【勇者パーティー】エミー:ありふれた日常ほど、小さな違和感を大きく感じてしまう。それでも私は一人じゃない
窓からの眩しい太陽の光を受けて、私は目を覚ます。
宿を上のランクに変えて、ベッドの毛布も厚く柔らかい。……ああ、もう少し……あと五秒……ううん、あと五分だけ……ああやっぱりあといちじか——
「起きて」
「わあっ!」
急に毛布の重さがなくなったと同時に、外気の寒さが迫ってくる。
ああ〜ん……私のふかふか毛布〜……。
「いつまで寝てるのさ……」
「あ、あれ……今何時?」
「九時半。朝食そろそろ終わるよ」
え、ええっ!? もーそんな時間なの!?
ていうか、だんだん目が覚めてきたから気付いたけど、つまりみんな先に起きちゃってるってことだよね?
それで先に食べちゃったんだよね!?
「お、起こしてくれても……」
「あと五分って言って、戻ってきたら一時間ずっと寝てた」
「うっ……」
ああ……記憶がないのに、なんだかありありとその様子が浮かぶ……。
「ご、ごめんごめん……」
「本当は二度三度起こしたんだけど、全然起きて来なかったから驚いたよ。……普段は目覚め早いほうだよね」
ジャネットの質問で、私はだんだんと、本当の意味で頭が覚醒してくる。
……そうだ、昨日は夜、みんなでベッドに入って、私一人だけ目覚めて……。
そして、ケイティさんが……。
「……やっぱり昨日の怪我、かなり重かったから精神的に疲れてるのかもね」
「あっ……! えっと、あ、あー……うん、そうみたい。もう大丈夫だから」
「ならいいけど」
ジャネットはそう言うと、私のベッドから離れていった。
そして扉に手を掛けたところで、ふと思い出したようにこちらを向く。
「忘れてた」
「ん?」
ジャネットは、いつもどおりの感情の乏しい表情で首を傾けながら言った。
「おはよう、エミー」
「あっ! おはよう、ジャネット!」
「ん」
その返事を聞くと満足そうに(といっても表情からは分からないけど)部屋を出て行った。
「……はぁ〜。なんだか最近はジャネットの方が、しっかり可愛い女の子してるなぁ」
私も一人で悩んだり落ち込んだりしてられない。
よーし、気を引き締めて、がんばろう!
「おはよーっ!」
「おう!」
「あら、おはようございます!」
食堂にはヴィンスとケイティさんが既に食べていた。
「私のもお願い!」
「はいよ!」
食堂で恰幅のいいおばちゃんからトレイをもらい、パンと肉とチーズの大皿を確認して満面の笑み。
ん〜っ、やっぱり食べるのっていいよね。
私はケイティさんの隣……ではなくヴィンスの隣……でもなく、ジャネットの隣に座った。
ジャネットは少し不思議そうに小さく首を傾けていたけど、特に問わないでくれた。
……なんとなく、まだケイティさんを正面から見るのが怖い。
あの人が分からない。
一体何者なのか、何故私達に近づいてきたのか。
……それでも昨日一日一緒にいただけで、はっきり分かることがある。
——今の私達が、ケイティさんなしでパーティーを問題なく回転させるのは、現状ではとても無理。
その一点だけは絶対だ。
「……あ、食べ終わっちゃった」
私が黙々と考え事をしながら食べていると、皿の上の食べ物はいつの間にかなくなってしまっていた。
「まあまあ。よろしければ、私の分も食べますか?」
私の呟きを聞いて、ケイティさんが料理が半分ほど残っているトレイを持ってきた。
ちょっと緊張しつつ、声をかける。
「いいんですか?」
「はい〜! しっかり身体を作っていただかなくてはいけませんから!」
「で、では遠慮なく」
私はケイティさんからお皿を受け取り、お肉を食べる。
そんな私も、ニコニコと顎を両手に乗せて見る金色の瞳。
……うん、あんまり考え過ぎちゃ駄目だよね。
独り言がちょっと危ないお姉さんなだけで、一緒に会話している時のケイティさんはやっぱり素敵な女性だ。
私が拒否するというのは、本当に失礼。
「おいしいです、ありがとうございました」
「はい、どういたしまして! ジャネットさんも、少し食べてヴィンスさんに渡していましたから、私もどなたかに分けたかったと思っていたところなのです」
そう言ってころころ笑うケイティさん。
……まあ、それはいいんですけどね……。
なんでジャネットもケイティさんも少食なのに、そんなに、ばいーん! で、ぼいーん! なんでしょう……?
ううっ……世界が理不尽で出来ているよ……。
ギルドに出てみると、なにやらざわざわとした騒ぎ。
ヴィンスがそのうちの一人に声をかける。
「なあ、何やら賑やかだが何かあったのか?」
「それがよ、今朝一番でドワーフの鍛冶屋にすげえもんが入ってきたって話題になっててな」
「凄いもの、か?」
ドワーフの鍛冶屋ってことは、間違いなく素材のことだよね。
「ああ。なんとファイアドラゴンの鱗だ!」
「ドラゴンだと……!」
ドラゴン!
魔物の中でも最上位に位置する、下層あたりにいるって言われている魔物!
見た人は、伝説上の人ばかり。他の高ランクの人たちでも、下層まで潜った際の情報はあまり外に漏らさない。
みんな仲間で、みんなライバル。情報はタダじゃないのだ。
もちろんこれはジャネットの請け売り!
私がそんな賢いこと考えられるわけがないのだっ!
……自分で朝の陰鬱な気持ちを掘り返してどうするんだろうね。
と、話を聞いていたケイティさんがずずいと前に出てきた。
「その話、本当ですか? 確証がありますか?」
「ん? お、おお……すげえ……」
「本当の、話! で・す・か?」
「うおっ、あ、ああもちろんですよ! あの寡黙でモノ作る以外興味なさそうなドワーフ自らが、皆叫びまくってて」
「ふむ……なら本当ですね。彼らの目は誤魔化せません、偽物は素材の魔力ですぐにばれますから」
ケイティさんは、ヴィンスの方を振り返り頷く。
「素材に限りがあるでしょうから、必ず手にいれましょう。ファイアドラゴンの素材を使った鎧なら、火炎耐性があります。どんなに最上位の装備を手に入れようとも、その鎧が装備の選択肢から外れる日は来ないでしょうね」
「そりゃすげえ、絶対手に入れないとな。しかし予算が……」
……うーん、確かにその装備、話を聞くだけでとても買えそうにないよね。
「でしたら選択肢は一つ」
そしてケイティさんは、ヴィンスに身体を密着させるように正面からひっついた。
「手に入るまで稼ぎましょう!」
ヴィンスはケイティさんにじっと見られつつも、その視線はケイティさんと合っていなかった。
……さすがにあれは断れるとは思えないね。
ナチュラルパーティークラッシャーのケイティさん、自分の武器をよく理解していらっしゃる。
やっぱりナチュラルではなく意図的なのでは?
まあそれはそれとして、私もお金だけじゃなくて、レベルを稼いでおかないとと思っていたところだ。
昨日の分を取り返しに、頑張りますかね!
ダンジョンに連日入ることはあまりない。
一応疲れとかはないと思うし、今までそんなことを感じることはなかったから、大丈夫だろう。
すぐに中層の方に到着して、魔物の討伐と探索を開始する。
ブラッドタウロスの攻撃を防ぎながら、後ろのみんなに攻撃を任せるという形だ。
そしてチャンスがあれば、私も反撃をする。もちろんレベルはなかなか上がらないけど、それでも大切な私の役目だ。
しっかり頑張らなくちゃ。
途中、交差路で二体のブラッドタウロスが現れた。
片方は私の方、片方はヴィンスへ。
そこで、ケイティさんの叫び声が聞こえてきた。
「エミーさん! ヴィンスさんを庇ってみてください!」
「え? えっ、はい!」
ケイティさんが私の正面にいた魔物を、土と水の魔法を駆使して怯ませた。
そのうちに私は、ヴィンスの正面に回って盾を構える。
「そう! もっと密着して!」
「へっ!? え、ええと……!」
それって、かえってヴィンスが危なくない?
指示は意味不明だったけど、とりあえず謎の頭脳であるケイティさんの指示だ。やるだけやってみよう。
私は盾でタウロスの攻撃を受ける。
大きな音が鳴って、棍棒の衝撃が腕に伝わる。
……うん、普通。
まあそりゃそうだけど、普通の防御でしたね。
「……まだ?」
なんだか変な声を聞きながらも、ジャネットが私に回復魔法をかけて、続けざまにヴィンスが攻撃魔法を叩き込む。
そして一番近かった方の魔物は倒れたので、すぐにヴィンスと離れる。
私とヴィンスは目を合わせながらお互いに首を傾げた。
「別に普通だったよね?」
「……そりゃまあな」
なんだかまたじろじろ見られている気がするので、私はヴィンスに手短なやり取りを済ませると、ケイティさんの前へと走った。
上手く中層の足場を隆起させながら、前に来るのを防いでいる。近づいたら顔目がけて火を放つ。
本当にレベル以上に戦い方が上手い。
「入ります!」
「あっ、はい。助かります」
そしてすぐに、残りの魔物も討伐完了したのだった。
ケイティさんは私をちらりと見た後にヴィンスをじっと見て、口が動いていると分からないぐらいの小声で呟く。
「——足りない? まだ? でも必ず……ないなんてことはない。いつか、そのうち……絶対…………」
……まただ。
まだケイティさんが、よくわからないことを喋っている。
ジャネットの方を向くけど、運悪く遠くに居る。
ううっ、こういうときに頼りにしたいのになあ。
とにもかくにも、この日の探索も無事に終わった。
夕食もたくさん肉を食べて、宿に戻り就寝時間となった。
今日はケイティさん、特におかしな動きはなくぐっすり眠っている。
私はその姿をじーっと見ると、自分もベッドに……入ろうとしたところで、後ろから声がかかる。
「……エミー」
振り向くと、朝と同じようにジャネットがこちらを見ていた。
ぼんやりとした目……のようで、どこか意志を感じる目。
「こっちに来て」
私はジャネットに誘われるまま、宿の誰もいない場所まで来た。
そこでジャネットは振り返り、私の方をじーっと見て口を開く。
「何か、あった?」
「……!」
——ああ。
ほんと、この子にはかなわないや。
ジャネットは私がおかしいこと、とっくに気付いていたんだね。
さすが頭脳面では幼なじみ四人組で一番だった子。
……今、一番信頼できる相手。
そして、そのことを話す絶好の機会。
部屋はまだドアが開いていない。どこかで起きて聞いている気配はなさそうだ。
私は、意を決してジャネットに報告した。
「あのね、ケイティさんのことなんだけど——」






