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決行の日、賢者は教皇と対峙する

 一週間は、すぐに過ぎ去った。

 エミーは時々ダンジョンに潜っては、淡々と帰って来るらしい。


『考えることは苦手だから』


 本人はずっとそう言っているし、俺もエミーは向いていないと思う。

 それでもエミーなりに、いざという時に役立つのは自分の圧倒的な制圧力だということを理解して、自分にできることをしているのだろう。

 俺も頼りにしている。


 ジャネットは、情報収集をやめて趣味の音楽を再開した。

 情報収集において『不可視』を超えることは不可能だと判断したのだ。

 それに、教会図書室に置いている本がアドリアの孤児院で読んだもの未満であることを理解した結果、新たに本を求めることもなくしなったと聞いた。


 ヴィクトリアとイヴは、レティシアの所へとよく向かっていた。

 言うまでもなくヴィクトリアは友人として、十年以上の穴を埋めるように遊びに行っている形だ。

 イヴはレティシアに、戦い方や情報収集のやり方を教わっているらしい。


 マーデリンは最終日まで、料理の本を読み、勉強し挑戦していた。

 日常を崩さないようにしている感じで、ジャネットの方向性に近いな。




 シビラ?

 昼食に皆で集まって、解散してから酒場。

 夕食に皆で集まって、解散してから家吞み。

 酒の女神は基本表向きずっとこうである。

 やれやれ……。


 俺は俺で、独自に動いていたが、どうなるかな。



「お待ちしておりました」


 教会の玄関で、何度目かになるヘルマンとの顔合わせをする。

 穏やかそうな表情をした枢機卿は、初日と変わらず落ち着いていた。


「おや、女性が一人見当たりませんが……」


 ヘルマンが指摘をしたのは、マーデリンのことだ。

 今回マーデリンは、別行動をしている。


「あの子は元々、アタシらのパーティーじゃないのよ。そんなに戦えるタイプの子じゃないから」


「ふむ……そうですか。分かりました」


 シビラがさらっと嘘をつくが、まあ分かるまい。

 元々パーティーじゃないと言ってしまえばイヴとヴィクトリアもだが、これだけ一緒に行動してりゃ関係ないしな。


 ヘルマンが、近くにいた金の鎧の男へと小声で話をする。

 男は一瞬こちらを見て頷くと、四名ほど連れて教会を出て行った。


「ああ、魔峡谷対策ですよ。今日は皆さんが外に待機していませんので、討伐班に多めに回ってもらったのです」


「別に小声じゃなくてもいいのにー」


「他の神官戦士を不安にさせないためですよ」


 ヘルマンはそう言うと、絨毯の敷かれた階段を上り始めた。

 何だか王族の謁見の間かっていうぐらい立派な金縁の赤絨毯だな。

 上階を封鎖していた男達が、槍を立てて左右に引き、黙礼する。


「この先が、礼拝堂となっております。本日はこちらにて神判を行います」


 その言葉とともに扉が開かれ、部屋の中の眩しい光が入ってくる。

 南側で日光の入る位置関係だからだな。

 俺達は順次、部屋の中へと入っていった。


 中の礼拝堂は、非常に豪華絢爛だった。

 物の印象としては帝国城のサロンに近い。

 だが、実用的なものと高価な物が入り混じっていたあの場所に比べると、この部屋はどこもかしこも装飾過多で、金色が多い。


 中央の、最も高い講壇の位置。

 以前俺と言葉を交わした教皇が、一瞬俺の方を睨みジャネットの方を見る。

 実に感情の分かりやすいヤツだ。


 中央の長椅子を抜けた先、教壇との間に大きな空間がある。

 その場に立つと、ヘルマンは……教皇の隣に立った。


「……ヘルマン枢機卿が、枢機卿を全員集めるように言った。本日は、お前達が何を主張するかを聞くために、わざわざ集まったのだ。久々の神判だ、有り難く思うように」


 低く、それでいて独特のしわがれ方をした声だ。


 ヘルマンが、笑みを浮かべながらジャネットに向かって手を上にする。

 どうぞ、というジェスチャーだ。


【賢者】である彼女が、教会で意見を通す上で適任と判断してのことだ。


「僕から話をします。今回は教皇の不信任であり、その退位を求める枢機卿の総意です」


 いきなり直球で言ったな!

 まあそれだけ思うことがあるというわけか。


「ふむ、理由を述べよ」


 余裕そうに言葉を返す教皇に対し、ジャネットは言葉を続けた。


「太陽の女神教において、人助けは絶対条件。回復術士の力は、人類の共有財産。だから教義にも、命を大事にと再三書いています」


「続けたまえ」


「……それにも拘わらず、教皇は怪我人を治療しませんでした。今もう、死んでいるかもしれない。これは、重大な教義違反」


 ジェロームの、怪我の話だ。

 話が本当なら教皇はジェロームの怪我を認識した上で、放置したことになる。

 これが【新刊】を束ねる教会の判断とはな。


「もう一つ。太陽の女神教の教義には、人に役職を除いた場合の上下関係を作ることを禁じています」


「ほう、続けたまえ」


「教皇は怪我人に奴隷紋があったという理由で、値段を吊り上げたと聞きました。これは女神の教義において――」


「もう良い」


 教皇はつまらなさそうに手を振ると、椅子にどっかりと座り込んだ。

 ジャネットはあまりに失礼な態度を取られ、少し気圧されている。


「……これにより、教皇は太陽の女神教の教皇を名乗れるものではないとします。今回【賢者】ジャネットの名において、枢機院の採決を希望します」


「判断が覆れば、神への反逆として極刑」


「問題ありません」


 残酷で傲慢な裁判結果にも、ジャネットは堂々と答えた。

 エミーが拳をぐっと握る音が聞こえてきた。


「だ、そうだ。それでは採決を取る。――我、教皇コルネーリウスが『帝国太陽教』の教皇に相応しくないと思う枢機卿は、挙手を願おう」


 ついに採決が始まった。


 正面に並んだ、七名の枢機卿を見る。

 一人一人がそれなりの年齢の老人であり、全員が男だ。


 表情はなく、こちらをじっと見下ろすのみ。


(《キュア・リンク》)


 一応、ケイティの影響かと思って魔法を使ってみたが、手応えがない。

 精神に異常があるわけではない。


 つまり……淡々と、今の状態が正常であると枢機卿全員が認識している。

 こいつらは自分で考えて選んで、挙手をしていない。


 ――やはり、こうなったか。


「……。……何故?」


 ジャネットが、こちらにだけ聞こえる声で呟く。

 ヘルマン枢機卿は、変わらぬ笑みでこちらを見ている。

 その手は全く上がる気配がなかった。


「賛同者なし、これにて否決。神判原告であるジャネットは、神への反逆罪として死刑」


 教皇が、何の関心もなさそうな声色で、人の命を決定した。

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