良いパーティーというのはきっと、こういう関係を言うのだろう
新たにレビューを二件いただきました。
ありがとうございます、自分のペースで頑張ろうと思います。
歩く速度を上げていくと、ダンジョンの構造もよく分かるようになってきた。
「さっきから思うんだが、このダンジョンはそれなりに壁はでこぼことしているのに……縦と横だけというか、必ず十字路で四角く曲がるようになってるな」
「曲がり角も九十度……丸の四分の一ね。上の階に比べて頭の中でマッピングしやすいわ」
「しているのか?」
「当然。後ろに交差路七つ、左に交差路五つ進めば上の階段に戻れるわよ」
なんでシビラってぽんこつなのに、こういう記憶力と空間把握力は圧倒的に優れているんだろうな。ぽんこつなのに。
「……何か失礼なこと考えてないでしょうね」
「ぽんこつなのに頭いいなって思ってた」
「そこは誤魔化すところでしょ!?」
「最大限褒めてるつもりだぞ」
そんなやり取りをしながらも、次に現れた鎧を吹き飛ばしていく。
一体ずつだが、着実に敵を倒しているという実感があるな。
次は……別の個体だ。少しくすんだ銀色の鎧が槍を持っている。
三体いるな。広い空間でもさすがに三体並ぶと、窮屈に感じる。
しかし、動きにくいのなら好都合。
というか、こんなダンジョンみたいな天井のないところで槍なんて、明らかに出現場所を間違えたとしか言いようがないよな。
そして、この固まりっぷり。
俺の魔法の、格好の餌食だ。
「《ダークスフィア》」
(《ダークスフィア》)
手元から魔法を出して、相手の着弾まで確認する。
槍持ちの銀リビングアーマーたちは、当たったと同時に……一体が吹き飛んだ。
「ん? 一撃だったな」
「黒より銀の方が弱いわ。そして直撃したヤツだけ倒した。残り二体も鎧に大きな傷がついてる、ダメージを受けてるわ」
「なるほどな」
シビラと会話をしながらも、頭の中でダークスフィアを撃ち出している。これは喋る内容と頭の中を平行して考える練習でもある。
ちょっとコツはいるが、同時でなければ案外いけるもんだな。シビラの提案した二重詠唱の別技、今度実践してみるか。
そして当然、今の魔法は二重詠唱ではない無詠唱単体のものなので、先程より威力は落ちる。
それでも着弾したヤツが崩れ、最後の一体は随分と進行速度を落とした。そいつ目がけて無詠唱のダークアローを一度叩き込むと、銀の鎧は身体の関節が外れたようにバラバラになった。
「なるほど、これがダークスフィアの範囲攻撃か。破裂した黒い波だけじゃなくて、直撃そのものの威力が魅力だな」
「そ。ただし滅茶苦茶素早い相手とかには当たらないわ」
「分かった、そういう場合はダークジャベリンで——」
「と言いたいところだけど前言撤回」
「——ん?」
もっともらしい意見だなと思ったのに、急にその発言を撤回したシビラに眉根を寄せる。
そんな俺に、シビラも眉根を寄せながら頭を押さえた。
「……いや、ほんとあんたの魔力で出来る期待値、あまりにいろいろ思いつきすぎて呆れるのよ」
「勝手に期待して勝手に呆れるな……」
「……まあ気を取り直して。ダークアローを連発しまくってもそこまで早口で撃ちまくれないでしょう。そんな時にはこれ」
シビラが両手を前に出して、交互に前後運動する。
これは……恐らく魔法を撃っている動きのつもりなのだろうな。
「こんなふうに、相手に直接ではなくそこら中にダークスフィアをばら撒いて、相手の退路を断つ。素早い敵は防御力が低い、だから一撃入れて早い段階で足を遅くすることが肝心。逃げ場がなくなった敵には少しずつダメージが蓄積して、いずれ必ず倒せるわ。逃げ慣れてるヤツは逃げ場を失う攻撃に弱い」
……本当に、綺麗な顔してえげつないことを平気で言うおっかない女神だな……。
仮に俺が敵だったら無傷で切り抜ける隙がなさすぎて、本当に対策の立てようがないぞ。
「……なるほどな。分かった、少し練習しよう」
「これからも思いついたらいくらでも話すわ」
「遠慮なく言ってくれ」
俺はすぐに、両手を前に出して交互に魔法を撃つ練習を始める。
……くっ、結構難しいなこれは。
ダークアローで歩きながら練習しよう、どのみちこのダンジョンに別の冒険者が入ってくることはない。
っていうか第一層の黒ゴブリン帯を抜けられるベテランなら、第二層の床の色を見た時点で絶対引き返すもんな……。
何度かやっていると、少しいけそうな感覚を掴める。
魔法ではなく、『あー』とか『うー』の一文字を伸ばしながら交互に頭の中で無詠唱を試すように言葉を……
……。…………。
……………………。
「ふんっ!」
「きゃん!」
不意打ちチョップ。
「何すんのよ!」
「何って聞き返すお前に驚きだよ! お前から交互詠唱の話題を振っておいて、横から露骨に面白がって見るんじゃない!」
マジで無言のままそんな顔をしてこっち指差してたからなこいつ!
俺だって客観的に見て恥ずかしいことやってるのは分かってるんだよ!
これでも能力の発揮やダンジョン攻略には信頼を置いているシビラが言ったから、俺も恥を忍んでこうやって練習してるのにな!
この女には、デリカシーとかそういう概念が備わってないのか?
って、そんなものあるわけないよな。
だってシビラだもんな!
「んなこと言ってもさあ、ほんっと面白いんだもの!」
「ふんぬっ!」
「きゃいん!」
気持ち強めにチョップ。
頭を押さえながら「ぼ……ぼうりょくはんたい……」と絞り出すように呟いていたけど、よくそれだけ痛がっていてあんだけ言えるよな……。
シビラの提案した強化方法なのに、シビラのせいで身につかないとか本末転倒にもほどがあるぞ。
……シビラに腹立って練習できず、実力発揮できないまま死んだ先輩魔卿も結構いたんじゃないかと、俺は本気で思ってしまうのだった。
練習を始めて、数分か、それとも数十分か。
口の音と頭の音をずらして発動させるのは難しかったが、何度かコツを掴むと成功するようになった。
ダーク、という部分を頭の中で何度も数々の発音と平行するように練習する。
例えばジャベリンとだけ言って、頭の中ではダーク。口ではスフィアとだけ言って、頭の中ではダーク。
そして次は、口でダークだけを延々言い続ける。
その全てのパターンを、頭の中に丸暗記するように反復練習を行う。
シビラが首を傾げながら見ているけど、すぐに気がついたのか瞠目し、顎に手を乗せて真剣に頷いていた。
……俺が頭の中で何やってるかまで完全に把握してる顔だよな。
その真剣な顔だけ維持できていたら、俺もきっと相当いい女だなと思ったのかもしれないが……。
……まあ、それがダメだからシビラなんだよな。
これはこれで、気楽でいいけど。
最後の方は、もう両手からダークスフィアを交互に三連続で出せるまでになった。
悪くないな。
「いやーすごいわね。アタシが言い出したのもなんだけどさ、それよく出来るようになったわね? アタシじゃ無理だと思うわ」
「……信じられないぐらい無責任な後出し宣言を聞いて愕然としているんだが……。まさか、シビラは俺が出来ると思って話を振ったわけじゃないのか?」
「全然。勝手に工夫してやってくれたら、その手順をしっかり覚えておこうかなって思ったの。頭いいわねあんた」
頭がいいのはお前だよ!
くそっ、ほんとちゃっかりしてるなこいつ!
いつの間にか、俺の成長がシビラの成長のダシにされていたぞ!?
……とまあ交互詠唱の着想から実践まで散々に言いはしたが。
そういうところを除いたら、本当に恐ろしく発想力と知識の化け物だなと思う。
思えば回復術士として幼なじみの役に立てなかった俺ではあったが、もしもあの中にシビラがいたら、きっと俺は脱退していなかっただろうなと思う。不確定要素のヴィンスがどう出るかはわからないけど。
ただ、必要であることは説得力を以て証明してくれたと思う。
……当のシビラが、回復術士が抜けることを望んでいるヤツだということを除いたら、なので前提条件からダメなのは分かっては居るのだが……。
それでも、一人の俺にここまでの力を与えてくれたのだ。
実際、以前の勇者パーティーでは追い出されても仕方ないぐらい、女の背中に隠れた術士だったからな。
あれは、エミーが前に出したがらなかったのもあるが……俺が怪我するの、すごく嫌がったからなあいつ。
しかし、いつまでも助けてくれるだけというのが相棒ではないのだ。
本来の相棒というのは、きっとシビラのように、足りない部分を補ってくれるヤツのことを言うのだろう。
今の俺は、物凄い効率で強くなっていると実感する。
それが、闇魔法に限らない話だということも。
「……ん、何? じーっと見ちゃって……あ、マジで惚れちゃった系? んっふっふ〜」
「笑われたことを思い出してチョップしたくなっちゃった系だ」
「ごめんあのホントさっきのはマジで死ぬかと思ったのでやめて」
顔を青くするシビラの自業自得っぷりに溜息をつき、前を向く。
「シビラ」
「女の子に手を上げるとか信じられ……えっあっはい」
唐突に素に戻った返信が後頭部から来たところで、俺はシビラに顔が見られない位置で口角を上げる。
「また何か、強くなれそうなアイデアがあれば遠慮なく言ってくれ。モノにできるかは分からないが、全部試してみよう」
「……! ええ、わかったわ! 下層のフロアボスはどんなに強く見積もってもいい。アタシもぼーっと見てるだけじゃ悪いし、着実に勝てそうなぐらいの準備を考えるわよ!」
お前が考えるんだから、間違いなく最良の準備になるだろうな。
頼りにしてるぞ、相棒。
それから再び銀の鎧集団、単体で出てきた黒い鎧などを倒した。
もう何体か分からない頃。
—— 【宵闇の魔卿】レベル8 ——
「ん? 今上がったぞ。何も覚えなかったな」
「レベル8はそうね。10ででかいのがどどんと来るから、がんばりましょ」
「そうか……なかなか上げるのは大変だな」
「でもお陰様で、ちゃんと経験値が入ってることも確定した。【宵闇の魔卿】のレベルは本当に上がりにくいんだけど、もしかしたらリビングアーマーが遅い敵だから、下層でも想定より経験値低いのかもね」
言われてみると、確かに毒のナイフを持って飛びかかってくる黒ゴブリンに比べたら、驚くほど安全だもんな。
接近戦は、あの鎧の頑丈さと武器の大きさを見るに、とても挑めそうにないが……。
俺がレベルアップにかかった時間を悩んでいると、むしろシビラは嬉しそうな顔をしている。
そのことを質問すると、「当然でしょ」と返されてしまった。
「レベリングって、言ったとおり効率との戦いなんだけど……最後の最後に大切なことがあるのよ。何だと思う?」
「レベリングにおいて大切なこと、何だ……速度か?」
「違うわ。大切なのは『引き際』よ。もう少しでいける〜もう少しでいけるぞ〜と思って、疲労しているギリギリのところで速度がね、加速しちゃうの。そういうヤツは真っ先に魔物の集団部屋に首を突っ込んで、退路を断たれて命を落とすわ」
なんだか今までより、かなり実感が籠もっている。
恐らく、そういう経験で死なせてしまった宵闇の魔卿がいたのだろう……。
「……本当に……ギリギリが見えなくて、引き際が分からなくて、後悔したわ……」
「シビラ……」
「……帝都のカジノのポーカー……っきゃんっ!」
不意打ちチョップ。
最後の最後に台無しだよ! マジかよ!?
ほんっと……ほんとそういうところだぞお前!
「なんだか真面目に聞くのがだんだんバカバカしくなってきた……行くぞ!」
「ま、待って! もうふざけないから! ヒールして! ほんとたんこぶマジでメチャ痛い!」
「はぁ〜……仕方ないな、まったく。《エクストラヒール・リンク》!」
「うわ疲労も完璧回復。聖者のままにしておいて心から良かったと思えるわね……」
こんなタイミングで実感されても有り難みも何もないんだが……。
まあ、引き際のことは覚えておく。
ある意味何よりも実感が籠もっていたように感じるからな……。
それに、恐らくそろそろフロアボスのこともあるだろう。
ファイアドラゴンの件を除けば、自分から初めて一人でボスに挑むことになる。
負けるつもりはないが、油断はしない。
俺の魔力は……まだ余裕があるだろう。さすがに全く減ってないことはない感じだが、どの辺りが俺の底なんだろうな。
そのことを頭の片隅に考えながら、俺は次の鎧を狩りに向かった。






