かつて発展していた場所と、その先
バート帝国、北東部。
中央から外れたこの場所に入るにつれて、少しずつ周囲の建物の雰囲気が変わっていく。
この違和感は何だろうか。
「荒廃……してる印象だよな」
「ハイ問題~! 何故そう思ったのかしら?」
何でそこでクイズ形式にしてくるんだよ、こいつ割とこういうの好きだよな。
建物が崩壊しているわけではないし、人が少ないのなら早朝の中央区だって変わらない。
ヒビの入った窓も、崩れた壁もない。
先ほどまでいた場所と、何が違うのだろうか。
他との違い。
「……そうか、草か」
俺の呟きに対し、シビラはわざとらしく拍手をする。
一度気付くと、一気に気になり始めるな。
足元は舗装されており、石畳で覆われている。
だが、その僅かな隙間から生えてきた草が、妙に伸びているのだ。
道の真ん中に、そこそこの長さのものが生えている。
「言うまでもないけど、人が通っていると草は伸びないのよ。雑草なんて動かなくて小さいもの、踏んでも気付かないものね。知らない間にどの場所も誰かが踏んでるってわけ」
「つまり、わざわざ整備しなくても人の多い場所の道は草が生えにくいってことか」
「人数というより回数ね。アドリアで模擬戦してた場所、草生えてた?」
シビラの言葉に、「あっ」とエミーが答える。
そうだな、いつも一緒にいた場所は草が生えておらず、そこが一番動きやすいからいつもそこを使っていた。
同じ場所を踏み固めれば、そこはますます草が生えにくくなる。
「つまり、この辺りには普段から人通りが少ない。建物の中も」
「ええ。住んでいないでしょうね。ちなみに勝手に入り込んだら逮捕されるわ」
「勿体ないな、十分使えそうに見えるのに」
孤児であるから当然自分の家がない俺からすると、頑丈そうな空き家をこれだけ持て余しているというのは実に勿体なく思える。
「……そうね」
そんな俺の何気ない呟きに対し、少し重く頷いたのはヴィクトリアだ。
「こんなに空いてるんだから、自由に使わせてもいいはずなのよ。にもかかわらず、空いているのは……まだこの家の持ち主が、『貸すなら高い家賃』を望んでいるの」
「誰も入らないと無収入なのにか?」
「安く貸すことが嫌なのよ。持ち主はみんな、そんな人達。だから綺麗な建物ほど誰も住まなくなっちゃった」
ヴィクトリアは風で暴れる髪を押さえて、建物を見上げる。
「巡回する兵士も厳しいから建物も綺麗。だけど、道は自分だけの財産でもないから整備しないの。誰かがすればいいって思ってるわ」
「まあ、それでは持ち主さんは誰も草抜きをしないんですか?」
ここでマーデリンが会話に入って来た。
「ええ、そうよ」
「まあまあ……子供でもお手伝いでできるのに、大人がみんな草抜きせずに仲良く一緒に価値を下げ続けるなんて、勿体ないですね。子供の方がもうちょっと働きますよ~」
相も変わらずどこか緊張感のない声だが、ズバッと本質に切り込んでいるように思う。
こういう部分はなんというか、この人凄いな。
そんなマーデリンの言葉に吹き出したイヴが言葉を続ける。
「いやーほんとそうっすね! うちのチビどもの方がまだよく働くっすよ! 商品価値を上げるのも大切なお仕事ってのが、ふんぞり返ってると分かんないもんなんすね」
「ふむ……自分が得をすることではなく、『比較で』損をすることを避ける。だからその役だけは、全員が避けているんだ」
話を引き継いだジャネットが、腰ほどまでに伸びた一本の草を引き抜き、空に投げて軽く燃やす。
「僕が思うに、もしもこの建物が一つだけなら、持ち主は道の整備をするのだろう。人の心は本当に難しいね」
独り言のように空を見ながら呟いたジャネットの言葉に、俺達は頷いた。
そうだな。誰かがその無償の奉仕をすると、結果的に全員が得をすることになる。
それは別に悪いことではないはずなのだが、きっとこの持ち主はそれが何より我慢ならないのだろう。
一度やってしまえば、次もそれが続く。
それにしても……。
「……わざわざクイズにしたことに何か意味があるのか?」
「あったらいいわね! なくてもいいわ!」
あっけらかんとシビラは答えた。
そんなことだろうと思ったよ。
そんなクイズ大好き女神の、その出題の意味は思った以上に早い段階で現れた。
「……」
雑談しながら歩いていた俺達も、次第に会話が減り始めていた。
今度は明確に、建物の汚れが目立ち始めている。
それだけならまだ分かるだろう。
それ故に、だ。
この場所が廃墟かと言われたら、俺は首を縦に振らないだろう。
「そういうことか」
俺は足元にある、根元が折れた草を軽く蹴った。
皆、緊張した様子だ。
……いや、シビラだけは俺の反応を楽しそうに見てるな。
そう。
この場所は先ほどとは正反対。
建物は荒廃しているのに、地面の草が全く伸びていないのだ。
その理由は、言うまでもない。
「《サーチフロア》」
ジャネットが、索敵魔法を使った。
ダンジョンで魔物を探索する時以外でも、人間の捜索に使うこともできる。
皆の視線が集まったと同時に、ジャネットの目がぐっと見開かれる。
その視線が俺を射貫いたと同時に、反射的に俺の口が動いた。
「《ウィンドバリア》」
主に遠距離攻撃を防ぐ防御魔法を、俺達のパーティー全体がカバーできるよう使った。
無論、すぐに攻撃があるわけではない。
だが今のジャネットの目で分かったのだ。
相当な数の人間が、この周囲に集まっていることに。






