やり直せないと思う者、やり直せると願う者
それから後日、シャーロットが一通りの整理を終えたとシビラに連絡した。
そこで、是非皆で来て確認してほしいとシャーロットが言っていたらしく、そういうことならとシャーロットが手を加えた教会を確認に行くこととなった。
教会の広場に到着し、周りを見回す。
教会の扉が開け放たれており、誰でも自由に出入りできるようになっていた。
手前の広場には、以前より子供が遊んでいる。
よく見ると……あれは以前スラムでスリをしようとした連中か?
「ヘーイ少年!」
シビラが大きな声を上げて、振り向いたうちの一人に袋を手渡した。
受け取った少年は、以前シビラに声をかけた少年。
袋を開くと、そこには大量のクッキーがあった。
「必ずみんなで仲良く分けるように! お姉さんとの約束!」
集まっていた子供達に手を振ると、シビラは満足そうに離れた。
結局最初から干渉して、最後まで思い通りにやってしまったな。
そんな感じで広場を歩いていると、珍しい面々から声がかかった。
「あ、ヴィッキー」
「あれ、レティ? 教会に遊びに来たの?」
そこにいたのは、レティシアと『不可視』のメンバーに世話される子供だった。
「どういう状況だ?」
「どうもこうも、私達は今教会の運営に携わっているのよ」
驚いた、あれだけ反目していたのに教会と一緒になったのか。
「最初はそんなつもりなかったんだけどね。シャーロットさんが『孤児院』という王国での話をして、それが一番私達のやっていることに近かったって。だから」
そうか、言われてみればその通りだ。
親のいない、腹に印を持つ子供を何人か保護していた組織だからな。
ならば子供の世話を任せるのは、この国で特に慣れている。
レティシアは教会の神官になったわけではなく、孤児院の子供達を世話するシスターの立場になったということだな。
「一応、裏稼業とか情報屋も続けてる。でも、シスターもやってるって感じ。服も支給されたけど、まだ着るのがちょっと恥ずかしくてね」
「似合いそうなのに。事前に聞いていたけど、本当に治ったのね……レティの目、久々」
「私、未だにちょっと現実感ないもの。ラセルさん、ありがとうございました」
「それは別にいいからタグを出してくれ」
俺はレティシアに、残り半額を渡す。マーデリンの護衛依頼、これで支払い完了だ。
「……あの、えっと……? 治療費……」
「ガキ共の飯代は安くないだろ、それにでも使え。こんな何の消耗もない魔法一つで報酬から引くほどケチじゃねーよ」
それだけ伝えると、レティシアは「聖者……」とか呟きだした。
……ヴィクトリアみたいに重い感謝はやめてほしいんだが、参ったな。
「しかし、あの地下室からこの教会とは随分と日向の環境になったな。『不可視』改め、新生孤児院のトップをやっているという感じか?」
「ああ、トップではないわ。そっちは専門の方が選ばれたみたいで、お任せしてるのよ」
レティシアは後ろを向くと、開けっぱなしになった教会扉の中を見た。
中には、シスター服を着た人物がいる。
……待て、あれは知っている。まさか……!
「ミラ、ベル……!」
そこにいたのは、セントゴダート王国の元孤児院シスターだった人物。
三人いた王都の先生のうちの一人であり……因縁のある人物だ。
子供達の面倒を見る先生でありながら、変な言動の目立つイヴを孤立させて余所に売り飛ばそうと裏で操っていた。
最後は王都の中でドラゴンを複数体召喚し、街に放った。
戦渦に巻き込まれたセントゴダートの街は大騒動になり、闇魔法を隠すことをやめた俺とエミーが討伐した。
あの時戦った俺達全員に緊張が走る。
だが……すぐに冷静になった。
皆を代表して、顔を伏せ気味なミラベルに声をかける。
「ミラベルで合っているな」
「……はい」
「あんたは、女王の指名でここに来た。それで合っているか?」
「そう、です……」
やはりだ。
こいつはあの女王兼女神のシャーロットにここの運営を任されたのだ。
理由は幾つか思い当たる。
少なくとも王都に、こいつの居場所はない。
あれだけルナを含めた孤児全員を怖がらせ、悪辣なことを言い放ったのだ。
……だが、それはあの時のミラベルに限った話。
俺達は知っている。
前例を。
俯く彼女に対して、もちろん前に出たのはこの人物だ。
「久しぶりですね、ミラベル先生。私は、あなたから子供を守りました。あれは何物にも代え難い、いい経験でした」
「あなたは、マーデリン先生……? ローブを脱いだのですね」
「先に言っておきます。私はあなたと同じ人物から洗脳を受けて、長い間ジャネットさんを苦しめていました」
「――ッ!」
その告白は、驚くものだったのだろう。
自分と同じ状況の相手が、すぐ近くにいたことに。
「あの時、あなたは呆然としていた。本心じゃなかったんですよね」
「子供達に対しては、もちろんです。ですが……」
ミラベルは、両の手を握りしめる。
「フレデリカに……若く綺麗なあの子が、私を一瞬で抜き去ったことに嫉妬していたのは、本当なのです……! その感情が、『差し引きでもっといい思いをしても』という感情を生んだと、どうしても否定できない……!」
その言葉は、俺の中にあった深い記憶を呼び起こさせた。
そうだ、幼馴染みが【勇者】だった辺りで羨んでいた俺には、想像できたはずだった。
同じ仕事をして、年下に追い抜かれるというのが同じ苦しみであったことに。
俺にとってのヴィンスが、ミラベルにとってのフレデリカだった。
そこを、ケイティにつけこまれた。
俺も覚えた感情、『嫉妬』。
人と関係を築く上で、避けにくいものだ。
……誰が彼女を責めることができるだろうか。
「子供、本当は好きなんですよね」
マーデリンの言葉に、ミラベルがびくりと反応する。
「シャーロット様は、よく人を見る方です。その貴方が、左遷でありつつも一番偉い立場についた。今のミラベル先生はポジションとしてはイザベラ先生が近いですが……今も、嫉妬していますか?」
「いえ、それは全く……」
「なら問題ないと思ったのでしょう。子供、好きですよね」
再びマーデリンは、ミラベルに同じ言葉をかけた。
「子育ての方針、正解は分かりません。でもそれぞれ、魅力的で、皆さん凄くて」
「……」
「イザベラ先生は、思慮深く結果を導き出して流石でした。マーカス先生は、怖いけど子供の未来を一番に考える先生でした」
「……」
「ミラベル先生は、絶対に怒らない先生でした。子供達は、ちょっと甘々なミラベル先生が、みーんな大好きでした」
「……ッ!」
他の先生の話で俯きかけたミラベルが、再び跳ねてマーデリンの顔を見る。
天使がじっと見つめる中、シスターの顔が歪む。
「うっ……ううっ、私は、なんであんなことを……! こんな私に、今更……」
「あなたは悪くないです。そうでないと、私が悪くなってしまう。でも私の罪は、許してもらえたんです。だからあなたの罪も、陛下に許してもらえたのです。だってあなたに本来罪はない」
そうだ、キュア一発で治るような異常発言に責任などあってたまるか。
ミラベルが自分の嫉妬を、洗脳されるまで抑え込んでいたのなら、それは俺などよりも遥かに自制心が強いと言えるだろう。
悪いヤツは、嫉妬心を利用したケイティだけ。それを間違えてはいけない。
「王国のシスターは不足していましたから、あなたが連れて来られたのだと思います。でも孤児院がない帝国には、シスターが必要です」
話の途中で、庭の子供が「あいたっ!」と悲鳴を上げる。
怪我をしたのだろうか。
「ほら、子供達が待っています。もし自分が許せないのなら、ミラベル先生の優しさの全てを、あの子達に捧げてあげてください。大丈夫、すぐにここでもみんなミラベル先生のこと大好きになりますから」
「っ……はい……!」
ミラベルは涙を拭うと、深く礼をして庭の方へと向かっていった。
マーデリンは振り向くと、俺達を見回して照れたように頭を掻いた。
「……は、恥ずかしいですね。偉そうでしたか?」
「いえ、僕はとても素敵だと思いました。やっぱり貴方が一緒で良かった、もっと偉い自覚を持っていいですよ」
「いえいえ、そんな! 私はほら、普通の一般人ですし」
だから天界から来た上級天使の【賢者】が一般人なら、そこらの冒険者がかわいそうだろ。
もはや嫌味に足を踏み入れそうなのだが、比較対象が女神の環境だからな……。
最後の最後まで、何ともコメントが天然なんだよなあ。
そんな感じで和やかな雰囲気になっていると、何やら雰囲気が変わる。
教会近くの広場に、黒い鎧の集団が現れたのだ。
……何だ、教会に用か?
ところが鎧の兵士達はミラベルを通り過ぎると、真っ直ぐ俺達の方に来た。
「この中に、ジャネットもしくはラセルという者はいるか?」
俺達は目を合わせ、警戒しつつ前に出た。
「俺がラセルだ」
「僕がジャネットですが……」
「おお、良かった。それでは心して聞くように――ジャネット、ラセル両名。皇帝陛下がお呼びである、すぐに向かうように」
何と今度は、バート帝国の皇帝自らが俺達を呼び出した。






