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もぎ取った成果と、女神の仕組んだ罠

「イエーイ! 楽しんでるわ! あんたも限界まで飲んで記憶を失ったまま講壇をベッドにしましょ!」


 とんでもねえ罰当たりが、アホなことをほざいている。

 俺達にとっちゃ平常運転だが、教会の人間にそれは笑えないだろ。


「はは……さすがに首が飛びかねないことはできませんよ」


 シビラは注文用紙に追加で何か書き、店員に渡す。

 間もなく、二つの樽ジョッキが現れた。


 そのうち一本を男に渡し、勝手に打ち付けた。


「乾杯の刑、強制執行ッ! お城でのお礼、奢られなさい!」


「……仕方ない、一杯だけですよ」


「じゃあ肉も追加!」


 結局ヘルマンは諦めて一緒に飲むこととなった。

 歩く竜巻に巻き込んだようで、マジですまん。

 肉も追加しすぎた、ヘルマンのヤツ完全に困ってるだろ。


 とはいえ、さすがに空腹で店に来ただけあり、脂の乗ったソーセージを食べるとヘルマンはビールを飲み始めた。


「全く、王国民は自由でいらっしゃる。厳格な教会側からすると、羨ましいです」


 一方、シビラは一気飲みしつつも比較的重い声で話を続ける。


「アタシらからしたら、帝国の教会の方が自由って感じがするわよー」


 ちらりと漏らした本音に、一瞬ヘルマンの目が見開かれる。

 何か感情が浮かんだかと一瞬思ったが、すぐに元の柔和な目に戻った。


「あまり滅多なことは言わない方がいいですよ」


「いいじゃない、お酒の場だもの。ほら、回復魔法の扱いとかね」


 羽毛のような軽口を、更に綿毛まで乗せて返すシビラ。

 ヘルマンはそんなシビラに呆れたのか反応に困っているのか、無言で数秒考え込む。


 よく見てみると、ヘルマンは目を閉じて無言になっている間、僅かに横に揺れている。……大丈夫か?


「……ところで皆さんは、何をしに帝国へ?」


「そうね。今は帝国の『本』のことがとても気になるわ。でも意外とこの街、本屋さん少ないのよね。一般流通していないというか」


「王国に比べたら、少ないかもしれませんね」


「そうねー。帝国にも心理とか哲学とか……そこまでいかなくても、知識に関わる本がもっとあると聞いたのだけど。どこかにないか、知らない?」


「……」


「あまりにも情報がないと、ジャネットちゃんが野良ヒールしちゃうかもね。なんて冗談よ。多分! 本屋さん、いいとこないかしら~?」


 いつになく口が回るシビラ。ほぼ脅迫じゃねーか。

 ヘルマンはその言葉を聞いて、ふらふらと横に揺れながらも大きく一つ頷いた。


「そうですね。そういうのを求めているのなら、教会の図書室などはいかがでしょうか」


 なんと、ここでヘルマンは教会内部への話を振った。

 驚いたな、向こうから持ちかけるとは思わなかったぞ。


「おっ、いいの!? 言ってみるものね! ハイ乾杯!」


 嬉しそうに再び一気飲みをするシビラに対し、ちびちびと呑むヘルマン。

 半分ほどまでジョッキを空けたところで、彼はゆっくりと立ち上がった。


「明日の昼過ぎ、教会を訪ねてください。【賢者】ジャネットさんがいるのなら、紹介ぐらいは問題ないでしょう。教会は回復魔法を持つ者に権利のある場です」


 それでは、と小さく告げてヘルマンは去って行った。

 何だか一方的に脅迫して要望押しつけたみたいでマジで悪いな。


「それじゃ、アタシ達も引き上げましょ」


「いいのか?」


「エミーちゃん見てみー?」


 振り返ると、あの山積みのソーセージが完全に消えている。

 ソースの皿も、肉の側面ですくい取ったように綺麗に無くなっていた。


 いつの間に……。

 店員なんて、信じられない顔で皿とエミーの顔を見比べている。


「食べ足りた?」


「はい! あっ、お持ち帰りもあると嬉しいです。明日も朝食べたい!」


 マジかよ、俺はもう満腹の今じゃあ目に入れるだけで胃もたれしそうなんだが……。


「よし来た、店員さん焼く前の肉詰め全種十本ね、ソースはさすがにいいわ」


 唖然とした表情のまま無言で首肯しながら、シビラは奥に向かっていった。

 マーデリンがその食べっぷりにのんびり拍手し、イヴはエミーのお腹と皿を見比べて首を傾げている。


 ヴィクトリアが、エミーに顔を寄せる。


「どうしてエミーちゃんは細いの? 羨ましいわ……」


「あはは、なんででしょーか……。でも、全く食べないジャネットの、その、胸のお肉は一体いつ生まれたかの方が、私は気になるなあ……」


「そっちはそっちで羨ましいわ……」


 店の外に歩く二人から聞いていいのか分からない会話が聞こえ、思わずジャネットと目が合う。

 表情の乏しい賢者は視線を逸らすと、やや顔を赤らめて頬を掻いた。

 やめろ、俺まで恥ずかしくなるだろ。


 やれやれ、気まずくなる前に俺も帰るか。




 ――ただ、俺はやはりシビラのことをまだ理解できていなかったのだろう。


「何だよ、あいつも飲み残しか?」


 ヘルマンのジョッキと同じぐらい、シビラのジョッキにも液体が溜まっていた。


「ん……何だこれ」


 ヘルマンの方はビールじゃなさそうだが、気にならなかったのか?

 一方シビラの飲み残しにも違和感を覚え、ジョッキを取って飲む。


 口に付けた瞬間、俺と一緒に出ようと立ち上がったジャネットと目が合った。

 ……どこか視線が痛い。


「何してるの、隠れてシビラさんと間接キス?」


「鳥肌が立つことを言うな。そうじゃなくてだな……」


 ジャネットにジョッキを渡し、無理矢理中身を飲ませる。


 すぐに彼女も、中身に気付いた。


「水だよな」


「合っているけど違う。水とは限らないけど、今回は水」


 確信を持って言ったんだが、ジャネットはまた理解しにくい返答をした。

 その説明も意味不明だ。


「曖昧すぎる、どういう意味だよ」


 俺は軽い気持ちでツッコミを入れた。


 ジャネットはここで、淡々と一つの事実を告げる。

 その意味を俺が理解するのに、時間はかからなかった。


「チェイサー。意味は『酔い覚まし』だ」


 あの瞬間、シビラは調子に乗って暴れていただけかと思っていた。

 違った。

 あいつはお調子者であるが、同時に知略の女神でもあるのだ。


「一方ヘルマンの方は、黒ビール。ここの黒はエイダクラフトの『ミッドナイトエール』だけ。比較的甘めで気付きにくいけど、これ度数はワインより高いんだ。ジョッキで流し込んでいい酒精の量じゃない」


 そう、最初から手の平の上だったのだ。


 傍目に見れば、話しかけられたその場のノリで一緒にビールを飲んだだけ。

 その一瞬のやり取りで、シビラは相手を思うままに動かしてみせたのだ。


 明かされた真実に、思わずふらりとする。

 酒を飲んだことすらないのに、酔いが回ったかのような感覚だ。


 ジャネットは、店の外で談笑するシビラを眺めながら溜息を吐いた。


「本当に、シビラさんが敵じゃなくて良かったよ」


 やれやれ、全くだな。

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