天界の街並みを、地上を比べて
フィーの先導により、動く道へと足を乗せる。
ゆっくりと進む地面は奇妙な感覚で、何の振動もなく俺達を前へと移動させてくれる。
道を囲う手すりにもたれかかると、そちらも移動しているのが分かった。
「凄いな、これ」
エミーやジャネットも、驚きに声を上げていた。
速度はないが、これなら荷物を含めた移動に馬車すら不要だ。
俺は改めて、フィーの背中を観察する。
淡い茶髪をセミロングに伸ばした女性であり、一般的なメイド服を着た姿だ。
天界の者と言われても、正直俺から見て目の前の女性はただの人間にしか見えない。
「なあ、シビラ。先ほどの話から察するに、ここに人間が来たのは俺達が初、ということでいいのか?」
「そーね。三人が初めて天界に来た人間で合ってるわ」
だろうな。さっき俺達のことを『人間』と紹介したんだから。
それは、人間が珍しい者達への紹介に他ならないだろう。
「ま、察してると思うけどフィーは天使よ。マーデリンと同じね」
「マーデリンって、もしかしてリンに会ったのですか?」
シビラの言葉に真っ先に反応したのは、フィーだ。
愛称で呼んでいるということは、仲がいいのだろう。
「会ったというか一緒に過ごしているというか。今も人間界の王都で過ごしてるわよ。今日来なかったのも、残ることを希望したから」
「いいですねー、ワケありとは思いますが憧れます」
「ん? フィーは人間の街に憧れるのか?」
天界に戻って来ないことがいいことと言ったフィーに対し疑問が浮かび、自然と言葉に出た。
「そうですね。人間の方からすると分からないかもしれませんが、大地を踏みしめて日々変化する世界を生きるというのは、その毎日が楽しいものですよ」
「その言い振りからすると、天界には変化がないのか?」
「基本的には。天界には自然界自体がないですから、一度完成してしまえば見栄えというものがないんですよ」
その『完成』という単語に、つい先日シビラが話していた内容が頭をよぎる。
——完成されていない街。
シビラはセントゴダートを、そう称した。
完成されていないが故に、どんどん良くなっていく街だと。
天界の建物、街並みを見る。
天界独特の美しい街並みは完璧であり、理路整然としている建造物の配置と徹底した看板や地図の存在は、間違いなく便利だろう。
同時に、思うのだ。
あまりに風景が変わり映えしないと。
先ほどからずっと、動く地面の上に乗っている。
そのため、次から次へと違う建物が出てきているはずなのだが、その見分けがなかなかつかない。
大きさや形状は違うが、目指している方向性とでもいうのか……そういうものが同じなのだ。
改めて、セントゴダートの店を思い出す。
いかにも斬新で真新しい店や、古めかしくも伝統を感じる店。
楽しげな様子が分かる看板や、難解で初見では読めない看板。
大通りに面した店や、細い路地が似合う店など。
その全てが街を彩るものであり、どこかに自分の好みに一致した店があるだろうと思わせてくれるものだった。
「天界は、いい場所ですよ。不便がないですし。ただ、一旦こうなってしまうと、ここを地上のような『楽しい街』にするためには、今ある利便性のうちのどこかを削る必要が出てしまいます」
それは、そうだろうな。
この真っ直ぐ伸びた道に個性をつけると、当然ながら遠くの様子を見通すこともできなくなるし、道の移動もここだけ複雑化する。
だから、天界はもう変化できないのだ。
『完成』してしまったから。
シビラを初めとして、天界の者が未完成品の地上に憧れる理由が分かった気がする。
やがて、大きな建造物が現れたところで動く道が途切れた。
「中央管理局で手続きをするので、こちらでお待ちください」
フィーはそう言うと、建物の中へと入っていった。
俺達はその前で待っていると、シビラがふわりと羽を生やして浮き上がる。
「……」
街中を見て、溜息をつく。
そのまま静かに降り立った。
「何だ黙って、悪いものでも喰ったか?」
「あんたがアタシのことをどう思っているかはともかく、久々だから昔を思い出しちゃうのよね」
「久々なのは、やはり俺みたいなのを探していたからか」
「もう気が遠くなるぐらいの期間ね」
シビラの昔、か。
何か言葉を続けようと思ったが、ちょうどフィーが用事を終わらせてきたようだ。
「お待たせしました、こちらです」
その言葉とともに建物を素通りするよう案内され、更に動く道へと乗った。
中央管理局の向こう側も、似たような建物が続くのみであった。
◇
更に何度か動く道を乗り継ぎ、左に右にと曲がった先に、その建物はあった。
「ここに住んでるわけ? マジで?」
シビラが呆れ気味に、建物を見る。
そこは、天界の中でも奥の奥といった場所で、周りには他の建物すらなかった。
先ほどまでの建造物と比較しても、明らかに窓が少なく、それでいて建物自体も小さい。
「正直、『宵闇の女神』様が住まう建物にしては、あまりにも小さい場所だと思います。私の家よりも小さいですし」
「んー……こんなところに引っ越すなんて、思った以上に参っちゃってるのね。分かった、ちょいと話つけてくるわ」
「はい。よろしくお願いします」
それでは、と会釈をしたフィーを見送った。
「入るわよー!」
シビラが遠慮なくドアを開けて叫んだ。
続いて俺達も足を踏み入れる。
家の中は、家具も少なく部屋も小さいものだった。
「その声、もしかして……」
開け放たれた奥のドアから声がしたと思うと、ゆっくりとした足取りで、一人の女性が現れる。
銀の髪。
青い瞳。
そして……シビラとよく似た相貌。
「よっ、遊びに来たわ」
長い時間を留守にしていたとはとても思えないシビラの軽すぎる挨拶に、唖然とした顔で目を見開く女性。
シビラの姉、プリシラその人で間違いないだろう。






