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魔峡谷の脅威と故郷の存在

 とりあえず、城からの脱出が終わったことで、当面の危機は去った……と思いたい。

 周りを警戒しつつ宿へと再び戻り、互いの無事を確認する


「まずは、全員無事に戻れたことを祝う前に、改めて扉と窓が閉まっていることを確認。ジャネット、周りに人物は?」


「確認できない。ケイティがいるかどうかの保証はできないけど」


「今はそれで構わない。一人ずつ触れていくぞ、《キュア》」


 俺は慎重に、八人分の治療魔法を使う。

 最初の一人は、もちろん俺自身。違和感がなかったとしても、自分自身がそう思い込まされているだけかもしれない。

 あの女を相手にした場合は、どれぐらい慎重でも慎重すぎるということはないだろう。


 最後の一人、ヘンリーに魔法を使ったところでシビラが腕を組み満足そうに頷く。


「最後まで油断しない。いい成長をしたわね。うんうん、お姉さんも鼻が高いわ」


「どういう視点の感想だよ」


「後方彼氏面」


 マジでどういう視点なんだ……?

 いやそもそも何で彼女でなく彼氏になるんだよ。


 シビラのいつも通り解読不能なズレ方に呆れつつ(ついでに他の面々の困惑した顔を眺めつつ)、俺は席に深く腰掛ける。


「ふーっ……とりあえず、一息つくか」


「いやー、今から思い返すと帝国兵の『厳しく監視してます! キリッ!』みたいなアホ面を眺めながら城の外に出るの、最高に笑えたわね!」


「いい性格してるよお前は」


 そう呆れつつ、つられて俺も肩を竦めて笑う。シビラの言葉に、周りの連中も緊張がようやく抜けたようだ。


 緊張が解けたからか、エミーが伸びをしながら話題を振る。


「ん~っ……! それにしても帝国城、緊張したぁ……。セントゴダートのお城は全然だったのになあ」


 確かにセントゴダートの城は、何というか全体的に明るい感じの場所だったな。高級宿に近いか、それ以上に落ち着くというか。


「あら、ロットが聞いたら喜ぶわね」


 シビラの話によると、やはりあれも人間との融和を望んだ太陽の女神ことシャーロットの意思でああいうふうになっていたらしい。


 派手過ぎないが白を基調とした綺麗な壁面、細かく設置された窓とランプ、頻繁に登場する花瓶とフラワーアレンジメント。

 中庭も花畑のようなものだった。


「シャーロットさんのお部屋も、なんか普通に女の子の部屋! って感じでしたよね」


「気さくに話せる環境を望んだのよね。ま、当然のことながら、そんな相手簡単に作っていい立場じゃないのに後から気付いてたけど。クッソうける」


 いやウケるな。シャーロットもこいつが友人では災難だな。


「シャーロットさんとお話しするの、楽しかったなあ。またお喋りしたいな」


 毎日世界中にいる人間の職業(ジョブ)を選んでいるらしいから、仕事量は相当なものだと思う。


「エミーちゃんのそういう気さくなところも、ロットが聞いたら喜ぶわね」


 確かに、相手が太陽の女神だろうと気さえ合えばぐいぐい距離を詰めて来るエミーは、シャーロットの性格からしたら嬉しいだろう。

 とはいえ、あの多忙さでは難しそうだ。


 用事でもあれば来るだろうが、帝国に用事もないだろうしな。



 会話をしながら時間を忘れ、問題なく無事に宿へと帰還できたことに気付いた。


 すぐに部屋に入ったが、ここ連日見ている部屋がこんなに安心できるとはな……。


「問題なく戻って来られて一安心できたのはいいけど、これからの方針は決めておきたいわね」


「方針か」


 俺達が帝国で何をやりたいかというのは勿論だが、それ以上に気がかりもある。


「魔峡谷からの襲撃があったよな。あれを俺達はバート帝国側から対処したわけだが、近い規模のものがアドリアを襲う可能性も考えられる」


 俺の意見に、エミーとジャネットがはっとした。


「大変だ! 帰らなくちゃ!」


「帰ったところで、こっちの問題を解消しないと耐久戦だよ」


「あっ、そうかあ……ど、どうしよう」


 二人が不安そうに会話する中、一名はっきりと宣言した者がいる。


「私は戻るわ」


 アドリアに娘を預けた剣士、ヴィクトリアだ。

 ……そうだな、今の話を聞いてヴィクトリアがブレンダを残してこちらに居続けるとは考えにくい。

 彼女は、何よりもブレンダのために生きているのだ。


「いえ、悪いんだけどヴィクトリアは残ってもらうわ」


 ところが、その言葉にシビラが真っ先に待ったをかけた。

 意外だ、子供のこととなると何よりも保護を優先させてきたシビラらしくない。


「そんな……! それでも私は――」


「はいはい焦らないで、とりあえず聞いてちょうだい」


 抗議の声を上げたヴィクトリアを制し、シビラは話を続けた。


「もちろん理由もあるし、対処も考えている。というのも、ほんっとーに申し訳ないんだけど……今一番このパーティーで、一緒にいるのが大変な子がいるわ」


 シビラはそう言葉で示しながら、ディアナ……の隣の人物に視線を向けた。


「ヘンリーか」


 剣闘士ディアナの弟であり、まだ職業を持つ前の人物。

 病み上がりの少年であり、当然戦う力はない。

 見たところ、長時間歩く体力すら危ういように思う。


「それだけじゃないわ。ヘンリー君はね、『教会』に顔が割れているのよ」


 その言葉を聞いて、ようやくシビラが懸念していることが分かった。


 俺達は、バート帝国のイカサマカジノに関わる騒動を解決した。

 カジノの運営人物がエーベルハルト、その用心棒(バウンサー)をしていたのがディアナだ。

 ディアナが雇われていた理由は、弟ヘンリーの治療。


 しかし、その治療薬は毒物であった。

 ヘンリーは実際のところ、ディアナを飼い殺しにするために、教会はヘンリーを治療する振りをしていただけだった。


 この二つの問題が重なり、解決の途中でディアナは全ての問題を押しつけられそうになっていたのだが、最終的にエーべルハルトの悪事が全て暴かれる形で騒動は幕を下ろした。


 そのエーベルハルトと協力関係にいたのが、教会の内部にいる。


「ディアナはいいのよ、ぶっちゃけ言わなくちゃ分からないし。でもヘンリー君が帝国中を歩いていると、さすがに気付かれるわ」


 そりゃそうだろうな。

 ヘンリーはそもそも病気扱いだった上に現在行方不明扱いなのだ。

 その彼が治療完了された状態でいるというのは、教会側にとって不自然極まりない。


「彼は、治療が終わっている……つまり普通に健康に歩いているというだけで『教会の不正を知った後』なのが確実に伝わるのよ」


「教会の連中に姿を見られるのはまずいな」


「そう。そこでアタシから全てを解決するための提案。その前に、本人に現状の再確認をしておきたいわ」


 シビラは皆が注目する中で指を立て、その先を正面の赤髪の戦士へと向けた。

 自然と皆の視線はディアナへと集まり、彼女自身も自分を指差して意外そうに目を見開いた。


「あたいか?」


「ええ。何が言いたいかというと――代金支払いよ」

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