マーデリン:再び得られた、私の判断の機会(前編)
名前を呼ばれたシャーロット様は、ニコニコしながら「やっほ」と手を振った。
シビラさんほどじゃないけど、軽過ぎてびっくりです、この女神様。
突然の乱入者にみんな注目してるけど、唯一そのタイミングを見逃さない人がいた。
「ぐッ!」
司教はレティシアさんの腹部を肘で打つ。
油断していたレティシアさんは顔を歪ませ、男が逃走を図るも――次の瞬間、首根っこを掴まれた司教が宙づりになる。
シャーロット様です。
周りの面々は、白いドレスを着た金髪の美少女が、瞬間移動して司教を吊るし上げているのだから更にびっくり。
もちろん司教本人も、目を白黒させている。
「教皇と枢機卿は断罪しました。残りの司教と司祭と助祭は、新規体制で初心からやり直しとさせていただきますが」
シャーロット様、珍しく人間に対して本気の失望の顔。
「あなたは別。もう償えそうにない。何故回復術士を与えた者が、ここまで変質してしまったのか……残念です。《魔力変換》。《魔力回収》。《天職没収》」
そう淡々と告げると、恐らく私と同じ魔法を使って眠らせた。
こちらを振り向くと、ニッコリ笑ってこちらに歩いて来た。
「お待たせしました。マーデリン、調子はどうです?」
「あっ、はいっ! 全く問題ありません! 全て終わらせました!」
「実にいい返事です」
それから辺りを見回し、呆然としているレティシアさんを手招きした。
事態が飲み込めないものの、私の知人ということを理解してレティシアさんは近づいてきた。
「レティシアさん、ですね」
「あっ、はい。ええと……」
「まずは、謝らせてください。私の『人を信じる』ということが、これほどまでに事態を悪化させるとは思わなくて……」
「えっと、何の話ですか?」
シャーロット様、反応を聞く前にどんどん話を進めていく。
それからレティシアさんの体に触れると、彼女の体がふわっと光った。
「こんなことしかできませんが……あなたに伝えます。この先、もうこれ以上悪いことは起きない。あなたは人生の谷間を抜けたのです」
その言葉に、どれほどの力があったのかは分からないけれど。
大きく響いたのか、『不可視』のリーダーさんは目を見開いて……ぼろぼろと涙をこぼし始めた。
「わ、私は……谷を、抜けたのですか……?」
「はい。後はたくさんの山登りです! 何でもなりたい自分になれちゃうんです。まだまだ遅くはありません」
レティシアさんは涙目のまま再び目を瞠ると、顔を拭いて頷いた。
それから、私の方を向いて……。
えっ、私ですか?
「以前、マーデリンさんに言われてから強く意識するようになったの。私は――」
先日、私に憧れるとちょっと嫌味に言ったレティシアさん。
その彼女が、今度はちらりとジェロームさんを見上げる。
「――今、ヴィッキーに憧れているの。その……幸せそうな今の姿に」
「えっ、それって……」
「なりたい私の、背中を押されちゃった。今ならもう、怖くないから」
「……そんなの、元から気にしなかったですよ」
「うん、そーじゃないかなってちょっと思ってたけど、私が気にするの。でも……もう全部、遠慮しないからね。元々、自分の姿には自信があるんだから」
「本当に今、実感しまくってますよ……」
レティシアさんが、ジェロームさんの腕を組んで、人前だろうと遠慮なくぐいぐい行く。
一方ジェロームさんは見たことがないぐらい狼狽えていた。
ヴィクトリアさんの幸せな姿といえば、娘を持った姿のことで……。
……。
え、えっちょっと待ってください! この展開、見たことある!
まさかこれ、私の影響、ですか……!?
この事態に誰よりも一番跳び上がって喜んだのは、我らが主シャーロット様。
「す、凄い! マーデリン、やったね! これ、ラブロマンス成立だよ! マーデリンは天使は天使でも、恋のクピードーちゃんだよ!」
「わ……あわ、あわわ、あわわわわ……!」
誰かの人生を変えるほどの、私だけの『選択』の機会。
それを求めて、私はずっと頑張ってきた。
だけど、この影響は予想してなかった。
人と人の恋路が実る瞬間を手助けしてしまいました。
この影響を与えた実感。もちろん…………すっっっごく、嬉しい!
幸せすぎて、頭の中揉み解されて、しゅわしゅわ融けちゃいそう!
ごめんね、フィー! やっぱり私、地上での楽しい部分独占しちゃうかも!?
「ふふふ! それでは私は今日のところは一旦戻ります。あちらもみんな無事ですから、合流して安心させてあげてね」
「はい!」
そんな会話をしている中で、レティシアさんが慌てて会話に入って来た。
「ちょちょ、ちょっと待って。あの、結局あなたは何者なんですか? ぴかっと光ったり、物凄く強かったり」
「あ、そういえばそうでしたね」
シャーロット様は「教会の話は広がるだろうし、今更だね」と呟き……思いっきり白い羽を広げた。
六枚羽がぐわっと広がり、その内側から小さい羽が顔を出す。
天界最高位、光を纏う巨大な十二枚羽。
本来はもっとあるという話すらあります。
いつ見ても綺麗ですね。
「『太陽の女神』です。マーデリンのこと、護ってくれてありがとうございました」
それから大きく一つ羽ばたくと、空へと一直線に昇っていき、また一瞬大きく光ると西へと一直線に光の筋を残して飛び去っていった。
「…………?」
顎が外れそうなぐらい口を開いた『不可視』の皆さん。
しばらくみんな呆然としていたけど、ゆっくりとレティシアさんがこちらに向き直る。
「……あの、さ。一応聞きたいんだけど」
「はい、何でしょうか?」
「全く驚いてないよね、太陽の女神様に対して。というかお互いに、元々知り合いみたいだし……あなた、何者なの?」
「あれ? 話してなかったですか?」
私は肩を軽く回すと、羽を出して一つ羽ばたいた。
うん、存在意義を持てたからか、力がそこそこ使えますね。
唖然としているレティシアさんに、今日はこっちかなーと笑顔で答える。
「『太陽の女神』シャーロット様より『人助け』の命を受けている、上級天使マーデリンです。職業は一応【賢者】ですね」
レティシアさんは目を見開くと、カチカチに固まったまま視線だけジェロームさんに向けた。
「……ねえ、私めちゃくちゃ失礼なこと言いまくってなかった? 大丈夫かな?」
「俺も大差ないですよ、聞かないでください……」
私は二人の反応に「まあ!」と手を叩き、首を振った。
「とんでもない、天使なんて女神様に比べたら従業員みたいなものですよ?」
「そ、そういう問題なの?」
「はい。それにシビラさんも女神なのに皆さんすごく気易く絡んでましたし今更――」
「エ゛ッ!?」
「なあっ!?」
レティシアさんとジェロームさんの、今日一番濁った声が揃った。
息もぴったり、仲が良さそうで……じゃなかった。
思わず口元に両手を当てる。
「もしかして、言ってませんでした……?」
「……て、天然には、勝てないなあ……」
レティシアさんは、頭を掻いた。
全てが終わり、静かになった『不可視』のアジト近く。
レティシアさんは、ジェロームさんと腕を組みつつぼんやりと西の空を見ていた。
「何か、考え事ですか?」
「んー」
ぼんやりと頷くと、彼女は続けた。
「なんか、今月はね……谷底を目隠しで歩いてたら、急に弩砲にセットされて、山頂の木まで吹っ飛ばされた気分」
と、ちょっと詩的なのか判断に迷うコメントをもらいました。
まあ、幸せそうなので良かったと思います。
ご指名いただいた仕事を完遂できてよかった。私も皆のところに戻りましょう。






