剣闘士の本心、女神は最良を約束する
夜、作戦は決行された。
教会の見張り番は当然いるので、こういう時の反則カードとしてマーデリンを使う。
普段は心優しく争いを好まない彼女も、さすがに今回の事態には思うところがあるようで、全面的に協力してくれることとなった。
「これで問題ありません」
槍のような長いメイスを握っていた神官戦士を、マーデリンが眠らせたと同時にイヴが抱える。
倒れないように眠らせると、俺達は地下へと向かった。
「よう」
見張りを全て眠らせた俺達は、部屋の奥でぐったりしているディアナに声をかける。
驚きながらも、赤黒く滲ませた包帯の隙間にはまだ意思がある。
「おいおい、忍び込んできたのかよ。全く、無茶するね」
「単刀直入に言おう。逃げる気はないか?」
ディアナは一瞬瞠目すると、はっ、と鼻で笑い飛ばした。
「どう逃げるんだよ。こんな分かりやすい見た目の女、帝国に行き場なんてねえよ。王国でもマトモに雇う相手いんのかね」
「いるだろ普通に。ああ、それとヘンリーだが、ついでに治しておいた」
その名前を出すと、すぐにディアナは食いついてきた。
「治した、って……治ったのか!?」
「それに関して、話しておきたいことがある」
俺は、ディアナに今まで何があったか、今がどういう状況か、一通り話した。
全てを聞き終わった後、ディアナは拳を握り……力なく下げた。
「何だよ、それ……結局あたいは、全部いいように利用されて、連中の気が済むように処刑されるってわけかい」
あれだけ大暴れしていたディアナも、開示された情報の悲惨さに完全に脱力していた。
無理もない、到底納得いくような内容ではないだろう。
「アタシはね」
そんなディアナに対し、シビラが前に出た。
「アタシは、自分がスッキリしたい為に、やりたいことを全部やりたい。アタシが一番気持ちいい結末を迎えたい。アタシは、アタシが一番なの」
「いやあんたを見てるとそりゃ分かるが……」
急に自分勝手宣言を始めた銀髪の美女に、困惑を隠せない包帯の剣闘士。
だが、次の提案は彼女も息を吞むものだった。
「ヘンリーは協力すると言った。あんたも協力してほしい。あんたが協力しなければ、ヘンリーはアタシがエーベルハルトに突き出して換金するわ」
「おま……ッ! そんなことしたら、ただじゃ――」
「処刑寸前で檻の中なのに、凄んでもね。もう一度言うけど『ヘンリーは協力すると言った』わ。で、あんたは協力するの、しないの? ここで似合いもしねえ悲劇のヒロインムーブしてんの?」
シビラの圧に、ディアナは一歩引いた。
「傷が勲章なんだって?」
その一歩を埋めるように、シビラは更に距離を詰めた。
「火属性、全然いねーじゃん。剣闘士に【魔道士】はいないし。背中、背中ねー。確かに客からはよく見えるわよね」
「な……」
「傷が勲章? 火傷も、背中の跡も、その貌も? ふーん。ねえ――」
「――お前それマジで言ってんの?」
シビラの温度を失った言葉が、ディアナの胸に刺さる。
「……違う」
その詰められた距離を埋めるように、檻に向かって一歩踏み込む。
「こんなのが勲章であってたまるか――!」
その声は、怒りの咆吼にも、子供の泣き声にも聞こえた。
「そういうキャラで売れだって? 剣闘士のマンネリ化を解消したいから、高値で怨み役になりそうな色モノを作るだって?」
剣闘士として戦ってきた『ミイラ』と呼ばれた彼女から、その内面が溢れ出す。
「確かに人気は出たさ、格別の悪役としてなあ! つくファンはいつ裏切ってもおかしくなさそうなヤツばかり! 信用できそうなのが同じ身分ばかりってどういうことだよ!?」
その声を、シビラは至近距離で、一歩も引かずに聞く。
全てを受け止めるように。
「色男を相手にすれば八百長で負けさせられるし、逆に怪我させれば背中を女に刺されそうになる! 卵もビールも投げつけられた! 背中の傷が誇りなわけあるか、こんなの逃げてる時か不意打ちでしかつかねえ傷だろうが!」
包帯の剣士は、それでも、と続ける。
「ヘンリーの為なら……ヘンリーの為なら我慢できたんだ。ヘンリーしかいなかったから。親が金持って逃げたあたいには、もうあの子しか」
悲痛な叫びが収まり、檻に握り拳を叩き付けると……ズルズルと膝を突いた。
「それが……あたいが働いていたことで、ずっと毒を飲まされていたなんて……じゃあ、あたいの人生は、何だったんだ……」
この場の誰よりも体格のいい剣闘士は、今や誰よりも小さく体を丸めて震える。
エミーやマーデリンだけでなく、イヴも貰い泣きしていた。
そんな中で。
「言えたじゃない」
全てを受け止め、淡々とシビラは応えた。
ディアナの顔が上がり、目を合わせる。
「で、どうする? アタシに協力してくれる? あんたは協力すると言った時点で、ぶっちゃけ何もしなくていいけど」
「……ヘンリーが人質なんだろ? 断れねえよ。それに、あんたはなんつか、信用できそうだ。ヘンリーもあんたのこと気に入ってたしな」
「おっ、いい情報感謝するわ。やっぱりその気がなくても子供に好かれちゃうのが、シビラちゃんなんだな~」
最後に軽く茶化すと――シビラはこの場で、黒い羽を顕現させた。
あまりの展開に、ディアナは目を見開いてその姿を見る。
その姿を目に焼き付けるように、包帯の中の瞳がシビラを凝視する。
「アタシは『宵闇の女神』シビラ。太陽の女神シャーロットとか、水の女神エマとか、まあそういうのの友人ね」
とんでもないネタばらしをし、俺達が驚かない様子に事情を察する。
そう、ここにいるのは全員女神を連れていることを知っている一団だ。一名は天使だしな。
「人間を愛した『太陽の女神』シャーロットに代わって、この明らかにあいつが『剣闘奴隷』なんて呼び方を止めさせた状況から大差ねえ状況から……あなたと弟の救済を約束するわ」
荒々しい剣闘士は、その言葉に両膝を突き、頭を下げた。
「お願いします……協力できることは、何でもします」
「うむ、よろしい!」
「でも、どうやって……」
そう、処刑を避けるにしてもこの状況だ。
カジノの関係者と教会の人間が関わり、ここまで沢山の人間が知っている状況。
引っ繰り返すのは容易ではないだろう。
だが、シビラは肩を揺らして笑い始めた。
「ふ、ふふふ……! 全てを引っ繰り返す準備はできているのよ!」
一体何事かと思っていると、羽を仕舞ったシビラは壁際に下がってトランプを出した。
目の前でカジノのディーラーと同じように、素早くカードを切っていく。
つーか上手いなおい、女神がギャンブルの技能上手いってどうなんだよ。すげえシビラらしいけど。
シビラがカードを交ぜている最中、一度天井のランプが派手に揺れた。
地震か風か、落ちてくる様子はなさそうだ。
交ぜ終えたシビラは、一番上を指先でめくる。黒いスペードのAを、皆に分かるように見せた。
「群衆の中で処刑されるのはあんたで、相手はカジノのオーナー。それなりに健全だったカジノを、完全イカサマだらけの空間に変えた、最低のクソ野郎」
ちょっと私怨混ざってそうな言葉とともに、見せていたカードを載せる。
「だから」
スペードのAが一番上に伏せられて、裏面になったカードの束を見せる。
先程一番上に置いたばかりのカードを指で摘まみ、めくりあげると――。
「こちらもイカサマを使うわ」
――そこにあったのは、道化師の嘲りと、その表情そっくりの女神の顔だった。






