反則には、それ以上の反則で
俺の言葉を受けて、再び枢機卿の面々がざわつく。
ヘルマンは、信じられないものを見るような目で俺を見下ろす。
「今の流れを全て見た上で、『神判』を申し込むとは」
「《ヒール》。構わないだろう? 俺はラセルだ」
俺は皆の注目が集まる中で、回復魔法を使ってみせた。
「……なるほど、いいだろう。何を考えてるかは分からんが、自殺志望者が増えたようなものだ」
ヘルマンが一歩下がる。
さて、ここからは一気に核心に踏み込ませてもらおうか。
「では率直に聞かせてもらおう。教皇、あんたは十七年前、産まれてくる子供を殺そうと計画した。何故だ?」
俺が話した内容にヘルマンは僅かに反応したが、教皇は落ち着いたままだ。
「それが泰平の世の為だった。家督争いの火種など不要」
「だからといって殺すことはないだろう。『太陽の女神』が聞いたらキレるぞ」
何となく喋った言葉だった。
シャーロットのことを思い出すと、まあそうなるだろうな、としか思わない話。
ところが……ここで教皇の表情が明確に変わった。
怒りだ。
「何故お前が『太陽の女神』の代弁をする? 女神はそんなことを言うまい。何故なら私がそう言うからである」
「は?」
「頭が高いぞ、王国民。『太陽の女神』の言葉を代弁できる者は教皇である我だけだ。だから教皇の我が子供を殺せと言えば、それは『太陽の女神』が子供を殺すべきと言ったことと同じになる」
何でだよ、性別ごと変わってんじゃねーか。
自分で言ってておかしいと思わないのかこいつは。
……いや、思わないんだろうな。
だから『帝国太陽教』なんていうものを作ったし、立っている彫像はやたらと威圧的だし、こいつは自分の発言を疑問に思ったことがない。
ヘルマンが、鼻で嗤いながら指を差す。
「教皇の言葉は神の言葉。拒否する者は神の否定。教義にも書いてあるだろう」
書いているも何も、お前らが書いたんだろうが。
それで命令を聞かせたら皇帝より格上気分か、緊張感のかけらもねえ取引だ。
「……ちょっとラセル、今の本当なわけ?」
後ろでシビラが声を上げた。
「どこの部分だ?」
「子供を殺す指示を女神の名の下に行ったっていうの」
「それを止めるために、ローレンス枢機卿は神判に出た。……そうだな?」
後ろで「はー、キレそ」と言う女神を一旦無視し、壇上へと問いかける。
枢機卿の連中が、互いに顔を見合わせた。
「懐かしいですなぁ」
「あれは実に滑稽であった」
「若くして成り上がると、身分不相応になる」
随分な言われようである。
同時にこいつら、面々は全く変わってないといった様子だな。
……ジャネットの父親ということが判明して、思ったのだ。
恐らく、【賢者】のジャネットと同じようにその職業を得ているのなら、相当に頭のいい男だったと考える方が自然だ。
そのローレンス枢機卿が負けたということは、その人の良さが悪い方向に働いたのではないかと思った。
ならば、考えられる可能性は――『騙し討ち』だ。
おかしいと思ったんだよ。
十七年前の時点で教皇に反逆しているのなら、ヘルマンも協力者のうちに入っているはずだからな。これがノートを読んだ時の違和感だ。
「一応これも聞いておくが……この神判とやら、枢機卿の多数決で有罪無罪を決めているんだよな」
「そうだ。尤も、意見が割れたことなど過去に一度もなかったがなあ」
そう嘲笑し、周りの枢機卿もニヤニヤとこちらを見下ろす。
そんなことだろうと思った、教皇を肯定しているだけで甘い汁を吸い続けられるからな。
完全にルールを自分優先に変更していると見ていい。
「そもそも」
教皇が、気怠そうな低い声で話を始める。
「意見が割れた時点で、その者は追放。枢機卿全員が反対したら、全員追放で入れ替える。それでも問題はない」
「お前の意見でしかないだろ」
「女神の意志だ。頭が高いぞ」
教皇は再び、杖で地面を叩いた。
低い音が、こちらを威圧するように床から全体に響いた。
「なるほど……自分が言ったことが正解になり、自分と意見が違うものを後からでも間違いにする。問題文を書き換えるタイプの権力だな」
「……再度言う。頭が高いぞ、無名の神官」
マシな言い返し方が思いつかないってことは、概ねその通りなのだろう。
教皇が白と言えば白、黒と言えば黒。
俺の黒鳶色のローブも、教皇が白と言えば満場一致で白くなるというわけだ。
実に下らねえ茶番だな。
だが、俺は一歩も引くつもりはない。
「改めて言う。罪なき胎児の殺害を企てたお前に、教皇どころか女神教を名乗る資格すらねえよ。『太陽の女神』も間違いなくそう言うだろうな!」
ニヤリと嗤い、下段から顎を上げて存分に見下す。
教皇は大きく目を見開き、杖を持ち上げて地面に叩き付けた。
おーおー、高そうな杖と床に傷が付きそうだな。
「この……者に、神判の時。教皇コルネーリウスが『帝国太陽教』の教皇に相応しくないと思う枢機卿は、挙手を願おう……!」
怒りに震えながらも、神判を宣言した。
教皇コルネーリウス。
太陽の女神を私欲のままに都合よく利用し、一体どれだけの独裁を押し通した?
亀の甲より醜い顔の皺は、それだけ刻まれるまでに女神の職業をどれだけ使った?
その人生が、どれだけ虚飾にまみれているかは、この僅かな時間でよく分かった。
お前の罪は重い。ジャネットの親の分まで精算してもらわなければならないほどにな。
ある程度議論のルールに則っていたのなら、俺も手加減はしただろう。
だがこいつは、最悪の想像を遥かに超えてきた。
最初から勝負するつもりのない闘いを、何の緊張感もなく上から決めるだけ。
この状況を切り抜けるには、俺達が攻撃に転じれば簡単だ。
だがそれでは、この教皇の欺瞞に満ちた屁理屈の壁を破ったことにはならない。
必要なのは、完全勝利。
目の前のクソ教皇にも、周りの枢機卿にも、自分達が負けたと心の底から実感する程の悪夢を見せて、ようやく完膚なきまでに叩きのめしたと言い切れるだろう。
その準備は、既に整っている。
「賛同者なし、これにて否決。神判原告である――」
「――神判被告、教皇コルネーリウス! 神への反逆罪で有罪だ!」
教皇の声に被せるようにして、一方的に大声で宣言する。
一瞬絶句した八人のクソ野郎どもが何か喋る前に、俺は高らかに叫んだ。
「茶番は終わりだ! 入っていいぞ!」
そう叫んだと同時に、礼拝堂の仰々しいステンドグラスが音を立てて割れた!
「呼んでくれないかと思いましたよ」
「この状況でそんなに余裕があるわけねーだろ。つーことで、後は任せていいな?」
「はい、後は私の仕事です」
彼女は太陽のように眩しい金髪と羽を揺らし、俺に背を向けた。
多数決を、身内の権力で固める。
勝負の後に、ルールを変えて勝敗を決める。
議論における、完全なる反則。
自分だけが有利になるルールで、こいつは逃げ続けてきた。
教皇の反則には、正面から戦っては絶対に勝てない。
ならば俺も、お前のやり方に倣わせてもらおう。
先にルールを破ったのはお前だからな?
――お前を、教会において最も理不尽な反則技で、完膚なきまでに叩き潰す。
「自己紹介は必要ないと思いますが、一応言っておきます。私は『太陽の女神』です」
帝国の教会に、太陽の女神本人が降臨した。






