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女神の選択、皆の選択、そして俺の選択

 深い湖から浮き上がるように、目が覚める。

 今眠っていたのが一瞬だったのか、それとも長い夢を何年も見ていたのか。

 不思議な感覚のまま、自分がようやく現実に戻って来たことを認識した。


「今、のは……」


「私と貴方たちが見た内容は、正確に一致してはいないかもしれません。ですが、近いものを見た、ということだけはお伝えしておきます。……この選択肢は、あまりにも惜しい。そう思い、私はこれを意図的に外しました」


 俺から出た問いに、金髪の女王兼女神は答えた。

 さっきまで見ていた内容と、近いものを……か。


 寝起きに夢を覚えていることは少ないが、今の夢は正確に覚えている。


 【勇者】になった俺。

 俺を庇ったエミー。

 最後まで共にいたジャネット。


 あの日と同じ——だが決定的に違う、ヴィンスの言葉。


 自分達の生涯を、鳥瞰的に見下ろしていた。

 自分達なのに、どこか他人事に感じるほど違う人生。


「あれが、僕の末路か」


 隣にいたジャネットは、帽子を脱いで大きく息を吐いた。


「やりたいことと、得意なことは違う。分かってはいたつもりだったけど、現実を見せつけられたな……」


 アドリアの孤児院で聞いた、ジャネットの独白。

 それは俺にしか告げられていない、ジャネットの願望。


 【聖女】になりたかったジャネットの願望と、俺の存在。

 まるで、【勇者】になりたかった俺とヴィンスの関係そのものだった。


 自らが望んでいた女神の職業ジョブを得たからといって、その結果が理想通りになるとは限らない。

 それを見越して、『太陽の女神』は人類全員の職業を選んでいるのだろう。


 そこまで考えて、ふと気になった。


「なあ、シャーロット。あんたはこういうものを、今を生きている人間全員分見てきているのか?」


「はい。一人一人の内容が正確とも限りませんし、シビラが干渉してからのラセルさんも見えませんでした。ですが、大凡おおよそ知識として私一人で全員を把握しています」


 そうか、これを、人類の全員分か……。


 俺にとって、あの日の絶望と折り合いを付けるのは難しい。

 それほどまでに、十年以上付き合ってきた幼馴染みの役に立てなかったことは大きかった。


 こんな運命を強いる『太陽の女神』を信じる気にはならなかった。

 だが、俺がこうなると分かった上で、それでも俺を生かすことを優先して【聖者】にしたのか。


 その結果、俺に恨まれることになったとしても。

 その結果、自分の脚に自分でナイフを刺すほど負担になったとしても。


 しかし、だ。


「エミーはどうなんだ?」


 それだけが、引っかかった。

 エミーは今の現実でも、夢の世界でも、本気で命を張った。

 俺の蘇生魔法で結果的に生きているが、どちらの世界でも命を落としてしまっている。


 その問いに答えたのは、エミー本人だった。


「後悔してないと思うよ」


 一番狼狽えているかと思ったエミーは、不思議と冷静であった。


「元々守りたいから【聖騎士】になったと思うし、最初に死んだことそのものは、誰かが先に犠牲になるのより全然まし。あの世界の私も、きっと納得した。多分私、何度でもああいう選択するんだろうなあ」


 だけど、と続く。


「その結果二人が死んでしまうんじゃ、意味ないよね。ラセルやジャネットのためにも、死なないように頑張らなくちゃ」


「なるべく怪我もしてほしくはないんだが……」


「あはは、それは無理」


 エミーは全く無理している様子もなく、当たり前のことのように答える。

 ……改めて、明るいエミーの芯の強さと、その願いの本質を見たように思う。

 こいつは自分を大事にすることすら、俺達の為なんだな。


 俺は再びシャーロットへと向き直る。


 一度、諦めかけた俺の冒険。

 一度、失いかけた俺の職業。


 新たに得た、俺だけの職業。

 新たに得た、俺だけの名前。


 『黒鳶の聖者』。


 俺をそう呼んだブレンダに、そして俺を信じて『太陽の女神』と引き合わせる判断をしたシビラに胸を張れる選択。

 それでいて、俺としても納得のいく選択。


「一つ、俺からの頼み事を聞いてもらっていいか」


「ら、ラセルさんから私にですか? はい! 可能なことでしたら何でも!」


「もう自分の脚をナイフで刺して気を紛らわせるような行為はするな」


 俺の願いに、シャーロットはいかにも『きょとん』というような顔で目をしばたかせる。


「……? えっと、願いはそれだけですか?」


「ああ。俺が原因で怪我するヤツがいるってのが落ち着かねえんだよ、いちいち回復させるのも面倒だから変なことするな」


 あのまま誰とも和解できず終わっていたら恨んだかもしれないが、俺は面白女神シビラに選ばれたのだ。

 シャーロットが選び、ブレンダが選び、シビラが選んだ。

 様々な選択の結果、俺は今の俺を選択した。


 自分が納得して【聖者】を残したのに、その【聖者】を与えた本人が自らを責めるのは本当に落ち着かない。

 これも、あくまで俺の気分のためだな。


 もう一つ。俺は、先日思いっきり闇魔法を使う選択をした。

 シビラがその時のシャーロットを面白おかしく話すものだから、よっぽどいい反応だったんだろう。俺も是非見てみたかったところだ。

 ま、意趣返しとしてはこんなものでいいだろう。


「えっと、憎い私が苦しんでざまあ! みたいに思ったりしないんですか」


「お前は俺を何だと思ってるんだ、はたくぞ」


「あっ、一度叩かれてみたいです」


 いや、何でだよ……今の発言、完全に変なヤツだぞ。

 やっぱりこいつも相当変なヤツじゃないか?

 『人間に近い』から『変人の集団』に認識を改めるか?

 なんでこんなに気易さを求めるんだろうな、女神達は。


 癪なんで、希望に添って叩くことはしないでおく。……それはそれで、相手を気遣っているようで妙な感じではあるが……。

 何故かやたらと嬉しそうな顔をしだしたシャーロットに呆れつつ、今まで黙していたシビラに話の本題を振る。


「もういいのね」


「納得できるかと言われれば断定はできないが、少なくとも一定の答えは得られた」


「うっし、それじゃあアタシの話ね」


 ここに来た理由。

 それは、ケイティの仲間として洗脳されていたマーデリンの言葉が始まりだった。


『シビラの姉プリシラに会う』


 それが、今回の目的。

 かなり遠回りになったが、結果的にルナの問題も解決できたので良かったのかもしれない。


「『天界』にみんなで行くけどいいわよね」


「上に? このメンバーならいいよ。でも何で?」


「姉に会って、話を聞くわ」


 シビラの出した答えに、シャーロットは驚きを隠せない顔で息を吞む。


「そう、なんだ。シビラも変わったね」


「そもそも降りてきた時点で大分変わったでしょ」


「そうだったね」


 シャーロットは最後に応えると、立ち上がって目を閉じる。

 直後、カーテンが一斉に閉まり、扉の方でガチャリと音がした。

 誰にも見えないように、そして誰も入って来られないようにしたのだろう。


 次にシャーロットは、部屋の奥にある壁に触れた。

 すると壁の一面が消え、そこにはボスフロアで強敵を前にしたときと同じ魔力壁が現れた。

 その魔力壁もシャーロットが触れると解除され、歩いた先にあったものは、俺の知識には全く存在しないものだった。


 そこにあったのは、空の果てまで続く巨大な魔力壁の円柱。

 あまりにも非現実的な光景に驚く俺達へ、シャーロットはこの場所の答えを言った。


「ここが『天界』へと移動できる場所です」

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