地下図書室で見つけた、同じだけと違う物
何度目になるか分からない帝国での朝。窓から見える空は、曇り空になっていた。
昨日はよく晴れていたんだが……一雨来そうだな。
予定通り昼食を終えた俺達は、教会前へと来た。
以前は確か、ディアナが見張りをしていたんだったな。
イヴに探ってもらい、外から中を覗いてもらっていたが。
「あの部屋にはもう何もない?」
「っす」
以前ディアナの弟ヘンリーが病気に倒れていた時。
隠密のスキルを使って、外から教会の中を調査した。
そこで『マイナスポーション』と呼ばれるものを使って病気に見せかけられていたことを、イヴとシビラが暴いた。
同じ場所には、今その道具はないらしい。
「ま、どっちにしろ今回は堂々と入れるわね」
シビラは腕を組みながら、セントゴダート王国より飾りの派手な教会を見上げた。
事前に言われていただけあって、すんなりと建物の中へと入ることができた。
案内された途中で、俺達はヘルマンと落ち合う。
やはり、ヘルマンは教会の中でも相当に偉い部類の人物らしい。
行く先々ですれ違う教会の者達は、全員ヘルマンとすれ違うと頭を下げていた。
一方ヘルマンが頭を下げたことはない。
「着きましたよ」
到着した先は、教会の一階から降りた場所。地下室であった。
教会の図書室は、紹介するだけあってなかなかに広い。
「驚いたな、確かに街の本屋と同じぐらいの広さがある」
「いや、広いだけじゃない」
俺の独り言に、真っ先にジャネットが反応した。
「本屋は特性上、人気作に偏る。『女神の教義』もあるからね、同じ本が多いんだ」
その言い方だと、教会に教義書が少ないように思うが。
「教会の人は、自分のを持っている。ここにあるのは予備だろうけど、手に取られることはあまりないと思う」
その考察を肯定するように、ヘルマンが振り返り頷いた。
「さすが【賢者】、よく気付く方だ。仰るとおり『女神の教義』は別の保管庫に分けてあります。なくした方には罰則がありますよ」
罰則か、あまり考えたくないものだ。
それだけ一応は『女神の教義』の存在を重く受け止めているということではあるか。
「自分もこの場所に用事がありましてね。皆さんも自由に見ていただいて構いません」
「ありがとうございます、では遠慮なく」
教会の男の許可を聞き、真っ先に我らが賢者は本棚の方へと進んで行った。
……俺も何か漁るとするかな。
幸いにも本に興味があるメンバー中心で、皆興味を持っていた。
約一名、そういう趣味のないヤツもいるんだが。
「えーっと、その……護衛、ということで……」
エミーは何かあった時のために、一緒にいることになった。
俺としても助かるし、何より――。
(――ケイティが、誰か一人になった時に接触して来る可能性が高い)
それだけは何としてでも避けたい。
正直うちのパーティーは、後衛の術士に偏っている部分があるからな。
俺もシビラも前衛として戦えるとはいえ、防御をエミーに一任している状態だ。
抜けられると特に大型のフロアボスを相手にしづらくなるな。
考え事をしながら本棚を眺めているが、あまり見たことがないものも多い。
ここは、物語のコーナーか。
「あ、聖女伝説だ」
目がいいエミーは、早速俺より先にアドリアの地下室にあった共通の本を見つけた。
そういえば、これはエミーもジャネットもよく読み込んでいたよな。
懐かしむようにその背表紙を手に取り……首を傾げた。
「あれ?」
何か違和感があるのか、手にとった本をぱらぱらとめくっていく。
飛ばし飛ばしでページを掴みながら、中身を見るも唸るのみ。
「どうしたの」
ジャネットがこちらの発見に気付いて戻って来ていた。
エミーの手元にある本を見て「ああ」と納得の声を上げる。
しかし、俺も読んだことがある本で見た目もそっくりだが、エミーは何がおかしいと思っているのだろうか。
「えっと、この本なんだけどね……多分、ちょっと厚いの」
ジャネットは手渡された本を掴み、カバーの上から何度か確認する。
「そうかな……ちょっと読んでみる」
元々【聖女】に憧れていたジャネットは、エミーの比ではないほど読み込んでいる。
そんなジャネットでも、持っただけでページ数の違いは分からないらしい。
エミーより丁寧に、しかしかなりの速度で一枚一枚めくっていく。
「『祈り』も『愛』も、内容は全く同じ。『祈り』は特に最後二行だけでページの余白が多いから、改訂されていたらなくなっているはず」
いやマジでよく覚えてるな、さすがに俺はそんな特徴まで覚えてないぞ。
やがてジャネットも同じような文章に飽きてきたのか、かなり飛ばしてページをめくっていく。
「……ん?」
ところが、そのジャネットも疑問の声を出した。
「どうした」
「『聖女伝説』の、最後の章は覚えてる?」
「そりゃ『女神の祈りの章』の次だから……『笑顔と士気の章』で合ってるよな」
俺の答えに、エミーも「そうそう」と頷いた。
ジャネットも頷き、そのページを開いて俺達に見せている。
何故その質問をしたのか、その答えをジャネットは告げた。
「エミーの言った通りだった、さすがの感覚の鋭さだよ。よく持った瞬間に分かったね……。でも、ここまで来れば僕でも分かる。確かにこれは厚い」
そう言って、最後の章が始まるページを指で軽く叩く。
ジャネットはその章を複数摘まみ、結局全部飛ばした。
「え……何これ?」
章が終わって現れたのは、次のページ。
そこには『慈愛と自責の章』というタイトルがあった。
「僕は王都の情報収集中に知った。『盾の聖女』と呼ばれた彼女は、【魔卿】の仲間の大怪我を切っ掛けに、防御役も引き受けるようになった」
「それは、いつの聖女なんだ?」
「僕らが生まれた直後まではご存命だった方だ」
驚いた、マジでつい最近の事じゃねーか。
その聖女の生涯を書いた以上、亡くなってから書かれたということになるよな。
ジャネットは『聖女伝説』の新しい最終章をざっと読み終えると、本棚に戻す。
「王国では、『聖女伝説』の中身は同じでも外の装丁だけ違うんだ。エミーが最初にぱっと見て『聖女伝説』だと分かったのは、改訂版のこれが同じ装丁だったからだ」
「ということは」
俺の言葉に、ジャネットはこちらに振り向いて頷く。
「どうやらあの地下室は、僕達が生まれる前に帝国の本を持ってきたので間違いなさそうだね」






