわね」


 それは一体どういうことだ……そう俺が質問する前に、シビラは畳みかける。


「今のスキル、【聖騎士】のスキルだったはずよ。盾が光って、目の前のモノを吹き飛ばす最強の技」


「……ああ」


 俺は、あの光を覚えている。

 間違いなくパーティーを追い出された日、エミーが俺に向かって無意識に使ってしまったものだ。


「あのスキルは、ちゃんと発動していなかった」


「……そうなのか?」


「ええ。こういう相手の攻撃が大きければ大きいほど、敵の攻撃とか全部吹き飛ばして、マジで自爆魔法含めて山ごと盾の光が吹き飛ばすぐらい強いのよ」


 エミーが使ったのって、そんなスキルだったのか。

 俺はエミーに一撃で気絶させられた自分が情けないと思っていたが、今はよく殺されなかったと思えるな……。

 その事実を俺に教えてくれたシビラに、ある意味救われた形かもしれない。


「でも、スキルには発動条件があるの」


「発動条件?」


「そうよ。まずは、目の前に攻撃してくる対象がいること。これは分かるわね」


 俺が頷き、次を促す。

 しかしシビラは、なかなか次を言わない。難しい顔をして俯きだした。


「おい、早くしろ、時間がないんだろ!?」


「……そうね」


 何故か言い渋るシビラにイライラしながら、少し声を荒げる。

 シビラはようやく、顔を上げた。


「これをアタシが言うのは、本当は駄目なこと。だけど、今は緊急事態。ラセル、覚悟しなさい」


 シビラの様子が変わり、至近距離で俺の目を射貫く。

 その尋常ならざる様子に生唾を呑みながら頷くと……顔を離してシビラは溜息を吐いた。


「好意、よ」


「……は?」


 聞き間違えたのだろうか。


「いいえ、間違いじゃないわ。好意による発動……好きな相手のことを考えると、愛の力〜とかなんとかいうやつで、パワーアップするっていうチャチな英雄譚の一幕向けの技よ。エミーちゃんが使ったのはそれ。……だから言いたくなかったのよ」


 ……エミーが、それを使った?

 好きな相手のことを考えると、使える技を?


 先日の、受付の男が話していた『エミーが目で俺を追っていた』内容を思い出す。

 今使ったスキルのこと。そして……俺に対して使ったこと。

 確かあの日、久々に至近距離で見るエミーの顔が随分と変わったと思って……。


 ……ああ、そうか。

 何を呆けていたんだ俺は。


 俺が至近距離でエミーの顔を見たんだから、エミーだって俺の顔を至近距離で見たんじゃないか。


 その結果が……あのスキルだった。

 そして、今の俺を守ったスキルだった。


「ラセル」


「ああ」


「あんたは今、知ってしまった。この子がどういう気持ちで今のスキルを使ったか、どんな気持ちでパーティーと別れたか」


「ああ」


「間違いなく、元の勇者パーティーとは円満に別れていない。勝手にやってきたと思う。あんたのために……あんたに命を捧げるためだけにッ!」


「……ああ」


「だから、この場限りでアタシは、一つのことを許すわ」


 シビラがそう言うと、再び腕を組んで俺から離れ、俺をまっすぐと見る。


「あんたがこのアタシ、最強かわいいシビラちゃんにベタ惚れしていること、シビラちゃんが一番であるという順位を今だけは変えることを許可するわ」


「最初から一番じゃないから安心しろ」


「その上で——」


 シビラは、俺のツッコミにも一切反応を示さなかった。

 ……これは、本当に本気のシビラだな。

 俺が職業ジョブを変えたとき以上の、今までで一番の本気。


「——あんたには、聖女になってもらう」


「聖女? 聖者じゃないのか?」


「近いけど違う。あんたが参考にするのは『聖女伝説、一途な愛の章』よ」


「一途な、愛……」


「そう。『愛慕あいぼの聖女』よ」




 聖女伝説、一途な愛の章。

 その名も、愛慕の聖女。

 それは数ある聖女伝説の中でも、最も有名で人気な、冒険者全ての憧れである聖女のお話。


 魔王討伐に出向いた勇者パーティーは、最強の魔王との死闘を繰り広げる。

 仲間は傷つき、再起不能になり、勇者も聖女もギリギリの戦いを強いられていた。

 いよいよ互いに限界の時、魔王が聖女に狙いを定めたのを理解した勇者は、聖女を庇い魔王と刺し違える。


 聖女は嘆き、悲しみ、そして祈りを捧げる。

 自分はどうなってもいい。だけど、愛する者だけでも生き返らせてほしい。


 そう祈った聖女に、奇跡が舞い降りる。

 聖女が授かった奇跡の魔法が、勇者を死の世界から呼び戻したのだ。


 二人の愛が、魔王に勝った瞬間だった——。




「——そんなものないわ! 奇跡なんてない!」


 シビラはその世界一有名な話を、ばっさりと切り捨てた。


「ずっと真偽不明だったから、そういう伝説もあるのかもね、ぐらいに思っていた……だけど違う!」


 組んでいた腕が離れ、指が俺につきつけられる。


「ラセルが『女神の祈りの章』の種明かしをした! つまり聖女の伝説は、全部【聖女】という職業ジョブの能力に過ぎない!」


 そこまで言われて、ようやく俺はシビラが言いたいことが分かった。

 聖女の伝説が奇跡じゃないのなら。『女神の祈りの章』と同じように、俺にも使えるのなら……!


「そうよ! エミーちゃんが太陽の加護のスキルを使ったように、あんたにも……【宵闇の魔卿】じゃない、『黒鳶の【聖者】』であり続けてくれたあんたになら、使える!」


 そして、シビラはその名を宣言する。


「愛慕の聖女、最後の魔法は——リザレクション! ラセル、あんたがエミーちゃんのことを大切に想って……エミーちゃんがずっと踏み躙られて、磨り潰されてきた心の傷に、本気で寄り添えたなら、必ず使えるはずよ!」


 シビラの言葉が、心に染み渡っていく。


 ……そう、か。

 俺は、本当に自分のことばっかりだったな。


 多少は傷ついているだろうなと思っていた。

 だが、そんなものじゃなかった。

 復讐に燃えるかつての【宵闇の魔卿】と同じように、闇の世界に全てを投げ出すぐらいの絶望をエミーは味わっていた。


 俺には、シビラがいた。

 エミーには……ジャネットだけでは、頼りにならなかったのだろうか。俺にはどうも、そうとは思えない。それとも、ヴィンスや、もしかして他の誰かが……覚えてない夢に……いや、今考えるのはよそう。

 今は、エミーだ。


 腕の中の幼馴染みの顔を見る。

 ……至近距離で俺を見て、無意識にスキルが発動したんだったか。

 それって、つまり、その……そういうこと、なんだよな。


 ああ、今更なんだが……本当に、自分で呆れるぐらい今更なんだが……。


 多分、あの時の俺は……きっと……エミーと……。


『おひめさまに、なれる、と、おもう……よ?』


 本当は、お姫様になってほしいわけではなかった。

 お姫様になると、遠くに行ってしまう。

 俺は王子様じゃないから、エミーの隣にはいられない。


 ——その理由は。


 ……そうか……。

 俺も……とうの昔に……。 




「《リザレクション》」

(《リザレクション》)




 自然と、言葉が出た。

 シビラに教えてもらえたこともあるが、まるで知らなくてもその言葉が自然に出たと思えるように、自分の口から魔法の名が現れた。

 だとしたら、女神は……俺にこの魔法を寄越してきたんだろうか。

 詫びのつもりか? もうそこまで嫌ってはいないぞ。


 ああ……シビラ、やはり奇跡ってやつは、あるのかもしれないな。


「ん……んん……」


 自分の腕の中から、小さな声。

 懐かしい声だ。


 俺はエミーの至近距離まで顔を近づける。

 エミーは少しずつ目を開いていく。


「寝過ごしすぎだ、起こしに来たぞ」


 俺が声を掛けると、エミーは目を見開いて、反射的に俺から離れる。

 結構強い力で抱きしめていたつもりが、肩が外れる勢いで腕が開くほど一気に振りほどかれた。……やっぱり聖騎士ってやつは滅茶苦茶に身体能力が高いんだな。


「おはよう」


「……あ、あ……」


「朝の挨拶も忘れたのか? ああいや、もう朝じゃなかったな」


 俺が軽口を叩いたところで、だんだんと状況が飲み込めてきたのか、エミーは自分の身体を確認する。


「治したぞ。服や鎧も、俺の回復魔法で直るからな」


「……」


 先程から、俺に何と喋ったらいいのか分からないように、声を発さない。


「……エミーは、もう俺と話もしたくないか?」


「そんなことないっ!」


 今度は、全くのノータイムで叫びながら、俺の言ったことを否定した。


「あ……」


「そうか、それを聞いて安心した」


 エミーは、恐る恐る、といった様子で俺に近づく。

 綺麗な顔立ちだが……ほんの僅かな間会っていないうちに、どこか年齢不相応というか、大人びた影を帯びた気がするな。

 ……ここまで変わるほど、追い込まれたのか。


「ら、らせ、る……」


「ラセル以外に見えるか? まあ印象が変わったとよく言われるが……俺自身は今ひとつぴんとこなくてな」


「ああ、ラセル、ラセルだ……」


 ようやく俺の元まで辿り着いたエミーが、俺の身体に触れる。といっても、ローブの下に鎧を着ていたな。


「ねえ、私、ひどいこと……ラセルを、レベル低いまんま、後ろに押し込めて……あのときも、反撃しないつもりだったのに、スキルを使って、本気で殺せるような攻撃で、ラセルを——」


「気にしてない」


「——えっ」


 エミーが自己嫌悪に陥りそうなところで、独白を遮る。


「気にしてない、と言ったんだ。俺はお前が嫌がってでも無理矢理一人でレベルを上げて、ちゃんと活躍するべきだった。そして、お前の気持ちを汲んで……気付いてやるべきだった。何もかも、間違えていた。お前が思っている以上に、俺自身が俺のことを悪いと思っているんだよ」


 エミーが、どこか呆然とした顔で俺の独白を聞く。


「今な、魔道士の冒険者先輩と組んでいる。そこで気付いたんだ、助け合わずに頼りきりなのは、良いパーティーじゃない……相棒じゃないんだって」


 そのことを聞くと、一瞬シビラの方を向いて、俺の方に視線を戻す。

 何か余計なことを考える前に、俺はしっかりエミーに意識してもらうよう畳みかける。


 俺はエミーの両頬を自分の両手で包んだ。


「エミー」


「ひぁっ……!?」


 いつかのように、真っ赤になったエミーに声をかける。

 ……いや、俺も妙に熱い。今日は暑くなかったはずなんだがな……。


「それでもあいつも俺も術士でな、今日みたいなことがあると、すぐに危機に陥る不完全なパーティーなんだ。だから、お前も俺のパーティーに入らないか?」


 言われた意味を理解するように、ゆっくりと瞬きをして、エミーは声を絞り出す。


「……い、いいの……? 私、また、ラセルと組んでも、いいの?」


「俺が組んでほしいんだ。多分相棒というのなら、エミーと俺の方が本来相性がいい。お互いを熟知してるし、今の俺は回復魔法も攻撃魔法も剣も使える。だがな、防御力だけが心許ないんだ。つーかさっきも正直危なかった、ほんと助かった。そう……それをカバーする能力は、世界中でお前が一番のはずだ」


 はっきりと告げたが、エミーはまだ心ここにあらずといった様子だった。




「……なあ、エミー」


 俺は、一歩離れて右手を差し出す。


「もう一度、幼馴染みをやり直さないか」


「……幼馴染みを?」


「ああ」


 幼馴染み。

 それは、俺とエミーにとっての原点。


 あれから様々なことに巻き込まれて、使命を負って……短い間に随分と遠くに来てしまった気がする。

 だけど思い直せば、無邪気に遊んでいたあの頃が一番尊い時間だったのだと、今だからこそ理解できる。

 答えはいつも、自分の中にあったのだ。


 パーティーよりも。

 相棒よりも。


「なんかさ、俺達……教会の期待の星だの、世界を救う勇者パーティーだの……もうそんなの疲れたよな? だから、幼馴染み」


 エミーは、俺の右手をぼーっと見て……。


 ……そして、目からぼろぼろと涙をこぼしながら、俺の手を取った。


「わ、わだじも……らせっ、る、と……もういちど、おさななじみ……したい、でず……っ!」


 あの頃と同じような、お転婆姫の自分を取り繕えていない泣き顔。

 涙も、鼻水も、流しっぱなしの人に見せられないような顔。

 くしゃくしゃで、皺だらけになったような顔。


 だが、俺には……そんなエミーが今までで一番、綺麗に見えた。

苦節一ヶ月、ようやくここまで書けました……。

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