消えた枢機卿の詳細
レティシアは周りのメンバーを退室させ、彼女とジェローム、それと一名の女を部屋に残した。
「集めてほしい情報は、今の情報、過去の情報、それと誰かの動向だったわね」
その言葉とともに、レティシアは残った女の方を見た。
茶髪の女は頷き、自分の担当していた範囲の情報を話し始めた。
「私が担当したのは、過去の件。枢機卿追放事件です」
「追放事件?」
その単語に、真っ先にジャネットが反応した。
「入れ替えがあったというのは知りましたが、追放だったのですか?」
「はい。今から十七年前、どうやら枢機卿の中で意見が割れたそうなのです。その時に追放されたのが、ローレンス枢機卿と言われています」
いなくなったのは、ローレンス枢機卿というらしい。
……枢機卿の中で意見が割れた、か。
「ローレンス枢機卿は、よく街の中に出てきていたそうです。なので情報も街の一定以上の年齢の人から集まりやすかったですね」
話によると、ローレンス枢機卿は非常に友好的で、街の人も冒険者もよく世話をしてもらっていたという。
帝国の教会にも、そんな人がいたんだな。
「街に出てきているとなると、今のヘルマン枢機卿に近い感じか」
「ヘルマン枢機卿?」
「以前酒場で会った時、シビラが無理矢理酒盛りに参加させたんだよ。向こうから店に来たんでな」
シビラが楽しげに頷き、エミーがお腹をさする。はいはい、また食べにいこうな。
一方、茶髪の女の反応は薄いものだった。
「長年中心街の情報収集をしていますが、ヘルマン枢機卿が酒場に来たという話は聞かないですね」
「そうなのか?」
たまたま部下の話を聞いてやってきたということか。
そりゃシビラに捕まって運が悪かったな。
ここで話をレティシアが引き継いだ。
「ローレンス枢機卿の話に戻るわ。冒険者として出会う場面もあり、職業は【賢者】だったそう。土魔法の達人だったと」
帝国の中には、そもそも【神官】自体が少ないと聞く。
太陽の女神が判断してそうなっているのだから、それは帝国民の傾向なのだろう。
とはいえ、その中でいざ【神官】になったヤツでも、レベリング介護を受けているうちに曲がってしまうようだが。
「回復してもらったという人の話もあり、帝国内でも珍しいほどの人気者だった。【賢者】自体が帝国の教会で唯一ということもあり、街の人からは若いローレンスを次期教皇という話もあったぐらい」
確かに、上の立場に立つのなら、ある程度能力が高い者の方がいい。
必ずしもそうとは限らないが、少なくとも軋轢は生まれにくいからな。
「だけど、ある日いなくなった」
それが、十七年前か。
話を聞くに、少なくとも恨まれて殺されるというタイプではなさそうだ。
ダンジョンで事故死するにしては、能力が高そうだしな。
――自分の事のように悔しがっているのかは分からないが、レティシアはずっと握り拳に力を込めているな。
「殺されたのではなく、去ったのだろうという理由は、もう一人の人物が関係している」
「誰だ?」
「ローレンス枢機卿の妻よ」
既婚者だったのか。
教会の枢機卿で、【賢者】で、土魔法の達人で、結婚相手もいる。
なかなか充実した人物だったようだな。
「ローレンス枢機卿には、イェニー様という青いロングヘアが印象的な、美人の女性がいたわ。数々の男性を虜にするほど、魅力的な人ね」
「それが理由になるのか?」
「街の人にとても愛されていたイェニー様だけど……ローレンス枢機卿がいなくなったと同時期に、一緒に家から消えてしまったの」
それは、確かに理由になるな……。
一緒に街を出たと考える方が自然だ。
ローレンスがいなくなった瞬間そのものを街の人は認識していない。
ならば、街の人がどうこうしたということはないだろう。
逆に教会の人間が手を出していた可能性がないわけではないが……。
「分かっているのはそのぐらい」
レティシアが茶髪の女にアイコンタクトを取りながら話し終えると、ジャネットが頭を下げた。
「十分です、ありがとうございます。僕は枢機卿が入れ替わったことぐらいしか情報を集められなかった。さすが専門家ですね」
「恐縮です。……」
ふと、女がジャネットの方を凝視して顎に指を当てる。
見るからに何かを考えているようだが……?
「あの、僕に何か?」
「……そういえばローレンス枢機卿が以前住んでいた家があったのを思い出しまして」
そうか、急にいなくなったといっても、急に家が消えるわけじゃないもんな。
「私は『紋持ち』なので大家には門前払いなのですが、皆さんなら入れるでしょう。何か分かることがあるかもしれません」
ここでも奴隷紋の話が出てくるか。
金があっても、治療費も家賃も払わせないのかよ。
つくづく嫌で無駄な仕組みだな。誰が考えたんだか。
「分かりました。何か分かりましたら、共有します」
「嬉しいです。こちらを気遣ってくれる顧客の方は基本的にいらっしゃいませんので。では、場所は――」
ジャネットはその家の場所を書いた紙をもらった。
横から見たが、これはもしかして。
「北東地区の入口付近にあった空き家街か」
「そうですね。あそこは中心街が近い場所なので便利なんですよ。……まあ、一度枢機卿の大金支払いに慣れて以降、賃料を全く下げずに老朽化していますが……」
……そういやそうだったな。
なるほど、枢機卿が支払ってきた金を未だに当たり前の価格として待ち望んでいるのか。
そりゃ誰も借りるわけねえな。
「分かった、情報感謝する」
話を終えると、レティシアに向き直った。
「ジェロームの治療費ということで前払いしてもらってるつもりで動くから、何か分かったことがあったらこちらから向かうわ。そちらも、いつでも来て」
「分かった、情報感謝する」
「デキる女はやっぱりいいわね! これからの時代、やっぱこうでなくちゃ!」
シビラも思わぬ情報を得るタイミングの早さに喜んだ。
ヴィクトリアが、握り拳を前に突き出す。
「二十年ぶりに、一緒に仕事が出来るわね」
「そっか、そうなるね。じゃ、成功させよう。いざという時は頼りにするよ」
レティシアは、旧友との共闘を喜ぶようにニヤリと笑うと拳を当てた。






