忘れた頃に、その者は現れる
エーベルハルトから、二人の姉弟を救った。
俺の回復魔法が、ヴィクトリアの焼き印を完全に治したこと。
それが『整形』と呼ばれるほどのものすら遡る能力であることに気付いた。
まず、ディアナの焼き印を消すことができるのは既に分かっていた。
その上で、シビラが賭けたのはこの『包帯の重戦士』と呼ばれた彼女の容姿が、どこまで回復魔法で戻るかということだ。
結果はもう、言うまでもないだろう。
火傷は全て消え去り、拷問のような跡も何一つなくなった。
妙に縮れていた髪の毛も綺麗に伸び、顔は一般的な女性よりもやや精悍で鋭い目……という程度で、特段攻撃的な印象を受けるほどでもない。
俺と同じ身の丈で、赤い長髪を風に靡かせた女性。
最早別人と言って差し支えない。
同じなのは声ぐらいで、エーベルハルトもこの姿を見て『ミイラ』とは呼べなかっただろう。
「【聖者】とは此程までに凄いもんだったとはね……これは誰も見破れねえわ、前例ねーし」
未だ自分の体が見慣れないようで、ディアナはしきりに腕を持ち上げて触ったりしている。
特に、腹部に指を這わせて感触を確かめる行動が多い。
「いやーそれにしても、ヴィクトリアの剣技も納得だわ。そりゃ印ねーんじゃ誰も気付かねえって、あたいも完全に騙されちまった」
「ふふっ」
あれからヴィクトリアも自分の素性を明かし、同じ方法で印を消したことを話した。
それ以来ディアナにとってヴィクトリアは、見知らぬ強敵から先輩へと変わっていた。
「なんつーか、マジで何もかも上手くいきすぎて……これマジで寝ぼけてていつか夢から醒めちまうんじゃねえかなって不安になるな」
そんな独り言を呟きながら、ディアナは赤い長髪の隙間からローブ姿の人物を見る。
マーデリンのローブを目深く被ったヘンリーが、隙間から顔を見せて笑う。
今となってはその体調に何の問題もなく、やや筋力不足であることを除けば何一つ問題はない。
元々問題が無かったからな。体力回復さえしてしまえば後はこんなものだ。
俺達は正午の日光を浴びながら、帝国中央通りを堂々と歩く。
誰にも引け目を感じることなく。
「今思えば」
ふと、ヴィクトリアが青空を眺めながら呟く。
「エーベルハルトだけが悪いわけじゃなかったから、少し悪い気もするわね」
全てが上手く収まったと思っていた中、突然の宣言に皆が注目する。
「急にどうした? 今このタイミングで悪く言う必要なんてないだろうに」
「ひとつ、解明できていないことがあるの。気付いたかしら」
気付く……気付くか。そう言うからには、提示されている情報だけで理解できることだ。
俺は隣を歩くシビラを見る。こいつもそんな話を急に振られたところで――。
「そりゃ、とっくに気付いてるわよ。ヴィクトリアから言及するとは思わなかったから驚いてるけど」
なんとシビラは思い当たるらしい。
同時に、シビラは言うまでもなく『俺が気付いていない』ことに気付いてしまった。
ニヤニヤと、いつも見慣れた意地の悪い顔が出てくる。
「あらあら~、ラセルちゃんは気付かなかったのね~。最近勘が鈍ってるんじゃないの~?」
「はったおすぞ」
ここぞとばかりに煽り始めるこいつに溜息を吐きつつ、話を促す。
「エーベルハルトの何が悪かったかっていうと、ヘンリーに関してのことを除けば、主にカジノの内容よね」
「そうだな」
そこまで話すと、シビラは話を止めた。ということは、ヴィクトリアと関係しているカジノのことだろうな。
エーベルハルトは店の改造を行った。勝率を操作できるようにし、勝つ相手すら自らの手で選んでいた。
確率はジャネットが見破り、仕組みはエミーが見破り――。
「そうか、そういうことか」
ここまで話して、一つ不自然なポイントがある。
ルーレットの仕組みを見破ったのは、確かにエミーだ。だがその切っ掛けは、ヴィクトリアがルーレットの動きを見て気分が悪くなると言っていたから。
だが、その発祥点は十年前に遡るのだ。
「あのルーレットの仕掛けは、オーナーがマリウスだった頃からあるものなんだな」
俺の答えにシビラは口角を上げ、視線をヴィクトリアに向けて話を繋げさせた。
「ええ、そういうことなの。気分が悪くなるといっても数度だったし、マリウスもあまり見ないように言っていたから。でも今思えば、あの人はきっと私がルーレットの秘密を見破ることを恐れていたのかもしれないわね」
出発前と同じように、そんなことをまるで何も気にしていないように話すヴィクトリア。
少しの沈黙が流れ、「ごめんなさいね、今更」と感情の読みづらい剣闘士は笑って誤魔化す。
――そろそろ、こういう言葉を聞き流すのも飽き飽きだな。
「違うんじゃないか」
「……えっ、ラセル君?」
驚くヴィクトリアに対し、俺は遠慮なく言葉をぶつけさせてもらう。
「あんたがカジノの後ろ暗い側面に、関わってほしくないから隠していたんじゃないのか?」
「それは……」
「だってそうだろう。あんた、生活資金握られた元バウンサーなんだろ? だったらルーレットの仕組みぐらい先に話すぐらいするだろ普通」
後から難癖付けてこられそうになった時に、動揺するよりは始めから知って対応している方が断然楽だろう。
体調不良になるというのなら、そのことも教えて仕事をさせた方が効率がいい。
だが、マリウスはそうはしなかった。
理由は言うまでもなく、ヴィクトリアの為だろう。
――自分、というものを振り返る。
俺はパーティーを追い出されて、全てに絶望して……それから自分の内面は、あの頃から大きく離れて戻って来なくなってしまった。
かつての自分がどんなものだったか、俺自身も思い出せないぐらいだ。
つい先程エーベルハルトにヴィクトリアが言っていたが、当時の彼女は全く違う雰囲気だったのだろう。
親に捨てられた奴隷。その境遇がどのような相貌を形作っていたかなど、察するに余り有る。
その彼女を、今の状態にした相手。
それは間違いなく、マリウスだ。
「あんたはただの用心棒として雇われたんじゃない。それこそ仕事などしなくても、マリウスはきっと傍に置いていたと思うぞ」
「……そう、なのかしら」
「俺から見たらな。言いたいことはそれだけだ」
そう言葉を句切ると同時に、背中をバシバシと叩かれた。
隣を見ると、シビラが嬉しそうに笑って……いやいきなり首に腕を回すな! 今日は妙に距離が近いなおい、暑いんだよ!
後ろを見ると、エミーはうんうん頷いているし、ジャネットは口角を上げて肩を竦める。イヴもシビラと同じ表情だ。
「……ふふっ」
ヴィクトリアは小さく笑うと、薄い目を開けて俺をはっきりと見た。
笑顔でありつつも、真剣な顔だ。
「やっぱり感謝は三回分、ラセル君に全部載せちゃうわね」
「いや勘弁してくれ」
間髪入れずに返すと、糸目の剣士は再びいつもの表情に戻り、幾分か朗らかに笑った。
――楽しく会話していられたのは、そこまでだった。
「え……?」
ここまで静かだったマーデリンが何か呟いたと同時に、前へと走り始めた。
何事かと走った先へと視線を向けると――!
「セカンド!」
マーデリンが名前を呼んだ先には、フードとマスクをした女性。
一目見て印象的な容姿。マーデリンがそう読んだ名前。
行方不明になっていた、エマの斥候……!
何故急に姿を現したのか。
その理由は、次の言葉で判明した。
「キャスリーン様が、帝国城でお待ちです」
近くに来たマーデリンを無視するように、セカンドは俺を見据えてそう伝えた。
やはりケイティの手に落ちていたか。
「それでは、これにて」
「待て!」
(《シャドウステップ》!)
周りに人がいるが、今は気にしている余裕はない。
掴んでキュアをかけてしまえば、俺の勝ちだ。
みすみす逃すまいと俺はセカンドのいる場所に瞬間移動して手を伸ばしたが、セカンドは目の前から煙のように……と表現するのすら躊躇うほど、忽然と消えてしまった。
「誰か、追えるか?」
俺は後ろを振り返るが、皆首を横に振った。
「ごめんラセル、私全く見えなかった。高速移動とかじゃないと思う」
「うーん、隠密でもなさそうっすね」
「僕から見ても隠密の可能性は低いと思う。もっと見えているはずだ」
ヴィクトリアやディアナの方を向くも、二人とも首を振っている。
……くそっ、追うのは難しそうだな。
「メリッサ……」
マーデリンは人のいない道を見つめながら、かつての友人の名を呼ぶ。
その問いに答えてくれるものは、誰もいなかった。
「悩んでいても仕方ないわ」
皆が意気消沈する中、特に何の感慨もないように鞄をごそごそと触りながらシビラは言ってのける。
「相手がどこにいるか分かる。それだけでも大きな進展よ。……あっ、ディアナとヘンリーはどうする? ちょっとヤバい用事だから来ても迷惑かけるかもしれないけど」
「今更だろ、つうかあたいらも関わらせろ。第一もう行き場ねえんだわ、放り出すなよ?」
「はい、僕もご一緒できれば」
二人は顔を見合わせて、シビラに頷いた。
「よろしい、それじゃ」
シビラは皆の顔を見て頷き、巨大な黒鉄の城へと視線向けた。
「今度は謎に包まれたお城の観光としゃれ込みますか!」
そんなお気楽な言葉とともに、帝国城行きが決まった。






