俺は、もう隠れない
王都内部に現れたドラゴンの顔面へ、あの時のように闇魔法を叩き込む。
今回は、皆が見ている前で、だ。
人の見ている前では、闇魔法を使わない。
ならば、剣で助けるか。
それとも、正体を隠して助けるか。
俺の答えは——何も隠さずに助ける、だ。
「とはいえ、エミーまで付き合ってもらう必要はなかったんだがな」
明らかに俺と同じ属性だと分かる色の盾を掲げつつも、いつものように明るい笑顔をこちらに向ける。
「ここまで来たら、いち……いちいちらくしょーとかだよ!」
「一蓮托生のことかな」
「そうそれ!」
ジャネット、あれでよく分かったな。
ま、それだけ付き合いが長いもんな、俺達。
「……な……なな……!」
流血したドラゴンの姿に、ミラベルは顔を青くして俺達に恐れおののく。
「強い魔物を借り受けたら、後はどうにでもなると思っていたか? 残念だったな」
「……有り得ない、こんなの認められない!」
ミラベルが、ナイフの先をルナの首元から俺に向ける。
その指示を受けてか、ドラゴンが咆哮を上げて足を踏み出し、俺を食い殺さんと牙を剥いた。
同時にエミーの盾が【宵闇の騎士】の特性で、ドラゴンの伸びた首を吸い寄せる。
その瞬間にジャネットの魔法が炸裂し、王都に巨体の怒号が響く。
一瞬、ドラゴンが動きを止めた。
ミラベルのナイフは未だこちらを向いている——今だ。
(《シャドウステップ》!)
一連の派手な攻防にこの場の全員が目を奪われていた隙を突いて、俺はミラベルの後ろ側へと回り込む。
これは、ルナの恐怖の分だ!
「なっ…………ギャアアアアア!」
俺はナイフを持つ腕を容赦なく斬り、ルナをその腕の中から引っ張り出してミラベルを蹴り飛ばす!
再び《シャドウステップ》を発動し、今度はフレデリカの隣へ降り立った。
「ルナ! 大丈夫!?」
「これは、特殊な洗脳だ。見てな……《キュア》!」
俺が治療魔法をかけると、虚ろだったルナの目に光が戻る。
「え……っ。あ、あ……! 私、声も、体も……!」
「自分の意思で動かなかったんだろ? もう大丈夫だ」
ルナは体の自由が戻ったことに感極まったようで、目に涙を浮かべて俺へと勢い良く抱きついた。
「ラセル! 影の英雄! 私の、私の……!」
「ああ。お前だけが存在を信じた、闇魔法使いだ。ちょっと待ってな、終わらせてくるから」
俺達が会話している間にも悲鳴を上げていたミラベルへと向き直る。
ドラゴンは、エミーが進むも引くもできないように自分へと縫い付けている。
「私の、私の腕ェェェ……!」
「お前の腕が、どうした?」
「き、斬りやがっ、て……え……?」
右肘を押さえ込むように蹲っていたミラベルは、自分の腕が全く斬れていないことに目を見開く。
「そんな……さっき、確かに……」
ま、言うまでもなく蹴り飛ばした瞬間に回復させていただけなんだよな。
ナイフは腕が落ちた時に蹴っ飛ばしたので、ヤツは素手だ。
正直、回復させる必要もないかと思ったが、そのまま失血死してもらっても困る。
聞きたいことがあるからな。
「まずは、こいつを黙らせるか。《アビスネイル》!」
ドラゴンの体を黒い爪が貫通し、その巨体を大きく揺らす。
倒れなければ、もう一度。更にもう一発。
俺には無尽蔵の魔力があるからな。いくらでも叩き込んでやろう。
「そんな、馬鹿な……」
完全に力を無くして倒れ込むドラゴンを見て、ミラベルは尻餅をついた。
切り札があっさり倒されてしまったのだ、相当な衝撃だろう。
「観念することだ。……お前のその力、ケイティにもらったもので間違いないな?」
「あの方の名前を軽々しく口にするなァ!」
「肯定、と。分かりやすいな」
「……!」
失言に気付いたミラベルが一瞬瞠目し、眉間に皺を寄せる。
「何故……何故何故……私はこうして孤児院のシスターとして……私は偉い……私は『太陽の女神』からも認められ、褒められるべき存在……見返りがなくてはおかしい……」
「見返り……? 私達は、見返りのために、やっているわけでは」
「黙れ黙れッ! 持ってるヤツに、私を言うなッ! ああくそ、フレデリカはいいよなあ、管理メンバーで、立場が上で。あんたには、平凡で終わる私の気持ちは分からない……分かってたまるか……!」
「——私には、分かります」
ミラベルとフレデリカの会話に割って入ってきたのは、意外な人物。
今までずっと防御魔法を維持していた、マーデリンだった。
「もっとやれる、こんなはずではなかった、私はこんなものじゃない。一方で思うんですよね。自分はこんなに劣っている、自分はこれ以上は無理だ、失敗した、失敗が取り返せない」
「や、やめろ……やめろやめろッ……!」
「そういう心を、つけ込まれる。本当は、まだ死んでいないうちは、何も終わってなんかいないのに」
マーデリンも、決定的な失敗をした。
だがジャネットは、その全てを許した。
今、マーデリンは子供達を守るために立っている。
——まだ死んでいないうちは、何も終わっていない。
俺も、そうだった。
何の役にも立てない、何者にもなれない。
最上位職を手に入れた結果、自分のそれまでの全てを失い独りになってしまったことに絶望した。
だが、終わっていなかった。
思惑はどうあれ、俺に手を差し伸べた女神がいた。
「あなたは、過去の私を見ているみたい。だから」
マーデリンは振り返り、俺の目を真っ直ぐ射貫く。
「お願いします」
「分かった」
俺が一歩踏み出すと最後の悪あがきでミラベルが逃走しようとしたので、《シャドウステップ》で隣に移動して腕を掴み、抵抗される前にその魔法を使った。
「《キュア》」
(《キュア》)
彼女が元々こういう人間だったかどうかは分からない。
だが、もしもケイティが思い通りに動かそうとしていたのなら、やはり何らかの操作をされている可能性もあるだろう。
「……あ……」
ミラベルが膝を折ったところで、孤児院の近くにエマとその部下達がやってきた。
恐らく飛び立つドラゴンを見て、走ってきたのだろう。
「首謀者だ、捕まえてくれ」
「うむ、承ったよ!」
エマの部下がミラベルの手首に枷を嵌め、フードを被せて連行する。
ミラベルは抵抗することなく、俯きながら黙ってギルドの方へと歩き出した。
さて。
「……」
俺に注目する子供達に、腕を組んで堂々と答える。
「正義の闇魔法だ。カッコイイだろ?」
少しおどけて言うと、真っ先に「かっこいー!」とルナが声を上げる。
イザベラやマーカスといった大人達が未だ唖然とする中、ルナと話していた友人達も「かっこいいかも……」「俺あれやりたい」と声を上げ始めた。
子供は柔軟だな。
やや癪だが、やたらと子供好きなシビラの気持ちも分かるというものだ。
いきなり全員に受け入れてもらえるとは思わない。
だが、あいつは確かに言った。
俺の全てを肯定すると。
——なら、闇魔法を隠さない選択をした俺を、もちろん肯定してくれるよな?






