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最良の結果を得るため、俺は仕込む

 話は一週間前まで遡る。


「さーて、それじゃお楽しみのクソカス引き摺り落とし作戦会議をするわよ」


 シビラが酒瓶を置いて、腕を組む。


「ヘルマンと王城で出会ったのが、偶然なのかそれともケイティの手回しか……どっちでもいいんだけど、とにかく出会ったわね」


「そうだな」


 帝国城の図書室を見ていたその時から、ヘルマンは思い当たったんだろうな。

 ジャネットがイェニーの娘であり、必然的にローレンスの娘であることに。


「そんなわけだから、酒場で出会った時も偶然とは思わなかったわ。あっこいつ狙ってきてるなーって」


 酒場では、ヘルマンがシビラの隣に座った。

 あの時シビラはヘルマンにビールを、自分に(チェイサー)を頼んだ。


「俺はあの時、シビラが酔わせて作戦勝ちしようとしていたのだと思った」


「ヘルマンは、酔い覚ましにキュア使ってたわよ。隣のアタシしか気付かなかったけど」


 ……何だと?

 ではあの時の会話は、シビラが酔わせたことによってヘルマンが勢いで許可を出したというわけではないのか?


「そこも含めて、アタシの作戦よ。酔って言ったらそれで良し、だけど酔わずに思い切ったこと言ったらちょっと変。ヘルマンは――」


 ――酔いを覚ました上で、酔ったフリをした。


「その証明に、ふらふらしてた割にすんなり立ち上がってまっすぐ帰ったじゃない」


「確かに……あの酔い方で随分と正確に歩いたな」


 そんなヤツ、怪しいとしか言えない。

 何か裏があると考えるのが普通だ。

 シビラはそこまで考えた上で『どう考えても怪しい』という動きを相手がやらかしそうな状況を作り出すことにより、自分の疑惑を確信に変えたのだ。


 ヘルマンが俺達を探るために酒場に現れ、シビラがビールで相手を酔わせ、ヘルマンがキュアでシビラを騙しに行き、シビラがその演技を見抜くことで裏を読み抜いた。


 改めて、ヘルマンとシビラの裏の取り合いを恐ろしく思う。


「次は図書室だけど、これもおかしいのよね。教皇の吊し上げをするのに賛同者を集めたって言うけど、急だわ」


「俺は、以前ローレンス枢機卿が告発した時、ヘルマンは現役だったんだろうと思った」


「あら、何故?」


「なんとなくだな。あいつの自己申告を俺はどうにも信じられないらしい」


 これは、情報収集して知識を積み上げたジャネットにはあまりない感覚かもしれない。

 考慮していたとしても、性格的にいきなり疑惑をぶつけたりはしないだろう。


 反面俺は、基本的にあまり人を信用していない。

 特に、ああいう急にいい条件を押しつけてくるタイプはな。


「今日のジェロームに関してもそうだ。怪我を治さなかったのはヘルマンで、シビラがジェロームと会っていることも知っている」


「でしょーね」


 シビラが思ったより軽い反応をした時、ヘルマンは妙にシビラの表情を窺っていた。

 あの時ヘルマンは、シビラが嘘をついていると裏を取りに行った。


「そして……お前は『ヘルマンがシビラを嘘つきだと思った』ことまで含めて、全部認識した上で二重罠に嵌めようとしている。違うか?」


 俺の答えに満足したように、シビラがニヤリと笑った。


「……いいわね。やっぱりあんたはこっち向きだわ」


 髪を掻き上げながら、シビラは自分の考えを話す。


「最後。あいつがさっき来た時思ったのよ。全員集める理由」


「……まとめて始末するためか」


「それも一つあるけど、別の理由もあるわ。アタシ達が誰も自由に動けないことによって、気に入らない組織を壊滅させられたりね」


 シビラの言葉に、俺は一瞬で状況を理解する。

 今回の神判が起きることによって、『不可視』がどういう状況に晒されるかに。


「ラセルは、どうする?」


 俺は頭の中で、現在のメンバーと相手の持つメンバーを考える。

 誰に誰を当てたらいいか、どの場面で何をすればいいか。


 ヴィクトリアを向かわせてもいいが、不自然だ。

 何より彼女は帯剣しているし、強いとすぐに分かる。

 もし揉み合いになった時、多対一で手加減できるとも思えないし、複数人相手に戦えるかも分からない。


 ……いや、いたじゃないか。


「マーデリンだ」


 対人戦において、純粋な勝負でなければ間違いなく最強の能力者。

 彼女を配置して、眠った際に縛り上げるなり人質にするなり使えばいい。


「いいわね。それじゃそっちはマーデリンにやってもらうとして、教皇はどうする?」


「シャーロットに繋げるか?」


 俺の出した名前に、シビラは目を見開いて驚いた。


「ロット? あんたあいつに頼るの?」


「ああ。どう考えてもあの教皇相手に真っ当な訴えが通るとは思えない。暴力で解決してもいいが、それでは『やり伏せた』ことにならないと思う」


「言うわね、アタシも賛成。じゃあアタシから連絡して――」


「いいや、俺から言おう」


 再びシビラが、驚いて一瞬固まる。


「マジで? それがどういうことか分かってんの?」


 無言で頷く俺に、シビラは『マスタータブレット』と呼ばれるものに触れた。

 数秒待つと、板が光って空中にシャーロットの姿が浮かび上がる。


『ねえシビラ、ラセルから連絡を願い出たって本当!?』


「出るの速いわね! ほら、お望みのカラス男子がいるわよ」


 俺はシビラの隣に回り込み、シャーロットの視界に入る、と思われる場所まで来る。


『わ、わあ……久しぶりですね!』


 髪の毛を櫛で軽く梳かしながら、慌て気味にシャーロットが正面に出る。こうやって見ると、本当にエミーより少し上ぐらいの普通の女性って感じだな。

 相も変わらず、このマスタータブレットというものは不思議な性能だ。


「間違いない、俺が呼んだんだ。まずは今の状況を聞いてほしいんだが――」


 俺は、順序立てて今の状況を話した。


 教皇の存在、その過去。

 枢機卿の接触と、神判。


 恐らくその全てが、相手の意のままに操られるだろうと。


『お話は分かりました。ラセルさんが私に願い出るのは、どんな願いでしょうか』


「ジャネットを助けるために、力を貸してほしい」


 俺は言葉とともに、頭を下げる。

 隣でシビラが、息を吞んだ。


『……私の方からも、改めて確認させてください。顔を上げて』


「ああ」


 正面を見る。シャーロットは表情を引き締め、俺を正面から見ていた。


『ラセルさん。あなたは私のことを、相当に嫌っていた筈です。恨んでいたと』


「今更な話だ……と言いたいところだが、まあ、そうだな」


『そんな私に頭を下げるのは、耐え難い苦痛のはずです。特にあなたは、どんな相手にも頭を下げない。ギルドマスターのエマにも、女神のシビラにも』


 確かに、な。

 最も頭を下げたくない相手は誰かと言われたら、間違いなく『太陽の女神』だと答えるぐらいには未だに燻るものがある。


 あの日、一人で宿に残された絶望。

 あの出来事は、俺を変質させて未だ元に戻す様子もない。


 だが――。


「――俺の頭一つでジャネットの助けになるのなら、下げる。それが、リーダーであり、幼馴染みであり……親の(かたき)を取るあいつを支援する、俺がやるべき最低限の仕事だ」


 そう言い切る。


 決して気楽に下げるわけではない。

 誰彼構わず頭を下げる気はない。


 それでも、この状況で自分の格が下がるかどうかをチマチマ気にするようなヤツは心の奥底からだせえと思う。

 そうなった時点で当人以外からは完全に格落ち扱いだろうな。


 シャーロットは目を閉じ、小さく息を吐き……シビラの方を見て柔らかく微笑んだ。

 シビラは片眉を上げて、ニヤリと笑う。


 二人のアイコンタクトが終わると、この世界で最も偉いであろう女神は、すげえ軽い返事で答えを示した。


『任せて!』


「いいのか?」


『もちろんです! 他の誰でもない、【聖者】を私の我が侭で押しつけちゃったラセル君の為なら、時間を作って助けに向かいますね!』


 あっけらかんと明るく、シャーロットは笑って承諾した。

 その直後、表情を静かに引き締め、『それに』と続ける。


『帝国の教会には、私も思うところがあるのです。だから事前に、シビラには調査してもらっていました』


 事前調査……そうか、レティシアの前でシビラが最初に『元々依頼をされていた』と話していた教会関連の話はこれか。

 確かに女神関連の話は、第三者に聞かせるわけにはいかないな。


『帝国のことは、人の持つ自主性を考慮してなるべく干渉せずに見てきました。ですがそれも、もう限界かもしれません』


 シャーロットは、今までになく真剣に、威厳を放ちながら話し始めた。


『『太陽の女神』として……そして、ただの個人シャーロットとしても、自分の思うまま遠慮なく動きます』

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