遥か上空から人の世界を鳥瞰し、更に上空の天界へ
どんどんと空へ昇っていく、魔法陣と俺達。
不思議なことに、体は馬車に乗っている時のような違和感はない。
少し落ち着いてきたのか、周りの景色を意識する余裕も出てきた。
足元で小さくなっていく、俺達の世界。
世界最大と思われていたセントゴダートの城下町ですら、今は俺の手の平の中に収まるような大きさだ。
「これが、世界か……」
ふとジャネットが遠くを見ながら呟く。
セントゴダートの南側、ハモンド方面。アドリアの更にその南はセイリスだろう。
さすがにセイリスの街までは詳細に視認できないが、大体の場所は分かる。
何故なら、陸地の向こうに海が見えたからだ。
「広い……世界はこんなに広いんだ……」
「俺も驚いたよ、海の大きさにはな。とはいえ、本当に陸地より大きいとまでは信じられなかった」
「ここまで高い位置に来たら、さすがに信じるしかないね」
その言葉に頷く。
俺達人間が住む世界は、本当に小さなものだ。
どれだけ開拓しても、まだまだ陸地は平地や山ばかり。
それですら、海に比べたらとても小さい場所。
ふと左側、セントゴダートの東に位置する大規模な都市を見た。
まだ行っていない街だな。
「ああ、バートね」
「さっき話に出ていた、バート帝国か」
「そう」
シビラも視線をそちらに移し、皆で帝国領を見る。
セントゴダートとは違い、全体的に建物が黒っぽいというか、厳つい感じがする。
「なんか怖そう……」
エミーの何気ない呟きに、シビラは頷いて説明をする。
「怖い、というか厳しい場所ね。ハモンドからマデーラまでセントゴダート王国領なのだけど、バートから東は帝国の領土。交流がないわけじゃないけど、特別仲がいいわけでもないわ」
「いずれ行ってみる必要があるな」
「セントゴダートに比べるとあまり楽しい場所ではないわよ?」
「それでもだ」
先ほどの話を聞いてしまったからか、どうにも気になる。
俺達の出生の秘密がある、とは限らないどころか望みは薄いだろうが、知らずにいるよりはいい。
それが危険な旅であっても、だ。
それに。
「私も行ってみたい」
「僕も気になるな」
二人も同じだろう。
アドリアでは平和な日常で、皆が家族。
だから、自分の出生の秘密を考える機会がなかった。
それでも、確実にいるのだ。
自分を産んだ人。
——そして、自分を捨てた人。
気持ちが落ち着く前に、俺達を乗せた魔法陣は雲の中へと入っていく。
それに伴い足元にあった王国も帝国も、視界から消えた。
低い雲と高い雲の間の空間や、それらも全て足元になる上空まで来た。
最早上空には、雲など何一つない。
それどころか、普段見ている空よりも幾分か青が深く見える。
「……あれは?」
何もないはずの上空に、薄らと何らかのものが存在しているのが見えた。
俺の問いに、シビラはあっさりと答える。
「天界よ」
その返事を聞いているうちにも、見えづらかったものが明確に現れてきた。
何か、大きな天井のようなものが空全面に現れている。
近づけば近づくほど空の青が薄くなり、自分達の姿すら日光から遮られて見えづらくなっていく。
「これは、近づくほど現れるのか?」
「そういうこと。地上からじゃ絶対に見えないわ」
すっかり一面の黒い天板となった上空に、小さな光がぽつぽつ現れる。
光は次第に大きくなり、それが唯一の空いた場所であることに気付いたと同時に、俺達を乗せた魔法陣は減速しながら穴の中へと入る。
「これが、天界か……!」
目の前に広がるのは、凄まじく広い平坦な大地と、遠くに透明なガラスだけで出来た直方体の建物が見える。
ここに来て初めて、あの広い天板が『天界の地面』なのだと気がついた。
地面は精製された鉄のように滑らかで、それがタイル状にどこまでも続いている。
見ると、道となる地面側が勝手に動いているな。
仕組みは不明だが、最早馬車を用意するまでもなく待っているだけで目的地に辿り着けるというわけか。
「すっごいきれい! なんか、城下町とはまた違った感じ!」
「王都ほどの密集した熱気はなくとも、洗練されたデザインを感じる。凄い場所だ」
エミーとジャネットも、天界の光景に感嘆の声を上げた。
「久々に帰ってきたわねー、このいかにも無駄を削ぐこと以外考えられなくなっちゃった感じ! もうちょっと変なモノ建ててもいいと思うんだけど」
「相当変なモノが建ちそうなのでやめろ」
「アタシをエマと一緒にしないでくれない?」
エマはエマで大概だが、お前はお前で面白さ全力のモノ選びそうだからな。
そんな会話をしていると、遠くから動く地面に乗って一人の女性がやってきた。
「シビラ様! お久しぶりですね」
「よっ、フィー。宇宙一可愛いアタシが帰ってきたわよー」
「ふふっ、すっかり前向きになられて。ところで、そちらの方々は」
フィーと呼ばれたメイド服の女が、俺達に視線を移す。
「人間よ。シャーロットの案内でコレに乗ったわ」
シビラが靴を鳴らし、足元の魔法陣でできた透明の地面を叩く。
「まあ、遂にシャーロット様が! これは是非、案内しないといけないですね!」
「アタシとしても遊びたいところなんだけど、今日は用事があるの」
「用事、といいますと?」
シビラは一旦話を止め、一度深呼吸をしてからフィーに話す。
「姉に会いに来たわ」
フィーの方もそれで何か察したのか、それまでの明るい雰囲気を潜めて真剣な顔で頷いた。
「……分かりました。少し区画が変更されていますので、私が案内します」
どうやら、ただ姉に会うというだけではなく、込み入った事情がありそうだな。






