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女神の考える次の一手

 これまでの流れをまとめると、シビラはディアナ達をセントゴダート王国のアドリア村へと向かわせた。


 理由はシビラの依頼であり、現段階で最強の剣闘士だったディアナにアドリアを守らせるため……というのは建前。

 帝国教会の被害者であったヘンリーを、帝国から離すためであった。

 ディアナだって、いつまでもバレずに済むとは限らない。


 要するに、シビラは自分の我が侭を通すフリをして、二人を助けたのだ。

 そのことを二人自身も分かっているだろう。




 ――ここまで一セットで、表向きの建前だと思っている。




 どうにも、それだけではないような感じなんだよな。

 というのも、シビラはこの流れの中で、一点ほど気になる判断をしたのだ。


 それが、ヴィクトリアを残したこと。


 対人戦において、確かにヴィクトリアは群を抜いて強い。

 下手したら剣に限れば現在の【勇者】ヴィンスより強くても不思議ではない。

 いや勇者より強い豆畑の母親って何だよ。


 とはいえ、それはあくまで対人戦の剣術まで。

 魔法を含めた場合は強くないし、何だったら黒ゴブリンの毒矢で寝込んでいたのがヴィクトリアの冒険者としての力だ。


 そのヴィクトリアを、シビラが明確にここへ残すことを明言した。


 つまり、シビラは『ヴィクトリアには、まだ帝国でやるべき役目がある』と考えているのだ。


「何を考えているか、教えてもらってもいいか?」


「秘密! と言いたいところだけど、明確な答えを持っているわけじゃないのよ。ただ……予感とか、願望みたいな感じね」


「随分とぼんやりした話だな……」


 微妙な返答に呆れるも、シビラ自身は俺の言葉に対し真面目な顔で答えた。


「別に、何もなければ何もないのでいいのよ。でも、何が解決の糸口になるかは分からない。とはいえ――」


 シビラは、既に姿が見えなくなった馬車の方に目を向けた。


「――逆に言えば、何が危機の要素になるかも分からない」


 それが、シビラにとってのディアナとヘンリーだったわけか。


「考えたところで、結論は分からない。でも、何かある前に考えるだけ考えておくことは大事よ。他にもいくつか仕込んであるから、その時に存分に驚いて、シビラちゃんの素晴らしさを褒めてくれると嬉しいわ」


 そう言って、銀髪の女神はいつも通りに余裕そうに笑った。


 そうだ、こいつはいつもそうだったな。

 いろいろと考え、準備し、最終的に最良の結果をもぎ取る。


 それによって、先日はカジノにまつわる全ての事件を解決した。

 カジノのイカサマを全て衆目に晒した。剣闘士だったディアナと、教会によって病気かのように見せられていたヘンリーも救った。

 そのオーナーで雇い主だった男は牢の中だ。


 これらを全部一日でやってみせた。

 本当に、味方だから頼もしいが、敵に回すことなど考えたくもない女である……。


「とはいえ、何も話さないのも悪いわね」


 どうやら何かしら次の行動を考えているようで、場所を変えての話となった。


 ちょうど昼も近くなってきたということで、高級そうなレストランに入る。

 団体客用の個室がある珍しい店のようで、周りの会話が聞こえないようになっていた。


「ヴィクトリアに一応断っておくけど。聞いた話、皆にも伝えていいのかしら?」


「ええ、それはもちろん」


「分かったわ」


 それからシビラは、ヴィクトリアに関して知っていることを話し始めた。


 十で突然親に売られたこと。

 サーカスの前座として幼少期過ごしてきたこと、失敗した友人が別の主に売られたこと。

 ここまでは、以前も聞いた話である。


 その続きが、気になる話だった。

 ある日突然、屋敷が襲撃に遭い、主が死んだという話である。


 そう、ここである。

 ヴィクトリアの生い立ちはアドリアで一通り聞いたが、この部分だけが妙に曖昧なのだ。


 彼女の主は、複数人を囲っていたジャグリング団の主。

 それなりに大きな家に住んでいたであろう主が暗殺されたのだ。

 それは決して小さな出来事ではない。


 もし自分が殺したことを隠したいのなら黙っているだろう。

 なので、恐らく違う。

 仮に事故なら、ここまで断定して殺されたとは言わない。


「殺人は言うまでもなく重罪だけれど、親族……つまり遺族がいない人だったから、元々の恨みもあり犯人捜索は早めに打ち切り。私が知る限り犯人は捕まっていないわ」


「……その言い方をするということは、犯人の顔を見ているんだな」


 どう考えてもヴィクトリアは殺害の現場にいたか、もしくは犯人と直接やりとりがある。


「一目で分かったわ。売られた私の友人だったもの」


「マジかよ」


 返答は予想の上を行くものだった。

 ってことは、目の前で見逃しているってわけか。

 襲った理由は恨みだろうが、そりゃあ境遇を聞く限り仕方ないよな。


「レティシアはね、本当に綺麗な女の子で。だから再会した時、驚いたの」


「驚いた?」


「顔立ちには面影があるのに、全身傷痕だらけで片眼がないんだもの」


「……それは、きついな」


 何故そうなったのか、想像するに余りある。

 傷痕が複数に及ぶのなら、失明も事故ではないのだろう。


 それから自由になったヴィクトリアは、一人の男と出会うこととなる。

 その男と恋仲になり、妊娠し、アドリアに来る途中で夫が暗殺された。

 ここまでは以前聞いたとおりだな。


 さて、ここからが本題だ。


「こうして話をしてもらったということは、シビラの中では今の話に今後を左右する要素があった。それでいいな?」


「分かってきたじゃない」


 今の話に出てきたことといえば、言うまでもなく新たな登場人物であるレティシアだ。


「まさか、レティに会いに行くの? どこに住んでいるかも知らないし、そもそもまだここに住んでいるとは限らないのよ?」


 ヴィクトリアの意見も尤もだろう。

 なんといってもヴィクトリアは、十年ぶりにこの国に来たのだ。


 相手に関しても、一度見ただけ。

 そんなことはシビラも気付いていると思うが……。


「今の話で、詳細に語らなかった部分があるわよね。レティの容姿に関して」


「シビラさんにだけ話した内容とすると、服装でしょうか」


「そ」


 どうやらヴィクトリアの話によると、レティシアは隻眼で傷だらけの顔に、夜に紛れるような黒い服を着ていたらしい。


「あと、腰に長めのナイフを挿していた。隣にポーチつき。シンプルな丸い印」


「ええ」


「そのマーク、どう考えても『不可視』なのよね」


「不可視? よく見えてるじゃないか」


 シビラの言葉に反応すると、呆れ気味に溜息を吐かれた。


「違うわよ、名前。『宵闇の誓約』みたいなもの」


 ああ、そういう『不可視』という名前の組織か。


「ええ、その名の通り一般的には知られていないわ。シンプルで紋章と認識されにくいの。アタシも最近の活動は知らないけど、暗殺例は初めて聞いたわね」


 一般的に知られていない団体を何故知っているかはこの際置いておくとして、わざわざそれを話題に出したということは。


「まさか」


「ええ、そうよ」


 俺の予想を肯定するように、シビラは頷いて次の道を示した。


「『不可視』に接触しましょう」

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