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嫌な予感はだいたい当たるもの

 教会の図書室を調べた日から、数日。

 俺達は、相も変わらず曇天の似合う帝国城を宿の前で眺めていた。


「さて、協力者を得られるようになったのは良かったが、果たしてどのタイミングで仕掛けるのだろうな」


 ヘルマンには、一応泊まっている宿のことは言ってある。

 行動を起こすつもりなら、いつでも呼んでくれとも。


「それまでに、変な事件でも起こらなければいいわねー」


「不吉なことを言うな」


 お前が言うと冗談に聞こえないんだよ。

 やれやれ……気合いを入れて『不可視』の本拠地で大立ち回りをしたシビラが、今の朝っぱらから窓の外を眺めながら酒飲んでるこいつと同一人物だと思いたくねえな……。


 それに、個人的に気になることもある。


「そういえばラセルって、最近イヴちゃんと一緒にいることが多いわよね。今はあの爽やかな元気さに惹かれちゃってるのかしら」


「思いつきで変なことを言うのはやめろ、シャレにならねえ」


 シビラの茶化しで、部屋の空気が数段階重くなった気配がする。

 視界の外で、エミーとジャネットがこちらを凝視しているのが分かる。

 やれやれ……。


「そうじゃなくてだな。イヴの仕事、偵察に行ってもらっているんだよ」


「あら、そうなの。イヴちゃんがタイプってわけじゃないんだ」


 ああ言えばこう言うって感じだな、こいつ。


「面倒だから言っておくが、優劣を考えたことはない。全員同じぐらいだ」


「つまりアタシもエミーちゃんやジャネットちゃんみたいに――」


「前言撤回。お前だけは三段階ぐらい下だ」


「嘘でしょ!?」


 少なくとも、酒瓶片手に三杯目を呑もうとしてるような女を真面目なイヴと同列に考えるほど俺はお人好しじゃねえ。

 抗議するシビラを片手であしらっていると、扉がノックされた。


「うっす、戻ったっす」


「丁度良かった。イヴ、報告してくれ」


 戻って来たイヴは、部屋の中を見回して「……何かあったんスか?」と言った。

 何も無かったことにしてくれ。


「えっと……わかったっす。ヘルマンについてなんですけど――」


 俺が調べてもらっていたのは、ヘルマン枢機卿の動向だった。


「普段は結構外回りに動いてる感じっすね。そんなに教会内部で何かをしているという様子はないっす」


「そうか」


 珍しいタイプだな。俺達と酒場で会った時が特殊かと思ったが、あれは普段通りか。


「教皇と枢機卿と思われる人物は、全員確認したっす」


 イヴは、帝国民の知る教皇の話と、それを支える枢機卿のことを一人一人語った。

 教皇は時々出てくるようで、街の人達もその姿はよく知っているようだった。

 かなりの年齢であり、前教皇から二十年以上ずっとその地位にいるらしい。


「まったく笑わないけど超偉いみたいで、式典の際には皆教会の前で祈るみたいっす」


「中じゃないのか」


「中は基本、祈りの時だろうと神官達のためのものっぽいっすね」


 マジかよ、王都セントゴダートより豪勢な感じなのに、礼拝堂を独占してんのか。


「そうね、ずっと変わらないわ。私も行ったのは職業の判別してもらった時の一度だけよ」


 ヴィクトリアがそう言うということは、本当なのだろう。

 そもそも門番がいて、更に上への階段も封鎖している時点でな……。


「中の観察は、以前みたいに簡単じゃなさそっすね。ヘルマン枢機卿を始めとして、上の方は常にカーテン閉めてるから分かんないっす」


「そうか……分かった。こっちがこんな有様な中、働かせて悪かったな」


「最近シビラちゃんの扱いがまた厳しい! 存在するだけで無限にクソデカ酒樽貢がれるほど感謝されていた過去は何処へ……」


 よよよと泣き崩れるフリをしつつも、やはり酒を飲むシビラ。

 大げさに過去を盛るんじゃねえ、どう考えても疫病神の厄介払いだろうが。


 アホは放っておくとして……とりあえず、現状はヘルマンに怪しい動きなしか。


「僕からも感謝するよ。ありがとう、イヴ」


「い、いやいや! むしろ指示もらうだけで考えなくていいなんて楽っすよ!」


 俺達のパーティーは、かつてジャネットに情報収集を任せていた。

 あまり喋るのが得意ではないのだが、それでも彼女ぐらいしか何の情報を収集して分析すればいいかを判断できなかったのだ。


 ……いや、違うな。

 判断できたはずなのに、甘えていたのだ。


「せめて負担が減るよう、俺も積極的にいかせてもらう。肉体労働部分もやりたい気概はあるのだが、何分イヴに任せた方が断然結果がいいからな……」


「いやそりゃもー頼ってくださいよ! あたしは皆さんの役に立つために来てるんで、出番ないとそわそわするっす」


 全く、本当に真面目なヤツだよ。

 お前を港町セイリスで助けたのは正解だったな。

 当の助けた本人は、究極の怠け者モードに入っているが……。


 俺は堂々と二本目の酒でナッツを流し込み始めたヤツから視線を逸らし、ジャネットの方を見た。


「そっちは確か、盗人の情報を探っていたんだったな」


「ん」


 無論、ジャネットはジャネットでしっかり独自の情報収集をしていた。


 というのも、【賢者】ジャネットは一時的にではあるが、教会の中に入って行けることとなった。

 門番にとっても、特徴的な白い魔道士の姿は覚えやすいのだろう。

 特に枢機卿と一緒に入った以上、失礼なことはできまい。


「とはいっても、既に昔の話である上、メンバーが替わったらしいということしか分からないんだ」


「らしい、というのは詳しくは分からないのか」


「枢機卿が一人、変わったということだけ。名前も分からない」


 まあ、ただでさえ秘密主義みたいな場所なのだ。分からないのは当然か。

 この話はそれこそ、ヘルマン枢機卿サマに直接お伺いでも立てなきゃ分かんねえかもな。


「とりあえず、前に少しずつでも進んでいるのは有り難い。このまま――」


 俺が話をしている途中で、突然エミーが椅子から立ち上がった。

 立ち上がったというか、振り向いた時点で鎧を着込んで盾の確認をしている。


 直後、宿の部屋の中にもはっきり聞こえるぐらいの、大きな鐘の音が聞こえてきた。


 何が起こったかなど、考えるまでもない!


「魔峡谷の襲撃だ。『宵闇の誓約』、出るぞ!」


 俺の合図とともに、部屋にいた全員が武器を取った。

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