経験が無くとも、予測できる結果がある
その場所は、異質だった。
娯楽であるにも拘わらず、セントゴダートの王城を凌ぐほどの高い天井。
視界を埋め尽くす人数と、その後ろに広がる黄金の輝きをした内装。
特に派手なファンファーレや拍手が頻繁に巻き起こる様は、今日が何らかの祭典であるのではないかと錯覚するほどである。
だが、違う。
普段から、帝国のカジノはこのレベルなのだ。
「わあ……! すごい! めっちゃ派手!」
「人間の娯楽を突き詰めた場所、こんなに凄いなんて……!」
エミーが興味津々に飛び跳ねながら、人垣を上から覗き込む。
ちなみにエミーの脚力は半端ないので、他の男の頭上ぐらいなら楽々越えている。当然のように、滅茶苦茶目立つ。
あと上級天使、今の台詞は大丈夫なのか?
「マジすかこれ、金は使わないって心に決めても、ふらふら寄って行っちゃいそうすね……」
警戒心の強いイヴですら、ジャラジャラと音を立ててコインを積み上げるテーブルに吸い寄せられていた。
自制……まあ可能だろうが、一応気をつけて見ておくか。
逆に、ジャネットはというと。
「……音が混ざりすぎていてうるさい。複数の場所で、別々の音楽を鳴らすべきじゃない」
「あー分かるわー。どの台も、自分の遊戯を主張したいから、遠くだとギャンギャンピロロロジャババドーン! みたいな雑多な音になるのよね」
ジャネットの意見にシビラが答えたが、何だその意味不明な表現は……。
「案外近づくと、逆に気にならなくなるわよ。それじゃ早速、何か行ってみましょうか」
慣れた様子で近くのテーブルへと足を運ぶが、念のため確認しなければならない。
「まさか、賭けないよな?」
「賭けないと遊べないわよ?」
「……賭けないよな?」
多少なら俺もうるさく言わないが、何と言ってもこいつは大負けしたことを堂々と教えてくれたからな!
さすがにシビラもそのことは覚えているようで、俺以外の視線が集中したこともあり、気まずそうに目を逸らす。
「わ、分かってるって……金額はラセルに任せるわ。使っていない金額以上に賭けるような空売り状態にはならないから安心していいわよ」
「用語のわからなさはともかく、知らない金が使われる心配がないのならいいか」
ここまで来て、何も遊ばずうろうろしているというのも怪しいしな。
シビラとヴィクトリアから説明を受け、コインを買う。
この木材に色がついただけの疑似コインが、十枚で銀貨ひとつか。
かなり、高いな。
「百ぐらい買わないの?」
「買うわけねーだろ」
勝って稼ぐために使うのではない。
あくまで目的は別にある。
それに……イヴが言っていたことも気になるからな。
まずは、この机のポーカーから。
五枚のカードのうち、ある程度の絵が揃うといいというものらしい。
一枚を賭け、早速配ってもらうと……。
「まあ、幸先いいわね〜」
同じ数字の書かれたカードが、二種類。
一番下の役だが、当たった。ツーペアだ。
「じゃあこの四つをホールドね。最後の一つが一致するとフルハウスよ」
その言葉に従い、カードが配られたが……残念ながら外れだ。
「あの山札の中には、同じカード四種のうち二種類ずつしかない。うち二枚はここにあるから」
「なるほど、当たりにくいわけだ」
俺はパネルに表示されている、ツーペアの『×2』という表記を見て軽く溜息を吐く。
ところが、ここでカードを配った男から声がかかる。
「ダブルアップをしますか?」
どうやらそれは次出た数字が大きいか小さいかを当てるゲームのようで、当たれば倍に、外れればゼロになるというものらしい。
どうせ元々一枚だ、やってみるか。
「よし、いいだろう」
「分かりました。では——」
男が出した数字は、3。
「ビッグだ」
迷うことはないだろう。
出てきた数字は、9。勝ちだ。
「続けますか?」
「そうだな……続けてくれ」
一枚得したところでな。
「それにしてもお客様、実に美しい女性達を連れていらっしゃる。一枚など賭けずとも、それなりの地位におありなのでは?」
突然ディーラーから会話が挟まった。
これも作戦のうちなのだろうか。
「いや、そういうわけではない。冒険者が集まっていたら、たまたまこうなっただけでな」
「ふふっ、そういうことにしておきましょう」
完全に誤解されているな……。
とはいえ、こっちの女神と上級天使は間違いなく人の美から一歩上に踏み込んだ容姿だ。
目立つのは仕方ないだろう。
「ああ、そういえば」
ふと何かを思い出したように、ディーラーがカードの束を切りながら視線を彷徨わせる。
「お客さんほどの人数ではありませんが、見ない顔の男性が美女を連れていたのを見ましたね。ダブルアップをせず、すぐに別のテーブルに行きましたが」
……何だと?
「それは、もしかして赤い髪ではないか?」
「おや、お知り合いですか。ということは……いえ、詮索はやめましょう」
俺が国外からの客人だということが漏れただろうな。
だが、構わない。
そんなことよりも、重要な情報が得られた。
シビラ達の方を見ると、あちらも真剣な顔で頷いている。
あの剣闘士ディアナが一切存在を感知できなかった『愛の女神』が、この場では普通に出てきていた。
ヴィンス、お前はこのテーブルに座ったのか。
自分の意思というものが、今も残っているのか?
ケイティは何故、ヴィンスをここに座らせた?
そんな思考を遮るように、カードが目の前に流れてくる。
伏せられたカードの裏面には汚れ一つなく、どこで使われたかの痕跡が見えない。
……どうせなくなっても惜しくないコインだ。考えるまでもないだろう。
ここに確実に『居た』という情報を得られただけでも、大きな収穫だ。
後は早めに切り上げるとするか。
ところが。
「続けますか?」
今、俺の右手側の近くには、合計64枚のコインが載っていた。
六連勝である。
テーブルの上の文字は、Q。12換算であり、これより大きい数字はKの13。
もしくはAとジョーカーのみ。
「続けてくれ」
これに当たれば、銀貨の十分の一だったコインが、一気に銀貨百枚分にまで跳ね上がる。
シビラは言うまでもなくエミーも盛り上がってるし、あれだけ警戒していたイヴも目を輝かせてテーブルに乗り出している。
マーデリンは、「ラセルさんが言ったカードが出るんですね」と見当違いなことを言っていた。
やっぱり大分ズレてるぞ、この天然天使。
「それでは」
ディーラーが慣れた手つきで、札の山を混ぜ合わせていく。
その手つきは洗練されており、中心をくり抜いたカードが上に、更にそこから中心部分をくり抜いて上に……と混ざっていく。
最後、二つに分けた札の束を撓ませて、綺麗にカードが交互に入っていき、完全に交互に混ざる。
そのカードの束を更に二つに分け、片方から一枚俺の方に投げた。
ビッグか、スモールか。考えるまでもない——。
「あれ?」
そう思っていたが、意外な人物からの小さな呟きを耳にして、喉から出かかった声が止まった。
俺がエミーの方を見ると、エミーは自分の口に手を当て「しまった」という表情をしつつ、俺の耳元で小さく囁いた。
「あの人、さっき……」
突如もたらされた情報を理解した瞬間、俺の頭の中で警告音が鳴った。
一連の動作を、頭の中で再現する。
するとようやく、このカードがどういう状態になっていたかを把握できた。
シビラが宿で見せた手品を思い出す。
そうか、これは——。
「——ビッグだ」
俺の言葉にディーラーが目を見開く。
やはりだ、こいつは配ったカードを分かっている。
「……お間違えないですか?」
「ああ。ビッグだ、大きいカードが来る」
そう言い、俺は相手ではなく自分の指でカードをめくる。
その中身は、ジョーカー。
「運が良かったようだな。これで切り上げるから、コインを貰うぞ」
「……ええ、もちろんです」
コインを受け取り、合計枚数が三桁になったことで百枚分を色違いのコインに変更された。
「あんたやるじゃない!」
「ぐっ、叩くな……!」
背中を思いっきり平手で叩いてくるギャンブル駄女神は、それはもう随分と楽しそうだった。
「それにしても、最後のはアレよく分かったわね」
「エミーが言ったんだよ、『あの束から何故か一番下のカードを出した』ってな。それで分かった」
中心から抜いて、上に載せる。
カードを交互に重ねたのも、どちらが先かを調整することは簡単だろう。
その動作を自分でやってみれば、何が起こったかようやく分かる。
つまり、一番下のカードは一度も動いていない。
タネが分かればシンプルだ。
最大の壁は、あの見事な手さばきだろう。
一番下のカードをどのタイミングで切ってくるかが分からないので、違うカードを配った瞬間が分かるエミーがいなければ見抜くのはほぼ不可能だ。
「ある意味、エミーの動体視力の勝利だ」
「あっ、ジャネットが言ってたやつだ。どうたいしりょく! えっと……ラセルの料理がおいしかったやつ」
「全然違う」
アドリアの孤児院で話していた、という部分以外何一つ一致してないぞ。
本当に動体視力は抜群にいいんだが……やれやれ。
一方。
「これは、楽しくなってきたわね!」
いつになく顔を紅潮させて一人盛り上がるシビラを見て、強く思う。
「勝って勝って、勝ちまくるわよー!」
最初に負けておいた方が良かったかもしれないな、と。






