内面の焦燥は隠しきれない時ほど大きいもの
ヴィクトリアとカジノに入るのも、思えば久しぶりになるだろうか。
というのも彼女とエミーは、何故かルーレットを見ると目を回してしまうというのだ。
ちなみにイヴも、あまりルーレットの動きを見るのは好きではないらしい。
シビラやジャネットにも聞いてみたが、乗り物酔いにもならないタイプだし、動体視力がいいことが影響しているのかもしれないとのこと。
ただ、目が良ければ酔うというのもおかしいと言っていた。
何だろうな……ちなみにマーデリンは何ともない。
俺と同じで『数字も玉もほとんど見えない』と言っていた。
そりゃそうだよなあ。
とまあ、そんなわけで。
結果的に俺達がここに来るのは、半月振りとなる。
「お? 今日はメンツが違うんだな」
「たまには交代しないとと思ってな」
「そうか……悪くなさそうだな。主がどう判断するかは分からないが」
包帯の中の目が俺とシビラを見て、ヴィクトリアで止まる。
昼は剣闘士として戦いながら、夜はカジノの裏でバウンサーとして待機するディアナともすっかり顔馴染みとなった。
「今日は、エーベルハルトに用事がある。元々臨時だしな、交代させてもらうつもりだ」
「事後かい? 結構豪胆な【神官】サマだねあんた。いやむしろ、教会の人間だと皆そんなもんか」
帝国にいる教会の【神官】は、今の俺の態度と同じぐらいなのか?
俺はもう今更だが、この態度で貴族に絡んでも許されるとなると、帝国の教会の権力は強そうだな。
「まあ怒られやしねえと思うが、一応話しときな。あの二人の評判は良かったからさ」
察するに余りあるな。集客効果は高かっただろう。
ジャネットとマーデリンを、エミーの方へ向かわせたのには理由がある。
ダンジョン探索を行わないにしても、そこそこ絡まれるトラブルがあるため回復術士が必要になってくるだろう。
帝国では【神官】そのものが少ない上、ポーションの価格も妙に高かったからな。
ディアナを見れば、それぐらいのことは分かる。
「いずれはこの地を離れるからな。その辺りも含めて、交渉させてもらうとしよう」
ディアナとの話を切り上げ、シビラとヴィクトリアを連れてエーベルハルトの部屋の扉を叩いた。
久々に入った部屋には、何やら見慣れない金色の像がある。
よく見ると、エーベルハルトに似ているな……?
「おや、君達は久しぶりだね。……もしかして今日は、三人は来ていないのかい?」
「そうだな。三人はここで働いて半月になるし、今日は交代してもらった」
俺の言葉に、エーベルハルトは渋い顔をして不満を露わにした。
「そういうことを勝手にされると困るんだがね……」
「元々ここで働いているわけではないからな。リーダーではあるが、元々『回復術士』として頼まれて来ている身だ」
いくつかの情報は伏せて話をする。
「む……教会側の者だったか。そう言われると強くは出づらいな。しかし、特にマーデリンは本当に採用したいぐらい評判が良かった。今日は週末、一人でも対応者を増やしたかったところだが……」
そりゃまあマーデリンは天界の上級天使であり元店員だからな。見た目も中身もスタッフ向きだ。
トレイを持って機敏にも動けるので、スタッフとしては完成形の一つだ。
腕を組んで唸るカジノのオーナーは、眉間を揉みながら溜息を吐く。
その様子に、いきなり楽しげに飛び込んできたヤツがいた。
「二人の穴を埋めればいいのなら、この宇宙一可愛いシビラちゃんがいるわ!」
「お……おお……! シビラ殿! あなたがフロアの担当になって下さったら、二人の分をカバーして余りある! 是非!」
「とびっきり可愛いのを要求するわ、オーナー!」
口を挟む前に、トントン拍子で話が済んでしまった。
こいつ、着たいだけだったとかないよな。
シビラなら二人のバニーガール姿を見てそう考えることも十二分に有り得るのが頭の痛いところだ……。
「あ、こっちのヴィクトリアはナシよ。一児の母だし、娘も自我に芽生えた年齢だし。ちょっとあの姿で人前に出すのはね」
「ふむ……なるほど、シビラ殿がそう仰るのなら従いましょう」
そうこう言っているうちに話は進み、俺とヴィクトリアはディーラーと同じタイプの服で担当することになった。
まあ、変な服でないのなら構わないが……。
次いで、ヴィクトリアが声を上げた。
「……エーベルハルト様、少しお話ししてもよろしいでしょうか」
「もちろん構わないよ」
「主となる質問の前にもう一つ聞きたいことがあるのですが、その像は何でしょうか」
「ああ、これかね」
エーベルハルトは金の像の前に立ち、満足気にその顔を眺めて頷く。
「オーナーとなって十年になる記念に作られた私の像だ。特に私の代になってから発展が凄まじく、人気も天井知らず。それを記念して、この像をホールの中央に飾らせてもらうのだよ」
「十年……の、記念ですか」
ヴィクトリアはその年数を確かめるように、幾度か頷く。
シビラが僅かにヴィクトリアの姿を見て、視線を戻した。
……ふむ。
「質問は他にもあるのだね? 答えられることなら聞かせてくれたまえ」
「はい。では……エーベルハルト様はこのカジノのオーナーになる前は、何をしていらっしゃいましたか?」
ヴィクトリアからの質問に、それまで楽しげに笑っていたエーベルハルトは表情を消して振り向く。
その相貌は何の感情も表していないが、双眸からは明確に警戒心が浮かんでいた。
「……別の、事業だよ。ヴィクトリア殿は、何か起業にでも興味がおありかな?」
「いえ。ただ、このカジノは帝都の一等地にあります。十年前に建設したわけでなく、大分前からありますよね」
帝都出身者の剣闘士である彼女は、そんな言い回しをしなくとも知っているはずだ。
だがヴィクトリアは、そのことには触れずに質問を重ねる。
「――以前のオーナーからは、どのような経緯で譲られたのかと思いまして」
静かに、しかし核心に迫るような質問。
表情の読めない視線に刺され、カジノの成り上がりオーナーは静かに答えを吐き出す。
「オーナーから、元々経営に携わっていた私が後任に選ばれただけですよ」
「……」
ヴィクトリアは、その言葉に対して一切の反応を示さなかった。
代わりに、一歩。
大紫の剣士が伯爵へと踏み込んだ瞬間――シビラがその間に割って入った。
「ちょっとー! そろそろカジノ開店しちゃうけど、世界一可愛いアタシ専用の服はー!?」
二人ははっとして、張り詰めた糸を遠慮なくブチブチ引きちぎる女に注目した。
「そ、そうだったな! 勿論、こういう時のためにとっておきの黒があります。ささ、こちらへ」
エーベルハルトはシビラを連れて、慌てたように出て行った。
残されたのは、広い部屋の中央で佇む俺とヴィクトリアのみ。
「……一体どうしたんだ? 今のは俺でもおかしいと思ったぞ」
「そう、ね。ごめんなさい、気が立っていたわ」
普段の飄々とトラブルに対処する姿に比べると、やはり余裕がないように見えるな。
ヴィクトリアは緊張を解いて、ソファに倒れるように腰掛けた。
「ここで話すのはどこに誰の耳があるか分からないから、また帰った時にみんなに話すわ」
「そうか……分かった」
それだけ伝えると、シビラが戻って来るまで互いに無言となった。
どのみち今夜には分かることだが、それでも現時点で分かることがある。
ヴィクトリアは、このカジノの秘密を何か握っていること。
彼女自身が、このカジノの関係者であること。
そして――その問題が、エーベルハルトに聞かれるとまずい内容であることだ。






