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殺意の高い魔物の凶器と、嫌な予感

 教会近くの広場は、悲惨なものだった。

 先日のケルベロス襲撃時よりも、パニックになって叫ぶ者が多いように思う。

 それだけあの巨大な虫の見た目と獲物が、異様に映ったのだろう。


 だが、それだけじゃない。


「……クソッ!《シャドウステップ》!」


 再び魔法で次の建物に移動しながらも、広場にあった光景を頭に焼き付けた。


 あの広場には、明らかにまだ新しい派手な流血跡があった。

 誰かは分からないが、俺達が溢れ出るザコを処理している間に、あのカマキリバッタ野郎は誰かを手にかけたのだ。


「ここまで舐められたんじゃ、人前だの下らん理由で力を抑えているわけにもいかないな。《シャドウステップ》!」


 俺は移動に使っていた緊急回避用の魔法を、上空に向けて使い始めた。


「《シャドウステップ》、《シャドウステップ》」


 上空の風が、ローブを大きく揺らす。

 視界の下には、色の少ない街並みが広がっている。


 落ちる前に、上方へと瞬間移動する。

 これで俺は擬似的に空を飛ぶことができる。


 とはいえ、ジャネットみたいな索敵魔法はないから、目視で確認するしかない。

 すぐに見つかるかと思ったが、ここまで上空になると、あの巨体も簡単には見つからないな。


「……それにしても」


 セントゴダート王国とバート帝国を分断するように、国境に現れた『魔峡谷』という巨大なダンジョンの谷。

 この入口が現れて以来初めて上空から見てみたが……本当に酷いものだ。


 海までは到達していないだろうが、遥か北の山脈までその亀裂は続いており、南の端もどこまで続いているのか目視では分からない。

 こいつがなければ、セントゴダートからバートは数時間のはずだったんだがな。


「いや、こんなこと考えてる場合じゃねえ。《シャドウステップ》」


 俺は再び、バート帝国の上空を北東部に向かって進んでいく。

 あの魔物が、もしも帝国の外に行ってしまったら大変だからな。


 しばらく見回していたが……どこに移動したかの手がかりが、ようやく掴めた。

 誰も住んでいないあの住宅街の、一部の建物の屋根が破壊されていたのだ。

 恐らく、老朽化している建物へと魔物が上空から落下した衝撃だろう。


 これであいつが、スラム付近へと行っていることが確定となった。

 この辺りに、あの魔物に対応できるような術士はいないだろう。


「《シャドウステップ》……見つけた!」


 先日歩いていた街を上空から眺めていると、ちょうどフロアボスは何度目かの跳躍移動を行っていた。

 街の中に紛れていた巨体が、空中に現れたことで露わになる。


「よう、どっちつかずの昆虫野郎」


 声が聞こえているのか、俺の姿を認識したフロアボスが振り返ると、羽を開いて滞空しながら構えた。

 腕の刃物には、やはり赤黒い血がべったりと付着している。


「お前は誰を斬った?《ダークジャベリン》」


 俺の闇魔法を視界に捉えた魔物は、羽を器用に使って回避行動に出る。

 だが、どうやらセイリスに現れたトンボ型の魔物よりは飛行能力は劣るようだ。

 飛行速度はあまり速くはない。


「その血は誰のものだ?《ダークスプラッシュ》」


 俺を攻撃しようと近づいてきた巨体の昆虫は、回避しきれずに黄色い血を関節から噴き出させた。

 それは避けられないよな?


『……!』


 怪我を受けた事で激昂し襲いかかってくるかと思ったが、なんとフロアボスは俺に背を向けて街の外に出ようとした。

 マジかよ、自分より弱い相手は無双するが、勝てない相手には尻尾巻いて自分より弱いヤツを探しに行くのか。


 とことん嫌なフロアボスだな……!


「お前の運命は決まった――実験台だ!《アビスホーミング》!」


 頭の中で、今使った魔法と同じ声を重ねる。

 『宵闇の魔卿』レベル18の、人類最高到達点となった闇魔法の二重詠唱だ!


 突き出した左手から、黒い線が広がるように放たれる。

 狙いを定めず、まるで投網のように広がったと思った俺の闇魔法は……ぐっと曲がって魔物を追いかけた。


 フロアボスは左に回避をしながら高速で移動したが、闇の蛇は薄らと紫の光を放ちながら、正確にその位置を把握して貫いた。

 衝撃とともに、蟷螂の斧が僅かに残った血を飛び散らせ、だらりと下がる。

 次に到達した黒い線が、薄い羽を二枚同時に変な方向に曲げる。立て続けに三発、腹部と外の羽を貫通する。


 最後に到達した二本は、片方が頭部に、もう片方が胸に入った。

 外傷らしい外傷はないが……決着がついたのは明らかだった。

 全ての羽が、動かなくなっていたのだ。


 当然そのままカマキリの巨体は不自然な体勢で落下すると……帝国北東部の空き地に叩き付けられた。


 ――なるほど。かなり強力で、何より便利な魔法だな。


 シビラが少し焦って以前の【宵闇の魔卿】にも教えてしまったということが理解できた。

 完全防御無視の魔法が遠距離から確定命中。欠点が思い浮かばないほどだ。


 俺は慎重に魔法を使いながら、近くに降りる。


(シャドウステップを、常に頭の中で唱えながら戦う。シビラの『会話しながら無詠唱』する姿を先に見ておいて良かったな)


 フロアボスと戦っている時も、落ちてしまえば即死。当たり前のことだ。

 反面、この戦い方をしている時は相手の攻撃を避けるのが簡単になる。

 難しい技術なだけに、成功率と安全性で一長一短といったところか。


「ラセル!」


 声のした方を振り向くと、そこにはエミーがいた。 


「もう来たのか、速いな!」


「すぐ後ろから屋根を飛んで来たよ!」


 相も変わらずの身体能力だな……空を飛んだ俺とほぼ同じとは。


「多分シビラさんもすぐに来ると思うよ。それにしても……」


 エミーは、近くのフロアボスの死体を顔を背けながら半目で見る。

 だが、やはり観察していて気付いたものがあったようだ。


「……血? 待って、ラセル怪我したの!?」


「いや、無傷で完封だ」


「よ、良かったぁ……」


 エミーは安心してくれたが、俺としては安心できない。


「広場にかなり派手な血の跡があった。俺としては、むしろ自分の血でないだけに気になってな」


「うっ、そうだよね、血の跡があるのは良いことじゃなかったね……絶対軽い怪我じゃ済まないもん」


「その様子だと、通りがけに誰が怪我したかは分からなかったか」


「私が見た範囲だと、誰もいないよ」


 エミーと会話していると、ジャネットを先頭に皆が集まった。


「報告。魔峡谷の魔物は逃げるように引いた。恐らくラセルがフロアボスを倒したからだろう。今はその魔物目がけて一斉掃射が行われている」


「そうか、じゃあ今回の任務はこれで終わりだな」


 偶然か必然か、俺達は再びあの『不可視』の本拠地近くに集まっていた。

 任務を断られて以来、用事はない。

 とはいえ、随分派手な音だったはずだ。

 一度挨拶に行った方がいいかもしれないな。


 そんなことを思っていると、件の『不可視』本拠地の扉が勢い良く開いた。


「レティ? え……ちょっと、どうしたの!?」


 ヴィクトリアが真っ先に声をかけた眼帯の女は、まるでこの世の最期かのように焦燥感に駆られた絶望の顔で、声を絞り出した。


「だ……誰か【神官】を……!」


 その言葉にヴィクトリアをはじめメンバー全員が俺の方を向き、レティシアも俺を見た。


「早く案内しろ!」


 そう叫び、レティシアと共に『不可視』の本拠地へと再び降りる。

 視界の端で、血が乾ききったフロアボスの刃が鈍く光った。

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