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未だに掴めない謎の力

「僕も質問したい。今、あなたは『違う』と言った。それはヴィンスが『親の愛を求めていないから』なのか、それとも……」


 ジャネットが俺の代わりに疑問を口にした。

 ……確かに、俺の質問に対しての否定としては、曖昧な回答だったな。


 ケイティの属性を考えると、愛を求めていないのが正解とは思いがたい。

 ならば……。


「そこは、是非とも本人に聞いてみてほしいところね」


 ヴィンスを連れ去っている当人がよく言えたもんだ。


「貴方たちは、親の愛を知ることになる。次の課題はそれよ」


「次の課題とは勝手に言ってくれるな。もう引き下がるつもりか? それに……今の状況で簡単に逃げられると思っているのか?」


「ええ」


 相手は未だ、余裕の笑みを浮かべている。ふん、いつまでその余裕が持つかな。


「ところでラセル君?」


「何だ」

 ケイティは、顎を上げて今日一番『人を見下す顔』をして言い放った。




「――結局、私が見えなくなる理由は分かったのかしらぁ?」




 ……。


「……ッ! おい!?」


 何だ、今のは……!

 俺はこのタイミングで、意識でも飛んでいたのか!?


 いや……気絶させられてはいない。

 確かにずっと俺は、意識を保っていた。

 時間が飛んだわけじゃない。


 だが、俺は一瞬放心していた。


 理由は簡単だ。

 ケイティが、目の前から消えてしまったからだ。


「ジャネット!」


「……」


 この状況で最も頼りになる者に声をかける。

 しかし、賢者は首を横に振った。


「僕自身も、必ずケイティの手がかりを掴んでやろうとずっと索敵魔法(サーチフロア)を使っている。全力だ。僕が出せる、全力」


「どうだ、ケイティはどこに向かっている?」


 答えを聞くと、ジャネットは眉間に皺を寄せて握り拳を机に叩き付けた。


「ないんだ」


「……ない?」


「消えたんだよ。隠密のスキルでも何でもなく……最初から、いなかったかのように」


 ……何だよ、それは。


「気配も、痕跡も、魔法の発動もない。どこまで範囲を広げても……この国に、いない」


 この国に、だと……!?


 ジャネットの索敵能力は、【賢者】の職業とジャネット自身の特殊技能による多重詠唱。

 その範囲はつい先日、バート帝国中に溢れる魔物を正確に討伐し切ったほど範囲が広く正確だ。


 そのジャネットが観測できないのなら、本当に一秒もしないまま帝国から脱出したとでもいうのか!?


「何なんだ、あのスキルは……。いや、そもそも」


 ジャネットは呆然と呟く。


「スキルを分析できたとして、対処できるのか……?」


 その言葉は、静かな室内によく通った。

 誰もが言葉を失っている。

 動く気力すらない。


 俺にできることは、風に煽られたカーテンを手で払いながら、ディアナの無事を確認することだけだった。


「キャスリーン様。いざ対峙すると、本当に……姿以外はまるで違います」


 元の名で、マーデリンがケイティのいなくなった方を見ていた。


「私に言及もしなかったのは、髪が緑だからかは分かりませんが、もう関心もないのかもしれません。……それ自体は有り難いことなのかもしれませんが」


 ローブをヘンリーに貸したマーデリンは、考えを振り払うように緑の髪を揺らした。


「……」


 ふと、こういう時にやかましいヤツが静かだなと思った。


 ケイティの瞬間消滅を目の前で見たシビラに、何か打開策のアイデアや予測を求めようと視線を向けた。

 自然と、エミーやジャネットもシビラの方を向いていた。


「……」


 シビラは、何故か一人だけ窓の外を無表情で眺めていた。

 相も変わらず鞄ばかりもぞもぞと触りつつ。


「シビラ、大丈夫か?」


「……? アタシは大丈夫だけど」


 何故かシビラはあっさりと、それまでの緊迫感が嘘のように答えた。

 それから部屋の窓を閉め、今まで触っていた鞄を閉じた。


 何か、今日のこいつもちょっと変だな。


 ……やれやれ。

 ケイティを捕まえることは、想像以上に難航しそうだ。




 俺が疑惑の目を向けていると、シビラが至近距離まで近づいてきた。


「——今の疑問、まだ確証が持てない。いずれ話すわ」


 突如そう耳元で囁いて離れた。どういう意味だ? 話さない訳ではなさそうだが……。


 ふと、ジャネットが何かに気付いたように首を傾げた。


「そういえば、僕達って帝国城の側からしたらどういう扱いなんだろうか」


「どうって……」


「部外者なんじゃないかなって」


 確かに、ケイティと一緒に行動していたから違和感なく行動できていたと考える方が自然だろう。ならば、今の俺達は城の者にとって侵入者も同然——。


 そう思ったが、その意見に疑問を持つようにシビラが腕を組み「んー」と唸る。


「アタシ達って、ケイティと一緒に入って来たわよね」


「そうだな」


「その場合、城の人は『ケイティの知人』として通していたわけだけど……まあ、今は何故ケイティが帝国の人間と顔見知りとなってるかは考えないとして」


 あいつに関しては、対人関係において何でもありだからな……。


「逆に敵対させたりしていないか? した方が向こうにとって有利だと思うが」


「あいつがそういう決着のつけ方すると思う?」


 ……想像できないな。


「顔に出てるわよー。まあ実際はそうでないにしても、堂々としてたらいいわよ」


 いつにも増して楽観的すぎる気もするが、そんなものなのだろうか。


「例えば、セントゴダートで王城の中うろついてた時、誰が部外者かとか考えた?」


「そんなのいちいち考えるわけないだろ、俺達が部外者みたいなもんだったし」


「そうよね。じゃあエミーちゃんに質問、城の中に兵士じゃない大所帯が歩いていたらどう思う?」


「えーっと、お客さんですね! あっ」


 ああ、言われてみれば当たり前だ。

 門番がいる城にこんな大人数が堂々と歩いていたら、誰かが招待したと思うだろうな。


「周りを物珍しく見ても、お客さんで済むわ。逆に言うと、見つからないよう警戒しつつ歩いていたら不審者だと思うでしょうね」


「分かった、なら堂々と出よう」


 こういう時のこいつの大胆な行動の判断は、基本的に頼りになる。

 俺やジャネットでは、頭で理解できてもなかなかここまでの大胆さは持てないな。


「まあ問題起こってもこのメンバーなら力押しで逃走できるわよね。その時は兵士全員倒して国家転覆でも狙いましょ」


「台無しだ……」


 褒めようと思ったところで相も変わらずのとんでもない発言で、何故こいつが女神なのか分からなくなる。実に女神らしくなく、実にシビラらしい判断だ。


「それじゃ、胸を張って堂々と出るか」


「先頭は任せなさい」


 そんなわけで、安心していいかどうか判断に悩む俺達の面白女神による、八名の帝国城移動が始まった。

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