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明かされた『帝国太陽教』の真実

 枢機卿の誰も、こちらに協力しなかった。

 事前の打ち合わせとは、まるで違う様子である。


 俺達が唖然とする中、ヘルマン枢機卿があのニヤニヤとした顔のままこちらに歩み寄る。


「……」


 誰も返事ができない中で、ヘルマンは一冊の本を投げて寄越した。


「……『帝国太陽教の教義』?」


 ジャネットは、その中を軽くめくる。

 それからすぐに、指先を震えさせながら高速でページを流し始めた。


「何だ、何だ、何だこれは……!」


 ただ事ではない様子に、俺達も目を合わせる。

 真っ先にシビラが、その本を覗き込んだ。


「ちょっと、どうしたのよ!」


「……い」


「何て?」


 シビラが聞き返すと、ジャネットは青い顔をして指を挟んだ複数のページをシビラに見せた。


「ない。ないんです。『人を助ける』項目も、『人の上に人を作らない』項目も……!」


「はあ!?」


 シビラがジャネットから本を奪い取り、その教義の本をぱらぱらと流し読みする。


「むしろ、『上下関係は絶対であり、生まれの神聖さは太陽の女神が保証する』と……。王国の教義とは、書いてあることがまるで逆です」


「嘘でしょ……」


「『怪我人を治せる人間は、神の力を授かったに等しい』とも」


 何だ……何だよそれは。

 何故そんなことになってるんだ……!


「こんな当たり前のことも知らずに来たとはね」


 はっとすると、ヘルマン枢機卿が、教皇の隣でこちらを見下ろしていた。

 その目は先程までとは全く違い、明確に侮蔑の伴った、汚いものを見るような表情だ。


「ご苦労、ヘルマン」


「不信心者を罰する『枢機院神罰班』の長として当然のことをしたまでです」


 ――神罰班、ね。


 何かおかしいと思ったんだよ。

 ヘルマンはうろうろと帝国城に現れ、酒場に現れ、俺達の宿にも現れ……まるで仕事をしている様子がなかった。


 ふん、狸ジジイが。

 あいつはああやって教皇の邪魔になりそうなやつを見つけ出しては一方的に断罪するよう動くのが仕事だったんだな。


 柔和な雰囲気は全て嘘。

 こちらがヘルマン枢機卿の、本物の顔ってわけか。


「『帝国太陽教』は、王国の『太陽の女神教』を進化させた人間のための宗教。教義も当然違う。ま、この教義は一般公開されていないがね」


 ヘルマンは当然のことのように、とんでもないことを言い始めた。

 教義が変わってしまえば、それはもう太陽の女神教とは全く関係のないものだ。

 表向きは『太陽の女神教』だが、回復術士が選民思想なのはこういう理由か。


 ジャネットは、その言葉を信じられないかのように首を振った。


「た、太陽の女神の書いた教義書を、自分達で書き換えたというのか……!」


「書き換えたとは言い方の悪い。『解釈を変えた』と言うのですよ」


 ジャネットが本を閉じ、手元の真っ赤な本の表紙を見る。

 いやに派手な色だ。


「……『赤会』」


 隣の俺にだけ聞こえるジャネットの呟きに、はっとする。


 そうだ、いたじゃないか。教義を独自解釈する連中が。

 帝国の教会は、独自解釈した上で教義自体を変えてしまったのか……!


「この本は、いつから……」


「内容は大昔からだが、今見せた最新版の教義は十六年前だ。もちろん予想がついての質問だろう? なあ――ローレンスとイェニーの娘」


 跳ねるように、ジャネットの顔が本の表紙からヘルマンへ向けられる。

 ……今、こいつは何と言った?


「初めて見た時、思った。珍しい青髪が、若い頃のイェニーとよく似ている。だが……」


 一歩、ヘルマンが進み出る。

 それまで感情の見えなかった表情に、明確な変化があった。


「目だよ目……! そっくりなんだよ! その、俺を見下すような目がなあ……!」


 目は赤く充血し、額の間が魔峡谷のように割れる。

 口元は下顎まで引きつり、歯茎が剥き出しになる。


「だが……」


 その怒りに満ちた表情が、余裕を戻すようにニイ……と厭らしく口角を上げてジャネットを嗤う。


「撒いた餌に、随分と都合良く引っかかってくれた。父親とそっくりだ」


 それから、ヘルマンは立て続けに衝撃的な事実を喋り始めた。


「彼奴が『不可視』を使って何かをしでかそうとしたのを見て、女神の名の下に神罰を落とした。根絶やしにしたつもりが、まさか生き残りがいたとはね」


 今、こいつの話を聞いてようやく理解した。


 何故、レティシアが教会と争うことを避けたのか。

 何故、組織の本拠地は地上ではなく地下にあるのか。

 何故、若い層しか生き残っていないのか。


 こいつが、全員殺した。


 それと同時に『不可視』の旧メンバーは、自分達が死ぬことで、全滅したと思わせた。

 未来をレティシア達に託したのだ。


「ここ最近、探りに来ていたのを知っている。だから、お前達が動けないうちに、残党狩りに向かわせた。『神罰班』の実働隊は、今朝に出て、昼に決行だ」


 その言葉に当然ヴィクトリアが反応するが、俺が手で抑えた。

 こちらを見る彼女に対し、首を横に振った。


 ……そろそろいいだろう。


 俺はジャネットの肩に手を乗せる。

 予想外の接触に驚いたようで、一瞬肩が跳ねるとジャネットは振り返った。


 ――その瞳が、何かの覚悟をしているように感じられた。

 このまま任せていると危ういな。


「何か考えがあるのかもしれないが、一旦俺に任せてくれないか?」


 俺はジャネットに小さく告げ、入れ替わって中央に立つ。


 選手交代だ。


「一応俺も回復術士でな。ローレンスと同じように帝国のそこら辺で適当に回復魔法を使っている身分だ」


 俺の言葉に、真っ先にヘルマンが嫌そうに目を細める。


「……王国民は、随分と回復術士が多い。よもや、安値で回復魔法を使ってはいないだろうな」


「安いっつーか無料でやったりもしたぞ。エミーもジャネットも無料だ。パーティーメンバーでないヴィクトリアも何度も無料でやったな。帝国内でもそんな感じだ」


 俺がへらへら笑いながら言うと、枢機卿の面々が互いの顔を見てざわざわと話し始める。


 大丈夫だ、ジャネット――。


「さて、俺がこのことを話した理由は分かるな? そう――『神判』の申し込みだ」


 ――お前を一人にはしない。

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