このフロアボスに仕掛けられた本当のトラップと、魔王の語る謎
地面で座り込んだ俺は、その黒いシルエットを見る。
俺と同じぐらいの背丈をした、はっきりと姿の見えない謎の人物。
どこか不安定な喋り声の、異質な存在。
間違いない。
アドリアダンジョンのダンジョンメーカーであり——魔王だ。
「消費魔力が大きい代わりに破壊力も大きい闇魔法を使う、製作者鏖殺団『誓約者【宵闇の魔卿】』で、間違いなさそうだナ。手練れが多いと聞くが……フムフム、やはりあれだけ闇魔法を放ったのだから、相当疲れたようだネ?」
「……」
「返事をする余裕もない、カ。フフフ……」
俺の姿を確認すると、嬉しそうに肩で笑う魔王。
ふと、足元にあった金の鎧の残骸に手をかざす。
その瞬間、フロアボスの亡骸——金の鎧が消えた。あれは回収したのだろうか。
「フム、『忘却牢のリビングアーマー』の体力はなしト。話通り、本当に恐ろしいね、闇魔法というやつハ……」
「……話通り? 誰かから聞いたのか?」
「エエ、えエ。お元気でしたらボクと会話しようじゃないカ。このシチュエーションにした段階で、オレの勝ちは確定済ミ。決着はすぐについてしまウ。そりゃ面白くないよナ」
何やら余裕そうなことを言いながら、攻撃するでもなく会話を始める魔王。
……さて、ここからだ。
「まずこのダンジョンに来た切っ掛けは、ワタシの友人からのおすすめだったのだヨ」
「友人からの薦め……ということは、お前達魔王はダンジョンを作る前に集まっているのか」
「魔王……あまり聞き慣れないが良いだろウ。その通り、ワレワレ、メーカーは皆同じところに住んでいル。そこで、こちら側の動向を探りながら誰が向かうかを相談しているのだヨ」
……驚きだな、魔王は一カ所に集まって俺達のことを相談しながら、能動的にダンジョンを作り上げているのか。
そして今回は、その集まりの中でこいつがやってきたと。
ここを選んだ理由は、孤児院の破壊及び住人の殺戮。
目的は、聖騎士の——エミーの精神を折ること。
「……フフフ、まさかオレがすぐに出てくるとは思わなかったよナ。ボスの連戦はありえなイ。しかし、それを可能とするルールがあるんだヨ」
魔王はゆっくりと、シビラの作った石壁のところまで歩く。
そして壁に触れて、次は地面を軽くつま先で突く。
——そうか、そういうことか。
「お前、この地面を塗ったのか」
「正解ィ!」
実に嬉しそうに、魔王は手を叩く。
リビングアーマーのフロアボス……『忘却牢のリビングアーマー』だったか。
そいつと戦っているとき、素早い判断が求められて焦っていた俺は咄嗟に気づけなかったが、今なら何がおかしいかなんてちょっと考えれば分かる。
上層は普通の土や岩の色。
中層は青色で、下層は赤色。
ならば……何故、シビラの使ったストーンウォールで、紫の岩肌が出現するのか。
そして、フロアボスの広間に入る際の、この仰々しい謁見の間みたいな階段は何なのか。
ボスと戦うにあたって、俺達が階段の上側に陣取ればボスの不利になるような場所だ。
ハッキリ言って意味がない。
だが……この階段の長さを冷静に考え直すと、理解できる。
相当降りたよな。そう……ちょうど一階層分ぐらいは。
「そうとも、この地面は全てボクが君たちを騙すために、最初から下層だと思い込ませるために塗ったのだヨ!」
……なるほど、な。
つまり俺達は、最初からあの『忘却牢のリビングアーマー』とは、最下層のフロアボスとして戦っていたということだ。
どうりで強いわけだ、吹き飛ばしたところで天井付近の壁を蹴って着地できるほど身軽なボスなんて、工夫したところで普通の剣士が戦えるとはとても思えない。
しかし、それが故に——あの声。
「……それにしても、君も難儀だねエ」
「何がだ」
「いやいや、まさか後ろの女が味方だと思ってるノ?」
後ろで、一歩動いた音がした。生唾を飲み込む音も聞こえたような気がする。
俺は、シビラの方を振り返らずに魔王を睨み付け、顎で先を促した。
「そもそも、素材回収としてゴブリンは何にもならなイ。支払金は大変だヨ? どこからお金が出ていると思っているノ?」
……何だこいつは? シビラのことを疑えみたいに言い出した途端、人間の社会勉強の話を始めたぞ?
俺らみたいな連中が、そこまで考えて働くわけないだろう。
「君は、そこの女……きっと女神だろウ。使われっぱなしでいいのカ? よく考えてみなヨ」
「……」
「ナア。どうせメーカー……魔王だっケ? ワレワレを殺すように誘導されてるんだろウ。知ってるヨ? 君みたいな『女神の誓約』を受けた人間は、同時に『女神の制約』を受けル。近くにいるほど、影響は強イ」
「……」
「君にはもう、魔法があル。わざわざボクたちを殺さなくても、強大なその魔法があれば、余裕の暮らしをできるんだヨ。危険もなく、中層を余裕で無双し、肉を喰らい、酒を飲み、女を抱き、その全てでどんなに金で失敗しても、君はやり直せル。裸一貫でも、老後まで余裕の現役だヨ」
「……」
「…………。ナア。何かいったらどうだイ? まさか、オレの今の話を聞いて、君は……オマエは、首を縦に振らないト?」
……。
「——アッソウ」
急に、魔王が雰囲気を変えた。
「つまらないヨ。やっぱりオマエら誓約者は、完全に狂わされてるナ」
会話は、終わりか。
俺は立ち上がり、シビラの方を見る。
シビラは……無表情で俺を見る。
——ああ、分かってるよ。
「ホラ、剣寄越せ」
「ん」
結局シビラが使わなかった剣を受け取り、軽く振って感触を確かめる。
「《エンチャント・ダーク》」
(《エンチャント・ダーク》)
ミスリルコートの竜牙剣が、暗く光る。
「フフ、魔力を失った術士が、苦し紛れにエンチャントだけ使うとはネ! これなら『ペット』を持ってこられなかったことも問題なさそうだヨ」
一瞬、後ろで空気の音がした。
……おい、抑えろよ?
まだ待つんだ。
「それじゃあ……オレの本当の姿を最後に拝ませてやるよォ!」
黒いそのシルエットが、魔王自身から吹き出す風によりぶわりと吹き飛ぶ。
その中から現れたのは……未知の姿。
シルエットの時は見えなかった顔は、若い男であるが眉がなく厳つい。
まるで話に伝わるデーモンの如し。
……いやデーモンっつーか魔王だったな。
肌は全て紫色。目は少し血管が浮き出たようになっているが、真っ白である。
魔王って瞳がないのか、あれでよく見えるな。
「フフフ。驚きに声もでないカ」
まあ確かに、初めて見るので驚いてはいるな……。
俺が黙っていると、魔王は片手を上げてこちらに構えた。
「まずは手慣らしダ! 《ファイアボール》!」
そう言いながら、口にするのは弱い火の魔法。
その攻撃を剣の側面に当てて、弾き飛ばす。
「どこまで持つかなァ!」
その姿を見ながら、俺は幅広の剣の裏で……口角を上げた。
さて——。
——勝ちに行かせてもらおう。






