体験する前に知識を得ることは大事
ヴィクトリアの先導のもと帝都を歩き、程なくして到着したのは巨大な建物。
「まだあって良かったわ~」
どうやら宿のようで、ヴィクトリアが以前滞在していた時にもあった場所のようで、それを記憶していたとのことだ。
「では、ここを拠点にするか」
「オッケー、それじゃ部屋はアタシが払うわね」
ひらひらと手を振って、シビラは受付の女性へと赴く。
事務的な対応だった受付も、シビラが二階の最奥にある一番大きい部屋を指定すると急に態度を変えた。
……割とこういう時は思い切りのいい払い方をするんだよな。
「主にラセルはアタシに感謝なさい」
「あのワインは高かった」
何故お前に奢った俺だけが感謝を催促されているんだ……。
「帝国でも奢る権利をあげるわよ!」
ま、そういう返しになるよな、お前は。
資金は未だ潤沢とはいえ、あまり後先考えずに浪費したくはないな。
「ほんとお二人、仲いっすね」
「どこがだよ」
俺は突っ込むものの、皆イヴの方にだけ同意していた。何故なんだ……。
「さて、方針といきましょうか」
「任務は二つ。ケイティと、エマの用事だな」
バート帝国で見失った、ギルドマスターお抱えの帝国にいる上級天使の斥候。
ケイティの調査を任せていたその女から、完全に連絡が途絶えてしまったとのことだ。
……あの女の特性を考えると、嫌な予感しかない。
「それではまず方針として」
「ギルドに聞き込みにでも行くか」
「バーでたらふく食べて吞んで、明日はカジノに一日中入り浸――きゃん!」
久々に、ストレートにチョップが出た。
もうなんつーか、お前この期に及んでそれかよ!
いや、お前のことだから絶対に行くだろうと思っていたけどな!
何と言っても、やはりお前はシビラだからな!
「来て早々宿から追い出されかねないだろうが、マジでやめろ」
「いてて……いやさすがにアタシも全額使う気はないわよ。それは反省してる」
「本音は?」
「向こう二十年はこの部屋で豪勢な生活を送れるだけの金はマジで狙えるわよ!」
この流れでこう言う場合、普通は冗談で茶化しながら言ってると判断するところだが、今ここにいるのは既破産女神だからな。
「ラセルも興味が出てきたんじゃな~い?」
「いや全く。足ることを知れば、今を過剰に焦るつもりはない」
「ちぇーっ、そういやあんたって聖者だったわねー。ところでイヴちゃんはどう?」
「めちゃ興味あるっす」
うわこいつ金に目がなさそうなのを狙いやがった!
――と思ったのだが。
「でもぶっちゃけ、最終的には負けるからカジノって儲かるんすよね。なら黒字が一回でも出た時点で引き上げるし、赤字でも一回で引き上げ。後は観客にでもなるっす」
イヴは、最高にしたたかなヤツだった。
恐らく場数以外なら、こういう勘は俺達の中で最も鋭いだろう。
ジャネットがこちらに視線を向ける。
アイコンタクトで『彼女、いいね』と言っているのだろう。
俺は頷いて肯定を返した。
無論、そんなイヴはシビラを始めとしてヴィクトリアも感心していた。
「凄いわね……カジノ経験前からそこまで見抜くなんて」
「そういやヴィクトリアさんはここの人なんすね。やっぱ入ったことあるんで?」
「そうね~。一度入ったけど、ルーレットを見ていて何だか酔っちゃったというか、変な気分になって出ちゃったわ」
「ありゃ」
ルーレット、か。
どういうものかは分からないが、ヴィクトリアでもそういうことがあるんだな。
「じゃあここでは、シビラさんだけが経験者っすね」
「そういうこと! アタシの華麗なプレイに酔いしれるといいわ!」
「ちなみに皆にも伝えるが、以前スった金を立て替えてもらったとか言ってたからなこいつ」
全員の表情が、一気に疑わしいものに変化した。
本気でしまったという表情を見せるシビラの姿に、俺も溜飲が下がるというものだ。
「うう、さすがにアタシももう簡単に騙されて負けたりはしないわよ」
「どうだか」
調子に乗る時は、とことん女神らしくない調子の乗り方するのがこいつだからな。
俺は呆れるばかりだったが、ここでジャネットが身を乗り出した。
「ん? シビラさんは『騙されて負けた』のですか? 運が悪かったからではなく?」
その言い方の違いは、ほんの小さな違和感だった。
ジャネットの疑問に対し、シビラはきょとんとジャネットを見て……そのまま口角をぐいっと上げた。
「いいわね、その気付き。やっぱりジャネットちゃんは頭脳面格別だわ」
「ということは、僕が思うにシビラさんは負けたのではなく」
「まさか、ウソの結果で出し抜かれたんすか!?」
シビラのことを信頼しているであろうイヴが驚き、マーデリンは同じぐらい驚き絶句している。
当の本人は……何故か、小さなボールを右手に持って見せてきた。
「このボール、右手と左手どちらにあるでしょう」
「馬鹿にしてるのか、右手だろうが」
「そうね」
唐突女神の唐突さは、本日新しい局面に到達した。
今のやり取りに、何の意味があるんだ……。
そんな俺の気も知らず、今度は手の甲をこちらに向けて、右手を上に、左手が下になるような位置にした。
次の瞬間、右手から真下の左手にボールが落ちるのが僅かに見えた。
皆からは見えただろうか。
シビラはそのまま両腕を垂直にした。
手の甲をこちらに向け、握り拳を上に向ける形だ。
「ボールはどちらの手かしら」
「左手だろ?」
「エミーちゃんは?」
「私も左手だと思います」
だよな。エミーの動体視力で今のが見えていないはずがないもんな。
「うんうん。ジャネットちゃんは?」
「……」
「じゃ、イヴちゃんはどうかしら?」
「……いや、答えるの怖いっすわ」
ところが、ジャネットとイヴは回答を避けた。
その理由を、俺はすぐに知ることとなる。
「正解は」
「右手ですよね」
シビラが答える前、唐突にヴィクトリアが言葉を挟み、悪戯女神が視線を向けてニヤリと微笑んだ。
この時点で、ようやくこいつが何かをしたなと気付いた。
シビラが腕を横に寝かせ、握り拳を開く。
ボールがあったのは――右手だった。
「えーっ!? うそだあ! 絶対見えたもん!」
エミーが大声で抗議し、ジャネットとイヴは首を捻る。……まあ俺も首を捻っているが。
皆の反応に対し、シビラは満足そうにニヤニヤ笑うのみ。
答えを知っているのは、この中で二名だろう。
「ヴィクトリア。あんたは何故分かったんだ?」
「分からないわよ~」
ところが、なんと答えは否定だった。
分からないのに、何故右手だと……?
「つまりね――」
最後に糸目で微笑む紫髪の母親は、いつもと変わらぬ雰囲気で淡々と言った。
「――バート帝国では、こういうことが珍しくないのよ」
それは何より、帝国出身者らしい言葉だった。






