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自分が出来ること、求められていること、その結果が巡ってくること

 シビラの『戻る』宣言により、本日の探索はここまでとなった。


 帰りは経験値稼ぎに他の近接武器を持ったリビングアーマーなどを倒しながら、シビラに先導される通りにダンジョンを虱潰しに動く。

 ボス直前の騎馬兵リビングアーマーより厄介な魔物は、さすがに現れなかった。

 そしてシビラが『第二層の全ての探索を完了したわ』と告げたと同時に、目の前に第一層への階段が現れる。

 ……本当に第二層を丸暗記してしまったらしい。分かってはいたが、記憶力が半端ではない。

 訓練してどうにかなるのか? 羨ましい能力だ。


 思えばエミーは落とし物が多かったが、意外にもジャネットはよく迷子になっていたような記憶がある。

 あれは不思議だったのだが、いろんな人を見てきたジェマ婆さんはこう言っていた。


『頭のいい女の人は、同時にいろんなことをやったり考えたりできる。だけど頭が良すぎると、思考の糸が絡まっちまうみたいに、道を覚えられないって人が多かったさね』


 その『糸が絡まる』という表現がすっと入って理解できたことを覚えている。

 ……まあジャネットは、迷子から探し出してもいつもマイペースだったけどな。

 特に不安にしている様子もなく、探し出した後もこちらに淡々と歩いてきていた。

 昔から大人びているというか、肝の据わったヤツだ。


 ジャネットは常に、皆に一目置かれていたように思う。


 それを考えると、迷子にならないシビラは頭が悪い……なんてことはあるまい。

 こいつが特別なんだろう。

 頭脳面では完璧。ただし時々ぽんこつ。時々じゃないな。


「……何か失礼なことを考えてるわね?」


「勘が鋭いのはいいことだが、失礼なことを言われたくて聞いてるわけじゃないよな?」


「もうそれ考えてたって言ってるも同然じゃない!?」


 やいのやいのと言い合いながらも、俺達は第一層までの階段を上り始めた。




 この階段を上りきったら、第一層。黒ゴブリンばかりのダンジョンだ。

 後は大丈夫だろう。


「——とか思ってないでしょうね」


「また藪から棒だな」


「防御魔法、減衰してるから一応つけときなさい」


 ……こいつがこう言うときは、必ず何か考えがある。


「……分かった。《ウィンドバリア》」

(《ウィンドバリア》)


 自らを覆う不可視の膜が濃くなったことを確認し、シビラと共に上る。


 そして上った先で…………特に何もなかった。


「何もなかったわね。一応『階段を上ったと同時に猛毒の矢の雨が来る』とか考えてたけど」


「恐ろしいことを考えるな……慎重すぎるというか」


「慎重すぎってほどではないわ。軽装鎧の準備も、退路を防ぐ魔法も、最大限思いついたことは全部やっておく。だって——」


 シビラは、俺が行きがけに倒した黒ゴブリンの矢を踏み折りながら呟いた。


「——それでやられた宵闇の魔卿、過去にいたからね」




 ダンジョンから出た俺達を迎えたのは、明るい夕日。

 太陽の光が肌にかかり、その温かさを伝えてくる。


「ん〜っ……! やっぱり晴れてるって最高ね! 太陽ってヤツはほんと、人間になくてはならないもんだと思うわ」


「……宵闇の女神がそれでいいのか?」


「宵闇って別に暗いって意味じゃないわよ。太陽が落ちて月が昇る前。別に太陽が嫌いってわけじゃないわ」


「それは初めて知ったな……」


 そうか、だとすると……。


「……昨日皆で肉を食べた時ぐらいが、宵闇か」


「そーそー。アタシが一番神々しくなっちゃう時間ね。誓約した信徒があんただけだからまだまだ力は弱いけど、それでもあんたの能力自体が凄かったから、神格みたいなものは既に備わってるのよ」


 そういえば、【宵闇の魔卿】になった直後にシビラの羽が濃くなっていたな。


「その羽、はっきりと顕現するにはどれぐらいの誓約が必要なんだ?」


「たくさんの信者……と言いたいところだけどあまりおおっぴらにするわけにもいかないから、そうね……ラセルぐらいの能力なら五人ぐらいあればギリいけるけど、正直歴代の聖女を引っ張ってきても、あんたほどの力は得られないわね」


「自分のことなのに、あまり現実感がないな……」


「……そうね、ラセルにはその辺りを教えておくわ。歩きながら話すわね」


 シビラから、俺の魔力に対しての考え方みたいなモノを教えられるらしい。

 真面目な顔だ。

 こういう時はしっかり聞いて身につけないとな。


「まずは、能力の高さが絶対。その上で『頑張って優秀になった魔力』と『頑張らなくて優秀である魔力』だったら、基本的に同じ魔力でも後者の方が才能があると感じるわよね」


「……非常に残酷な表現だが……」


「そうね、遠慮なく言うわ。あんたのことよ。……重要なのは、こういう場合に人って前者を使いたがってしまう場合よ」


「前者を使いたがる……?」


「魔力のところを筋力とか、剣術にしてみなさい」


 剣術なら分かる。

 そりゃあ、誰だって自分の鍛錬の末に得た能力を振るうのは嬉しいだろう。

 基本的に『頑張って得た力』は、長い期間がかかっているからな。


「でも、頑張らなくて得た力の方が、他者に求められている場合の方が多いのよ。これを言い換えると『問題解決に対して、必死に頑張ってギリギリ解決する』と『問題解決を、何の苦労もなく余裕で解決する』よ」


 ……ああ、なんとなく分かった。

 頑張って解決できたとしても、ギリギリなら能力に余裕がない、つまり足りていないのだ。


「自分に求められている力というものを、人は意識できない。簡単にできることを、誰でもできると思ってしまう。多分【勇者】ヴィンスは、回復魔法が後から使えるようになって、余計に先に覚えた攻撃用の魔法を誰でも使えるものに感じてしまったんでしょうね」


「……そこを抉ってくるか……」


「ええ。だからあんたもこれは反省。キュアって魔法を誰でも簡単に使える魔法だと思ってたでしょ」


 ……確かにシビラの言ったとおりだ。


 キュアは何もかも治療できる最上位の治療魔法。

 全く知らなかったし、知ろうともしなかった。自分が早い段階で出来てしまったから。


「こういう皆を俯瞰して見るのを、『神の視点』って言うけど……まあ実際女神だけどさアタシ。その視点からすると、次に強い魔物が出るのにとか、次に覚える魔法がこれなのにとか知ってるから『こいつらバッカでー!』って思っちゃうけど……当事者からすれば分からないのよね。だって」


 シビラは俺の方を見ながら正面に回った。


「人はね、『自分が簡単に出来ることが、他の人は出来ない』って当たり前の現象が、当事者だけ分かりにくいようになってるのよ。だから——」


 彼女はその場で立ち止まり、真剣な表情で俺と目を合わせる。


「——それが原因で失敗した人を、アタシは沢山見てきた」


 …………。

 そう、か……。

 俺は当たり前のように魔法を使っていたが、もっと『普通の人は魔力が枯渇する』という現象があることをしっかり認識した方がいいんだな。


 確かに剣は、鍛錬した。

 しかし、他の高いレベルで体格が遙かにいい剣士などには到底及ばないだろう。

 軽々しく特大剣を持つその人を剣士として羨ましく思っても、相手にしてみれば魔力の枯渇がない俺の方が卑怯とすら思うほどに上。


 俺だって、散々思ったじゃないか。

 戦う力が羨ましいと。

 きっとそれは……自分にないから羨ましかったのだろう、な。


 自分という存在の再認識と、それに伴う相手のこと……しっかり考えないとな。


「まあ、ちょっときつめに言っちゃったけど」


 シビラは再び進行方向に向かって身体の向きを変えた。

 銀髪を手でかきあげながら、夕日を見る。


「アタシも、『これぐらい分かって当然でしょ』って視点にならないように、いつも気をつけてるわ」


 そう自省するシビラにも、きっと今の俺と同じ気持ちになったことがあったのだろう。


「それに」


 そう続けたシビラは嬉しそうに、しかしどことなく悪戯っぽい表情でこちらを向きながら、村の北側方面を指差す。


「そんなアンタが『え、このぐらい簡単でしょ?』って無料サービスでチョーシこいたお陰で、救われた人もいるのよ。巡り巡って、あんたの力になってくれたわ」


 その方向には、見知った顔が荷物を背負いながら手を振ってきていた。




 俺達は、孤児院の中へと戻ってきていた。

 途中で合流をした、この荷物を運んだ目の前の女性に話しかける。


「……本当にこれを、全部背負って走ってきたんだよな?」


「届けた後は馬で帰ってきましたけど、武具が到着して村の門からは走ってきましたよ」


「……名前を聞いていなかったように思う」


「あらあらまあまあ! そうでしたね」


 俺の目の前にいる女性は、そう言って胸元からタグを出す。

 明らかに冒険者用のタグを取り出して……想像より大幅に凄い情報が出てきた。


『アドリア』——ヴィクトリア【剣士】レベル23。


「ブレンダがお世話になっております、母です」


「えっお姉さんつっよ!?」


 俺が突っ込む前に、シビラが突っ込んだ。

 そんなツッコミにも「まあまあお姉さんだなんて〜!」と、料理を出していたときのようにマイペースな反応をするブレンダ母ことヴィクトリア。

 ……この人こんなに凄い人だったのか。ほんわかした優しい母親って感じでありながら、これだけの荷物を持って、平気なわけだ。


 というか、もしかしなくても夜のうちに馬で駆けて、朝に帰ってきて孤児院に来ていたのか。凄まじい体力だな……。

 シビラとはその時にやり取りしたのだろう。


「黒ゴブリンには油断して攻撃を受けちゃったけど、それなりに頑張れるんですよ」


「何故今は畑を?」


「ちょっと疲れて引退ですね。まあまあそれより」


 と、ヴィクトリアは自分の話を切り上げて荷物をほどいていった。

 そこに現れるは、確かに記憶にある赤い色。

 鎧以外のものもいくつかあるな。


「ドワーフさん素材を見たら張り切っちゃってましたし、まずは一つ作ってくれたみたいですね。どうぞ」


 確かに昨日の夜に馬車が出て、今日にはもう届いてるって異常だよな。

 ドワーフという種族がいかに特別な能力を持っているかを実感する。


「ほら、それよ」


「ん?」


「アタシから見ても今回はマジ凄い製作速度だけど、ドワーフは『このぐらいの速度で武具を作り上げるぐらい余裕じゃろ、誰でもできるわい』って感覚よ」


「……なるほど……」


 先程言われたことに納得しながら、ローブを脱いでインナーの上から鎧を着る。


「伸縮性もありつつ軽く、動きやすくなってるらしいわよ」


「……確かに、全く邪魔にならない上に軽い。凄いなこれは」


 シビラが軽装鎧を拳で叩く。


「こんなの生まれつき身体に装備してるんだから、そりゃドラゴン様にとっちゃ人間との戦いなんて余裕よ、やってらんないわよねー」


 全くだな……普通の剣では歯が立たないわけだ。

 生まれつきこの全身鎧を着ているようなものなのだから、余裕が全然違うよな。


「さて、どう? いけそう?」


「ああ。シビラ、入念な準備、感謝する。これなら——」


 ……下層のフロアボス。

 どんなヤツが相手かは分からないが、これほどの準備なら……。


「——試してみる価値、あるな」


 俺は新しい装備の感触に満足しながら、あの大扉への挑戦に拳を握りしめた。

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