マーデリン:再び得られた、私の判断の機会(前編)
この後編の次にラセル始点へ戻ります
シビラさん達と一緒に旅をする、私の時間。
大変なことに巻き込まれているというのに、どうしても浮き足立ってしまう。
最近は、自分の存在を自分で認めることができるようになってきた。
やはり過去の負い目はあるものの、それが私だけではないとも分かった。
人は、短い人生で成功し、調子に乗り、後悔し、すぐに改善して癒えない傷とともに前を向く。
その判断を、僅かな時間に行って、様々な色の花を満開にさせて散っていく。
だから、人の人生は美しい。
それに、自分の判断で感謝されることが多くなった。本当に、本当に幸せな時間。
天界の天使友達にちょっと申し訳ないかも。
フィー、ごめんね。体験できそうな幸せ部分、たくさんあるから残しておけると思う。
きっと一緒に旅したいと言ったら、みんな歓迎してくれるよ。
そんな私が、今回はご指名をいただけることになった。
「レティシアさん達と一緒に、襲撃者を眠らせればいいのですか?」
「そうだ。今回ジャネットに一番の役目がある以上、お前にしかできないことなんだ」
私にしかできない。一番嬉しい言葉。
もちろん一も二もなく頷いた。
ただ、レティシアさんとは……少し気まずい。初日に不躾な質問をしたから。
この団体で、何をしたいか。何を為したいか。
あまりに興味があったため、それを私がするという意味を理解できていませんでした。
五体満足な自分が質問するということにより、相手が嫌な気持ちになってしまった。
最近はいい判断ができていただけに、あの質問は調子に乗った判断でした……レティシアさんは許してくれたけど、自分が自分を許せそうになかった。
そんな彼女と、一日ぶりに会ったのだけど。
「……? レティシアさん、ですか?」
「え、ええ……」
そこには副リーダーの男性とともに現れた、頭を掻く『不可視』リーダーの姿。
なのだけれど……ちょっとどころではなく印象が違う。
「まあ。眼帯もお洒落でしたが、カラーコンタクトもお洒落ですね」
「か、カラー……? いえ、私の目は元々色が別々で」
「オッドアイなのですか! ルナちゃんみたいでお洒落で可愛いですね~」
「……やっぱりあなた、ちょっとズレてるわよね?」
また言われてしまった。
どうにも私は、天然系というタイプらしい。
自分では自覚がないのだけれど……人工天使とかいう種類ではないので、きっと皆の言うとおり天然な天使なのでしょう。
ちょっと違う気がする。
ジャネットさんに詳しい分類を聞いてみようかな。
あっ、頭を押さえる姿を幻視したのでこれはナシ。
「えっと、お話ししたいのだけど」
「? はい、何でしょうか」
「あなたに嫌味を言ったのに、結局私は見た目が綺麗に治ってしまいました。その、だから謝りたいなって」
「まあ」
あの質問は、私が悪かったというのに。
「優しいんですね。どうか私のことは気にせず、一番やりたいことを思い切って。それで、人間の持つ判断の煌めきを見せてください」
「ええ。やりたいことを遠慮なく……ん? 今何て言ったの?」
もっと和やかに話したいなと思っていたところで……黒衣の女性が走ってきた。
同じ『不可視』の仲間さんだ。
「南、来ました! あいつらです!」
その報告にレティシアさんが目を見開く。何か思うところがあるみたいな言い方。
すぐに私も気付いた。索敵魔法にかかったのだ。
「教会から迂回してきましたね~。レティシアさん、いいですか?」
「分かったわ。……本当にあなたの能力を頼って大丈夫なのね?」
「えっと、コツも覚えたので、十メートル以内であれば――」
話している途中で、建物の陰に相手が見えた。
次の瞬間、レティシアさんは気配を薄めたと同時に、地面を滑るように建物の横から回り込んだ。
「一人目ェ!」
次の瞬間、後ろ手に何者かを掴んだレティシアさんが、建物の上から落下してきた!
白い鎧を着込んだ男性が「ぐえっ!」という声とともに地面に叩き付けられる。
(《スリープ・フォール》)
手が届きそうなほど近くなので、軽く手の平を向けるだけ。
男は一瞬で力を無くすと、かくんと首を落としていびきを立て始めた。
近くで『不可視』の皆さんが驚きに「す、すっげ……」と褒めてくれるのだけど、正直なところレティシアさんの馬鹿げた速さの方が圧倒的に凄いと思う。
「使いやすかったです、助かります~。でももうホント、その辺に適当に投げるのでも、ちょっと近くに押し込むとかでも大丈夫ですよ?」
「これなら……! 聞いたわね!? 全員行動開始! ジェロームは隣で守護ね!」
「ああ! 絶対死守だな!」
それからの展開は一瞬だった。
レティシアさんほどでなくても、『不可視』の皆さんはかなり鍛えている。
とはいえ、教会側の神官戦士もなかなかに強い。
この均衡を破るのが、私の睡眠魔法。
魔法射程の範囲に入った瞬間、敵は戦力外になる。
相手にとっては、突然眠らされるのだからたまったものではないだろう。
眠った者は順次戦えないメンバーによって引き取られ、縛られていく。
私なんて傍目には、マジックポーションというか飲み物ごくごく飲んでじっとしてるだけみたいな感じ。
最後に、一番後ろで指示を出していた中年から初老ぐらいの男の人が残った。
相手も相当のやり手だけど、レティシアさんが素早い動きで攪乱し、背中から思いっきり蹴った。
相手の手……だけでなく、服からも赤黒く汚れたナイフが大量に地面に落ちる。
ああ、思い出した……あの人、帝国城でヘルマン枢機卿の隣にいた変な臭いの人だ。
レティシアさんは私の魔法が届かない範囲で、男の背中に膝を乗せる。
「やっぱり来たのは、あんただったか。いい気味ね、司祭……いえ、今は司教らしいわね。まさかこんなヤツが何の罰を受けることもなく昇格していたなんて」
「ぐっ……何故、こんなに簡単に……」
「八年前のようにいかなくて残念だったわね!」
どうやら以前も同じ部隊に襲われて、その時は『不可視』が負けたらしい。
ただ、そこからの会話はちょっと違った。
顔を見せつけるように、男の髪を掴んで自分の方を向かせる。
男の人、この世の終わりってぐらいに目を見開く。
「思いもしなかった? 私が『不可視』のリーダーだなんて」
「お、お前……! まさか『愛玩三号』の、使用済み売却品――グギャッ! ギャッ! ゲェッ!」
「――子供の頃は馬鹿だったから理解していなかった。お前、私のことそんな名前で呼んでたんだ。そりゃ目や生皮ぐらい何とも思わないわね」
司教が言葉を発した瞬間、レティシアさんは無表情で男の頭を地面に何度も叩き付ける。
潰れたカエルみたいな悲鳴を上げながら流血してるけど、全く同情できない。
周りの空気も『もっとやれ』モードだった。
この局面であんな危ういこと言っちゃうの、さすがにちょっとなあと思う。
よく司教になるまでヘマしませんでしたね……?
その時、ちょっと視界の端が光って、急速に誰かが走ってきた。
突然の部外者に『不可視』の人達も顔を見合わせている。
「遅くなったけど……終わってるっぽいかな?」
その場に現れた姿を見て、飛び跳ねるぐらい驚いたのは私だけでしょう。
「――シャーロット様ぁ!?」
まさかの、セントゴダート王国にいるはずの方がいらっしゃいました。






