記憶の中の俺ではないことを、肯定してくれるという安堵
ファイアドラゴンの鱗で出来た新しい鎧を脱ぎ、机において手の甲で叩く。
不思議と音らしい音はほとんど鳴らない。打撃や衝撃を吸収してるんじゃないだろうか。
そして鎧の他にも、ここには気になるものがある。
「これは、剣か?」
「そうですね。ファイアドラゴンの牙から作った逸品で、ラセルさん用の武器ですよ」
鞘に収まった剣は、やや幅広で大き目だ。
恐らくファイアドラゴンの素材を見たドワーフが、思うがままに作ったのだろう。
……しかしこの大きさとなると、ダンジョンで振り回すのは些か難しいか。
「ああ、ラセルはもしかしてその剣、ダンジョンだと使いにくいとか思ってる?」
「まさにそのとおりだが……実際使いにくくないか?」
「どこまで有効かはわかんないけど、多分エンチャントすると天井とかさくさくっと切れるわよ」
マジかよ……いや、確かに竜の首を斬った余波だけで天井抉ってたわ。
やはり闇属性の持つ威力は凄まじいな。
狭い場所でも使えるならば、この剣も明日は持っていくか。
「後は盾だが……こっちも大きいな……」
「ドワーフは力持ちだから、気分が乗ってる時ほど大きめの武器作るのよ。ファイアドラゴンを持ってきたんだから、こういうものになるのは当然ね」
……自分ができることを他人もできると思い込むということの弊害、本当に実感するな。
これも便利そうではあるが、俺向きかどうかと言われると分からん。それに剣と盾で両手が塞がっていると、肝心の闇魔法が使えない。
エンチャント・ダークだけで戦うのも悪くはないが、それこそあのリビングアーマー群と戦うなら遠距離か近距離かなんて、考えるだけ愚かだ。
「今回の荷物の確認は、これで一通り終わったわね」
シビラの発言に頷いたところで、孤児院の扉が開く音が聞こえてきた。
ジェマ婆さんは確かずっと子供の面倒見ていたはずだし、誰だ?
盗賊か何かかと一瞬警戒もしたが、まず盗賊は正面から堂々と入ってきたりしないし、何より入ってきた人物は小走りで急ぐ足音を隠す様子がない。
俺達が顔を見合わせながら、足音が近づいてきたことに気づき少し身構える。
ドアノブがゆっくりと開いていった。
「ラセルちゃん!」
目を合わせた途端、驚きに満ちた懐かしい声が聞こえてきた。
現れたのは、桃色の髪をシスター服の間から少し覗かせた、久しぶりに見る姿。
ジェマ婆さんと一緒に孤児院のシスターをしている、フレデリカだ。
訳あって留守にしていたが、どうやら用事が終わったらしい。
「久しぶりだな、フレデリカ」
「……あ、あら……? ラセルちゃん、ちょっと雰囲気変わっ——」
「——フレデリカ!」
その被せるように、扉の後ろから声が飛んでくる。あれは間違いなくジェマ婆さんだ。
「あ、ジェマさんただいま戻りました。あの、それで……」
「ちょいとこっちに来な!」
フレデリカは俺と扉の向こうの廊下——恐らくジェマ婆さんの姿——を交互に確認すると、少し後ろ髪を引かれているような顔でジェマ婆さんの方に行った。
その流れがいまひとつ分からなかったが、少し考えて合点がいった。
俺は自分ではすっかり意識できていなかったが、自分というものが大きく変わってしまったのだったな。
フレデリカがあの反応をしたのも当然だ。
ジェマ婆さんは、きっとその事情を説明してくれているのだろう。
さすが、気が回る婆さんだ。子供の頃は厳しいばかりだと思っていたが、あれはやはり誰よりも様々な危険に神経をとがらせていたからなんだなと今なら分かる。
そして、シビラもその事情を今のフレデリカの反応でなんとなく察している様子だ。
腕を組んで「いい婆さんねー」と肩を上げた。
……ああ、まったくだな。
「それにしても、こういうのを第三者が待ってるこーゆー時間って気まずいわよねー」
「えっ? えっと、そ、そう〜……ですかね、ほほほ……」
あとシビラ、その気まずい発言を遠慮なく言ってしまう辺りがシビラのダメなところだからな。特に俺の目の前で肯定なんてヴィクトリアが簡単に首を縦に振るわけないだろ。
ヴィクトリア、ほんとすまん。こいつにデリカシーを望むのは諦めてくれ。
と、そんなやりとりを挟んだ直後、ジェマ婆さんと一緒にフレデリカが入ってきた。
フレデリカは……どこか気遣うように上目遣いだ。
「ジェマ婆さん、全部話したのか?」
「ああ、ラセルも改めて自分の口から説明したくはないと思ってねえ」
「そうか。一応礼は言っておくが……もうそこまで気にしてはいない」
「……おやまあ」
ジェマ婆さんは俺の顔を見ながら、少しずつ近づいてくる。
その瞳が、じーっと俺の方を見ているわけだが……目を合わせるってのは慣れないな、どうにも……。
「……ずいぶんと、良くなったね」
「分かるのか?」
俺の問いに、ジェマ婆さんは目を見開くと、直後に年を感じさせない声で嬉しそうに笑った。
「カッカッカッ! これでもいろんな人を見てきているんだよ。あんたらみたいに若いのから、当時あたしより上のじいさんばあさんもね」
そして、再び俺と目を合わせる。
「その中で言うよ。あんたの目は、あんな出来事があったのに、もう前を向いたんだね」
「ああ、もう心配する必要はない。後ろ暗いことなど、あいつらに関わること以外なら全て問題なく大丈夫だろう」
「うんうん、ラセルはやっぱり、一番芯がある子だったね」
ジェマ婆さんが満足そうに下がったところで、フレデリカは少し探るような顔で近づいてくる。
「……本当に、ラセルちゃんなんだよね」
「別人に見えるか?」
「かなり見えるよ。昔は『ふれでりかさん!』って言って、私の後ろをついてくるような子だったのに」
「半年前どころか十年前だぞそれ……」
「私にとっては、ついこの間よ」
それはそれでどうなんだ……? まあ、フレデリカはどこかぽーっとしていた印象あったから、時間の経過もあまり関心ないのかもな。
「ねえ、ラセルちゃん。私の目を見て」
「……別にいいが……」
フレデリカは、俺と目を合わせる。
子供の頃に世話をしてくれた、少し年上の姉代わりのシスター。
今では頭半分ぐらい、俺より背丈が低い。
——と、ここで唐突にフレデリカは何故か上半身を揺らし始めた。
俺は、視線を固定しやすいようにジェマ婆さんの方を向く。
「ラセルちゃん? 私の方を見て」
「……拒否してもいいか?」
「だぁめ。もうちょっとだけ」
なんなんだよ、妙にこだわるな……。よく分からないが、久々の再会だし多少のわがままは聞いてやるか。
フレデリカがわがままを言うなんて珍しいからな。
再びフレデリカの金色の目と目が合う。相も変わらずフレデリカは上半身を揺らしっぱなしにしながら、こっちをじーっと見ている。
……目を合わせたままって難しいな。
視線を、正面に……正面……。
「……。……ふんっ!」
「いったッ!」
俺を横から見ていたシビラにチョップ。
「なにすんのよ、今のアタシ悪くないじゃん! ていうか目が外れてるわよ!」
「いや、なんとなく腹立ったので」
「理不尽!?」
俺とシビラがそんなやり取りを始めると……フレデリカは、笑い始めた。
「ふふ、ふふふ……! あはははは……っ! あ、脇腹いったぁ……」
急激なフレデリカの変化に、真顔になって俺とシビラ、そして黙って見ていたヴィクトリアとも顔を合わせながら首を傾げる。
「どうしたんだ?」
「あはは、ごめんね。でも……うん。ラセルちゃんは、今はそっちのラセルちゃんなんだね」
「言ってる意味がよく分からないが……」
普段からふわふわしているが、今日のとびっきりよくわからないフレデリカに再び首を傾げながら見ていると、フレデリカは俺の頭に手を……伸ばそうとして、頬の方に触れる。
「ちょっと寂しいけど……うん、それでもラセルちゃんのままだ。……今のラセル、も、かっこいいよ」
「……そりゃどーも」
「……こんなに……。……もっと私、ラセルのことを、ちゃんと見ておくべき、だったなぁ……」
小さく小さく呟かれた、喜びの中に諦めと寂寥感を混ぜたような、そんな声が聞こえてくる。
頬に触れた指は、少しひんやりとしていた。
しかし、これでも幼い頃は憧れのお姉さんみたいな人だったフレデリカにそう言われると、どうしても照れるものがあるな……。
お姉さんから、一緒に孤児院を守る仲間になったような、そんな感覚だろうか。
——ああ、そうだな。
いつまでも俺は、子供のままじゃない。
フレデリカにとっては、ずっと年下の弟みたいなものだったのだろう。
冒険者パーティとして、聖者として活躍しようと思ったが、やはり俺はずっと庇護される側だったのだ。
どこか、弟気分が抜けていないことも悪かったのだろうと今ならはっきり分かる。
自分の手を離れたことをフレデリカは『寂しい』と表現していたが、それと同時に今の俺も肯定してくれている。
それが、心地よい。
俺とフレデリカの再会は、一つの別れと一つの再出発を表したようだった。
……子供達の避難の話も振ってみてもいいかもしれない。俺ももう、フレデリカの隣に立つべき側だ。
あとヴィクトリアは、部外者なのに本当に気まずい雰囲気で置いて申し訳ない。
留守番しているブレンダのもとへ、早く帰ってやってくれ。
俺の力は、俺一人のものではない。これだけのものがあれば。きっといけるだろう。
よし、明日からこの装備で、気持ちを一新して挑む。
待ってろよ、まだ見ぬフロアボス。
そして……魔王。






