なりたいこと、なれなかったこと
レティシアが出した『不可視』への依頼は、拒否だった。
「ありゃ、フられちゃったわね。理由を聞いても?」
「一つは単純に難しいと思ったからよ。教皇は絶対的な権力を持っている。確かにあなたが言った通り帝国の最高権力者でしょうね」
そう言い切るレティシアは、どこか気まずそうに視線を斜め下に逸らす。
「……自分の意見を女神の代弁と言い切る権利があるもの」
教皇ってのはそんなに権力あんのか?
シビラは腕を組み、ヴィクトリアは無言。
ただ、ジャネットが「ん?」と声を上げた。
「教皇、というのは『太陽の女神教』の教皇で合っていますか?」
「それはまあ……それしかないわね」
ジャネットが簡素な質問をし、当たり前の回答をもらってそのまま引き下がった。
変な疑問だな、当たり前じゃないか。
あのジャネットが、そんな簡単な問題を……?
――いや、違うな。
確かに考えてみれば、これは当たり前ではない。後で聞くか。
「とにかく、神の名の下に物事を決定できる教皇を失脚させることは、あまりにも危険。私も『不可視』を受け継いだ身として、身内を危険に晒すようなことはできない……」
「そりゃーそーよねー。まあいいわ、駄目元だったしー」
「……」
友人を連れてきてもらい、長い間話をした末に断るのだ。
あちらとしても申し訳ない気持ちの方が強いだろう。
一方シビラは、最初の目的地をここだと言った割にはあっさり引き下がるんだな。
「協力してくれたら代金は多めに、それこそ帝国の教会では不可能なことまで考えていたけど」
「……帝国の教会では、不可能なこと?」
独り言を反芻したレティシアを無視し、シビラは話を続ける。
「一応依頼の内容は、相手の動向を調べてもらうとか、怪しい動きをしてるヤツをマークするとか、教会にまつわる過去の事件の調査なのよね。広く深く、今の教会を探ってもらう必要があるから、確かに危険な任務だわ」
言うだけ言うと、相も変わらず薄らと笑みを浮かべたままシビラが手を叩いた。
「さーて、それじゃ帰りましょ。他のみんなももういい?」
「ええ……私はもう、いいけれど」
旧友の返事を聞くと、用事は終わったとばかりにひらひらと手を振って部屋から出てしまった。
部屋の向こうで「みんなの大好きなお姉さん独り占めしちゃって悪いわね!」と軽口を叩いているのが聞こえ、イヴとジャネットがすぐに追いかける。
……何かトラブル起こしそうだもんな、気にする気持ちも分かる。
レティシアの方を振り返って頭を下げつつエミーも出た。
俺も出るか。
「あ、そういえばこれは個人的な質問というかアンケートなんですけど」
ふと、ここでずっと黙っていたマーデリンが声を出した。
「なれるとしたら、こうなりたいみたいなのって、あったりしますか?」
緑髪の天使は、本当に純粋な疑問といった様子でそんなことを言った。
俺とヴィクトリアは目を合わせつつ、レティシアの方を再び向く。
「変なことを聞くんですね。貴方にはあるんですか?」
「いろいろ浮かんでいて。迷っているから、相談したいんです」
マーデリンの疑問に、レティシアは小さく溜息を吐く。
「そうですか。長らく忘れていた感覚ですが、敢えて言うなら……貴方でしょうか」
「私、ですか? 初対面のはずですよね」
「ええ」
自分を指名されて驚くマーデリンに対し、『不可視』のリーダーは見えない眼帯に触れながら目を細める。
「出来の悪かった私も、最初は随分と見た目で甘めに見てもらえました。そのまま成長できていたら、きっと私はあなたに近い容姿だったでしょう。それに……何かになりたいと思える余裕もあった」
そこにある感情は、どのようなものか。
マーデリンは、自分の放った質問の意味を理解し、目を伏せた。
「……失礼な質問でした」
「ああ、違うの。私が勝手に嫌味だと思い込んでいるだけ。どうも貴方ってそういう人じゃなさそうだし、何よりそう思う原因はあなたじゃないし……私でもない」
目を閉じて小さく首を振り、自分の気持ちを振り払うよう髪が揺れる。
「これは……仕方ないことなの」
独り言のようにそう呟いたヴィクトリアの友人は、幻痛を抑えるように胸の下を撫でた。
……そうだったな。
レティシアも、最初から選ぶことを許されていなかった人間だ。
ヴィクトリアと同じであり、更にヴィクトリア以上に過酷で選択肢のない環境。
「さて、もういいかしら」
「はい。不躾な質問に答えていただき、ありがとうございました」
マーデリンは頭を下げると、部屋を出て行った。
「俺も先に出ればよかったかな」
「気にしすぎよ、ね?」
ヴィクトリアが普段通りの表情で先に答え、旧友に笑いかける。レティシアも肩を竦めてふっと笑い、椅子に深く腰掛けた。
俺も、部屋を後にするとしよう。






