表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

335/350

急遽決まった予定と、俺の用事

 部屋に戻り、何の話をしたかをジャネットが説明した。


 ローレンスとイェニーが、ジャネットの両親。

 衝撃的な真実に皆言葉を失うが、ジャネットは話を続けた。


「つまり、今回の教皇を引きずり下ろすというシビラさんの目的は、僕にとっても必要な目的となった。父の敵討ちだ」


 その言葉に、少しずつ場の空気が熱を帯び始める。


「そっか、そうだね。ジャネットのパパがいい人で、一方的に追い出されたというのなら、私も頑張る! もし権力に負けちゃったら、全部どーんってふきとばしちゃう!」


 エミーは特にテンションが上がり、興奮気味にそう言った。

 確かにいざとなったら、力尽くで逃げるしかないもんな。

 なるべくそうはなりたくないが、いざとなったら頼む。


「親と言ってもほぼ他人ではあるけどね。でも、やられっぱなしは癪だろう?」


「よく言った!」


 その言葉に、シビラがぐっと身を乗り出した。


「やっぱね、やられっぱなしはよくないのよ! ああいう絶対自分は大丈夫とふんぞり返ってるヤツには、ぎゃふん! と言って失墜していってほしいわけ!」


 教皇の年齢を考えると、ぎゃふんはねえだろ。

 ただ、権力を思うがままに使って当然のような顔をするヤツを、絶望とともに失墜させたい気持ちは分かる。


 さて、どうするか……と思っていたところで、部屋にノックの音が響いた。


「はい」


 扉前のヴィクトリアが確認すると、どうやら宿の人が来客者の連絡をしにきたようだ。

 その名前を聞き、俺達は部屋に通す。


「どうも、お久しぶりです」


 やってきたのは、ヘルマン枢機卿であった。

 会うのは図書室以来となる。


 代表で話すのはシビラだ。


「ヘルマン枢機卿。他の枢機卿との同意も取れたのね」


「ええ。実は今日のことが問題に挙がっていましてね……すぐに動こうと思ったのです」


 ヘルマンの話には、思い当たることがあった。

 今日の話といえば当然、あの巨大フロアボスのことになるだろう。


「大怪我をした人を、教皇様が助けない判断をしたことで意見が割れたのです」


「へえ、どんな怪我なのかしら?」


「片腕がなくなっており、痛ましい限りで……」


「うわっ、大変。止血を失敗していたら命に関わるわね。確かに意見が割れるわ」


 シビラは淡々と話をしている。言うまでもなくジェロームのことだろう。

 だがシビラは、そいつが治った話をしなかった。

 俺はエミーやジャネット達と目を合わせる。


 ヘルマンはじっとシビラを見つつ、話を続ける。


「……はい。大怪我を負った者を助けない。その判断をする教皇では、支持も信仰も得られますまい」


「そりゃーそうね。太陽の女神本人が聞いたら、怒るわ」


「ですから、すぐに神判の決議をしようと思ったのです。決行は――来週」


 あと一週間か。

 教皇の長期に渡った独裁を考えると近いような気もするし、緊急で来たにしては長い気もする。

 これは他の枢機卿との連絡の兼ね合いもあるのだろうか。


「皆様には、どうか市民を代表し、我々とともに糾弾者となっていただきたい」


「ええ……いいわよ」


 シビラが肉食獣のようにニヤリと笑い、片手を出す。

 ヘルマンがその手を、しっかりと握った。


「くれぐれも、当日まで誰一人として、余所の人間には話を広めないようにしてください。それでは皆様、来週の昼過ぎ、また教会でお待ちしています」


 ヘルマンはそう言うと、宿から出て行った。


 扉が閉まり、シビラがジャネットに視線を向ける。

 ジャネットは十秒ほど待つと……小さく頷いた。


「宿を出た。問題ないよ」


「うし」


 シビラが緊張を解き、椅子にどかっと座る。


「一気に話が進んだわねー」


「ああ。未だにピンときていないぐらいだな……。シビラとしてはどうだ?」


「エミーちゃんじゃないけど、なんかムカついたら殴って逃げると考えてるわ」


 なんつーかもう考え方が完全に盗賊とかに近くなってるな。

 盗賊女神シビラ。不思議と語感がいい気がする。


「一応レティシアとも情報共有するけど、何かそれぞれ動きたいことがあれば個別に動いてちょうだい。何だったらダンジョンに行って腕試しでもいいし」


 シビラはそれだけ言うと、酒瓶を持って部屋を出た。

 いや酒を持っていくな。


「やれやれ。とりあえず、皆も今日はこんなもんでいいか。来週までに英気でも養っておいてくれ」


 俺の言葉に皆が頷き、それぞれ食事の追加をしたりベッドに入ったりと、思い思いの行動を取った。








 ――時刻は、夜。

 皆が寝静まったタイミングで、俺は先程ジャネットと話した場所へ再び足を運んだ。


 宿の屋上は相変わらずの曇天だったが、僅かに月が雲の輪郭をぎらりと光らせることで、空の隙間が見える。


「おっと、やっぱり来たわね」


 そこには、酒瓶片手に帝都を眺める、銀髪の女神がいた。


「ふん、相も変わらず生意気な反応だ」


「女神に対してその態度取ってる方がよっぽど生意気よ。でも――」


 ――あんたらしいわ。


 そう言って、ぐっと酒瓶を煽る。

 琥珀色の液体が喉に流し込まれると、複雑な形状をした透明な瓶が、きらきらと光を乱反射させる。


 ……月が出てきたか。


「裏の裏って、表なのよね」


「当たり前だろ」


 シビラがまた、唐突に話を始める。

 今日は随分と当たり前の話だな。


「裏の裏は表、じゃあ裏の裏の裏は?」


「裏だな」


 シビラは、ニヤリと笑って空を眺める。

 その銀の髪がきらきら光りながら、風に靡いていく。


「じゃあさ――」


 女神は、屋上の手すりに腕を乗せ、目の前にある光景を見る。

 視線の先に、カジノかよってぐらい派手にライトアップされた、帝国の教会があった。


「――アタシがどこまで裏面を見ていたか、分かる?」


 首だけで振り返り、俺を射貫くように横目で見る。

 核心に迫るその問いに、俺ははっきり答えてやる。


「四回か五回だな」


「ふふっ、生意気」


 どうやら満足いただけたようで、シビラは笑いながら緊張を解いた。

 手すりに両腕を乗せ、教会を背にするように俺を見てニヤリと笑う。


「『黒鳶の聖者』ラセル。本質はクッソ聖者だけど、スレて捻じ曲がった懐疑心の塊が人の形をした朴念仁カラス男子」


「褒めるのか貶すのかどっちかに……ほとんど貶してんじゃねえか」


「どっちも褒めてるわ」


 嘘つけ、と半目に睨むも、この女神は俺のような個人の圧など気になるはずもない。

 シビラはくつくつと肩を揺らして笑う。


「それぐらいの性格じゃないと、リーダーは務まらない。回復魔法と防御魔法だけじゃ、仲間は守れない」


 宵闇の女神は、雲から完全に姿を現した月明かりを真っ直ぐ浴びた。

 後ろの虚飾だらけの教会から、完全に表に出てくるように。


 女神は誰よりも美しい顔で、誰よりも女神らしくないことを言った。


「さーて、それじゃお楽しみのクソカス引き摺り落とし作戦会議をするわよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ