ピンポイントだった物件と空き巣女神
『不可視』のアジトを出た俺達は、折角なのでと帰りの途中で目的地に寄ることにした。
元々貴族の空き家街を通ってアジトに行ってたからな。
宿に戻るなら当然その場所も近い。
フロアボスを倒してから、まだ半日も経っていないだろう。
焼けるように赤い空を見上げながら、目的の場所へと近づいていく。
「……。……マジかよ、ここか」
俺はいよいよ目的地がここだというタイミングで、何があったか思い出してしまった。
「これは酷いね……」
ジャネットが地図と見比べながら、建物の正面に立つ。
――完全に、破壊されている。
言うまでもなく、フロアボスが空中から落下してきた時に、老朽化した建物をぶっ壊してしまったのだ。
魔物も大きかったとはいえ、こんなに見事に破壊されてしまうとはな。
「話したでしょ、体積の話」
シビラが、随分と懐かしい話を振ってくる。
確か身長が二倍になると、背丈だけでなく横と奥にも二倍。体重は八倍だったか。
あのフロアボスは、通常のキラーマンティスの三倍以上はあった。
単純計算で二十七倍。
「その上で、高いところから減速なく落下すると、通常の体重より遥かに重い衝撃が瞬間的にかかるわ」
「そのフロアボスが、空から思いっきり落下すると」
「こうもなるわね」
なるほどな。
しかし、散々家賃をつり上げた挙げ句、誰も入居しない高価な屋敷がこの有様とは。
こうなってしまっては、修繕しないと誰も入居などするまい。欲に目が眩んで、本当に無駄に空き家で無収入のうちに全て失ったな。
それにしても、こうなった以上交渉をどうしたものか。
「さーて」
なんてことを思っていると、シビラは楽しげに肩を回して、崩れた壁に足をひっかける。
皆が唖然としている中、「よっと」とかけ声をかけて屋敷の中に飛び乗り、さも当たり前のように目を丸くして俺達を見ながら首を傾げた。
「何してんの、漁るわよ?」
シビラはそう言うと、まるで侵入しない俺達がおかしいと言わんばかりの台詞とともに壊れた壁から家の中に入っていった。
……詐欺師女神、今日の呼び名は空き巣女神だな。
いや最早女神でも何でもねえよ、こいつはただの空き巣だ。
「どうする?」
「どうするったって……ああもう、入ってしまったものは仕方ない。俺達も入るぞ」
俺達は諦めると、周りを確認しながら建物の中へと入っていった。
これが魔王討伐をした【聖者】の今の姿とは、あまり考えたくないな……。
屋敷の中は、さすがにそれなりに綺麗だった。
人がいない部屋には、薄らと埃が積もっている。とはいえ、そこまで気にならない。
ジャネットが埃を軽く手で払いながらこちらを振り向く。
「人が動かないと、埃は発生しないからね」
「そうなのか?」
「あれは基本的に糸くずなんだ。灰色なのは、複数の色が混ざってるから」
それは初めて知ったな……。
「一応を使ってる。周囲に人間はいないよ。マーデリン、誰か来たら眠らせてくれ」
「眠りの魔法……ですか。分かりました」
「トラブル回避には、その魔法は破格だからね」
マーデリンに指示を出し、ジャネットは部屋の中へと入っていった。
「どうした?」
「いえ。私はかつてジャネットさんをこの魔法で苦しめてきました。私はまだ、自分の能力が少し怖い。でも……あの人は、既に乗り越えているんだなって」
確か、帰宅直後にすぐ眠りに就くのは、マーデリンが毎日ずっと魔法をかけていたからなんだったか。
今のマーデリンはこういう性格だし、そのことをずっと気にしているんだな。
こういうのは難しいところだ。
「そうだな……気にするのはマーデリンの良さだ。それを忘れないまま便利に使えばいいんじゃないか?」
「忘れないまま、ですか?」
「そうだ。……ま、どんな能力でも使い方次第ってことだ」
俺は自分の【聖者】の能力を、大したことのない力だと思っていた。
パーティーで役に立てない、最悪の職業だと。
だから俺は、『太陽の女神』を恨んだ。
闇魔法を得た時、この力こそが求めていたものだと思った。
冒険者として、英雄として、主役として。
その全てが【宵闇の魔卿】にはあった。
だが、不思議なことに。
思い返してみれば、ここ最近はむしろ回復魔法によってうまくいくケースの方が多い。
「ジャネットが、マーデリンの魔法を望んだ。だからまあ『そんなこともあったな』程度で流すんでいいだろう」
「ほわあ……参考にします。ラセルさんは凄いですね」
「普通だ」
そんなに褒められた考え方じゃない気もするしな。
手をひらひらとさせて、俺は部屋の中を漁りに戻った。
不用心なもので、資料の類いはあまり整理されていなかった。
入居者が出てから掃除でもするつもりだったのか?
何にせよ、漁る身としては有り難い。
「教会の方針……これは日誌か」
近くにあったノートをぱらぱらめくるも、中身は報告書のようなもの。
何か違うことが書いていないかと思ったが、誰が回復魔法を渋ったか、などがちまちまと書いているだけだった。
ふと、長文のページに当たった。中でも目を惹いたのが――。
「――協力者か」
ローレンスは、誰かの協力を得るように歩きまわっていたらしい。
「行動を起こす理由……子殺し?」
物騒な単語を見つけて読み込んでみたが……教皇は、子供を殺そうとしていたらしい。
どんな太陽の女神教だよ、シャーロットがぶち切れるぞ。
シビラはもっとぶち切れそうだ。
功を焦った理由は、どうやらその子供を間引く宣告を、教皇が近いうちに行うと枢機卿に宣言したからとのこと。
ページをめくる。
『このようなこと、あっていいはずがない。私は協力を持ちかけてくれた皆と共に、あの子を救う』
そのページを最後に、日誌は途切れていた。
結末は……言うまでもないだろう。
――何か違和感がある。
それにしても、シビラが見たら冷静な判断を失いそうだな。
これは必要な時に話すとするか。
日誌を引き出しの中に仕舞い直し……こつりと、小さなメモ帳を見つける。
持ち歩きできるサイズの、小さく薄いメモ帳だ。
『男――レオ、リンク、レスリー、ライナス……』
「……かなり続くな」
何だこれは、何かのパーティーの名前か?
名前ばかり集まったものを見たところで、何の判別もつかねえな。
一応ライナスが丸く囲まれている。リーダーだろうか。
興味はないが、適当にページをめくる。
「次は女か」
再び、似たようなページが現れた。
本当に、何の気もなしに開いた。
何の情報も得ることなく、一秒流し見して終わるつもりだった。
だが……俺にはそれができなかったのだ。






