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対価に信頼を重ねた二度目の交渉

 レティシアが少しずつ泣き止んできたところで、ジェロームが俺の前で膝を突いた。

 俺とシビラの顔を交互に見上げ、膝に手を置いて頭を下げる。


「改めまして、命を救っていただきありがとうございました」


「うわ急に態度を変えるな、普段通りにしてくれ。シビラも嫌だろ」


「その心を保ったまま、太陽の女神教からアタシに信仰対象を改宗するのよ!」


「お前の身内ノリは冗談だと分かりにくいんだよ!」


 この場面で尚このノリ、やはりシビラである。

 ガチでなりそうな状況だろ、本気にしたらどうするんだよ。


「やれやれ……俺が【聖者】なのは俺自身の力じゃないっつーか、太陽の女神が決めたことだしな。別に俺が偉いわけじゃねーよ」


「……王国の回復術士達は、皆君のように誇り高いのか……?」


「少なくとも王国の【神官】は俺よりはマシだしな」


 両腕を広げて、黒鳶色のローブを見せつける。

 腰に帯びた剣の鞘が、自らを主張するように揺れた。


「元々剣士志望だし、誰かに頭も下げない。無私で助けもしないこんな【聖者】の俺が誇り高く見えるのなら、俺より傲慢なヤツが相当にカスなだけだろ」


 脳裏に一人の老人を思い浮かべながら、自信満々に言い切ってやろう。

 なんつったって、俺自身が自分の事を相当に態度が悪いと自認してるからな。


 そんな俺から見ても、やはり帝国の教会は異常だ。

 どう考えても、あれでは太陽の女神を見下しているに等しい。

 なんつっても『自分の考えは太陽の女神の考え』みたいなヤツだしな。


「……そう。そうだな。それが普通だよな」


 俺の言葉を胸に刻み込むように、ジェロームは何度も頷いた。

 既に立ち直っていたレティシアも、他の『不可視』のメンバーも頷いている。


「だが、礼はさせてくれ。先に治してもらったからといって、この礼を踏み倒すのはさすがに心苦しい」


「まあ無賃とまではいかなくとも、法外な値段を取るつもりはねーし、ぶっちゃけ俺ら今は金に困ってないからそれでトラブルになられても寧ろ困る。元々魔法の微調整が下手なんだ、過剰な回復量だからって過剰な値段は取らねえよ」


 なんつったって、エクストラヒールの下は普通のヒールだしな。

 それだとあの死相が浮かんだ状態から、無事な状態に持って来られたかも分からん。

 俺にとっちゃ消費魔力の変わらない文字数が多いだけの魔法だし、面倒だからさっさと完全回復でいいだろ。


 俺は『助かるべきだ』と思った。つまり俺の欲を優先してやったようなものだ。

 結果、ジェロームが回復したので、俺が満足した。


「後はジェロームがスッキリするために支払えば、互いに満足ってところだな」


「やっぱりあんたは誇り高いよ、間違いなく【聖者】に選ばれるだけある」


「お前は人を見る目をもっと養え」


 何故か俺の評価を上げるジェロームに呆れていると、それまで会話を聞いていたシビラが前に出てきた。

 視線の先にいたのは、レティシアだ。


「はいはーい、ここからは交渉専門の美少女シビラちゃんが担当しまーす」


 楽しげに手を叩いて注目を集めるも、その内容に周囲は緊張している。

 そりゃそうだ、こいつの交渉は間違いなく『対価』のことなのだから。


「金銭のやり取りは、ラセルが言った通り余裕があるから要らないわ。ちょうど話題のフロアボスも倒しちゃったし、その報酬があるもの」


 ジェロームは驚いていたが、レティシアは「やっぱり」と言った。

 報酬が外のすぐそこにあるから視界に入ったのだろう。


「なのでアタシが治療の対価として相談したいのは――『最高権力者を引きずり落とす協力』よ」


 シビラは再び、以前と同じことを言った。

 ただし、以前と今とでは意味合いが全く違う。


 以前はこちらからの依頼で、報酬は未定。

 何より唐突すぎて意味が分からない。


 だが、今は違う。

 既にこちらが行った治療の対価として。

 何より……教会をひっくり返す理由がある。


「…………」


 レティシアは、目を閉じてじっと考え込む。

 以前もこうして、じっくり考えていたように思う。


 何か一定の答えを得たのか、薄らと目を開ける。

 愁いを帯びた片眼を、静かに伏せながら口を開く。


「……そう、ね。待ちに徹していれば、危害はない。ああいうものは逆らうものではない……そう思っていた」


 その視線が、隣に立つ男の顔へと向けられる。

 ジェロームも、レティシアの目を見返した。


「でも、今回よく分かった。そんな消極的な姿勢ですら、安全に生きることもできない」


 決意の意思を感じる強い声で、俺達の方に顔を上げる。

 見てみると、周りのメンバー達も全員がこちらを見ていた。


「シビラさん。確認するけど、あなたは『カジノ・グランドバート』を引っ繰り返した張本人なのよね」


「ええ。イカサマの内容も全部話せるわよ、最初にアタシらが暴いたし」


「そこまで言い切られたら、信じるしかないわ」


 レティシアが再びジェロームを見上げ、互いの目を見て頷き合った。

 それから『不可視』のリーダーは、驚くべきことを言った。


「実は既に、始めているわ」


「……何?」


 思わず俺が聞き返すと、ジェロームが腕を組んで頷いた。


「教会内部の情報収集と過去の調査、そこまでは既に行っている」


 言っている意味が一瞬分からなかった。

 お前達は、この依頼を断ったんだよな?


「確かに一度断った仕事だった。だが、情報収集はすればするだけ有利に話が進む。普段から俺達はそうやって、あらゆる情報を集めて売っているのだ」


 なるほど、なかなかに抜け目のないことだ。

 いつでも危険な仕事をしているわけではなく、普段はこういう情報屋としての側面を持って活動しているというわけか。


「教会の過去などは、俺達も薄らと概要を知っているのみだったからな。今回を機に本腰を入れて調べて回っていた」


「まさか、教会近くの広場にいたのは」


 俺の予想を話しきる前に、ジェロームは首肯した。


「レティシア様がそうと決めたということは、本格的に俺達も協力していくことになるだろう。奇しくも最初の依頼を受ける形となったな」


「うっし、交渉成立ね!」


 シビラは満面の笑みで頷き、レティシアと握手を交わした。

 『不可視』との協力関係が決まった形だ。


「さて、まずは証明としていくつか集めた情報を出すわ」

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