第八ダンジョンの謎と、答えとなるボスを相手にする
ジャネットがストーンウォールを壁から生やし続け、一歩ずつボスフロアを昇っていく。
さすがの速度で完成していく螺旋階段だが、それでも駆け上がるには些か遅い。
ある程度昇ったところで、暇を持て余したのかシビラが振り返った。
「この第八ダンジョンは、おかしなところがあるの。分かるかしら」
「いきなり聞かれても分からないな。普通のダンジョンだろう……。……いや、待て」
普通のダンジョン、だと?
俺達は最初に一層だけ潜った第九ダンジョンで、羽の生えた角兎どもの異様な襲撃を対処した。
第七ダンジョンで、最早形容もしがたいほどおぞましい合成魔物の集団と、何と表現したらいいか分からないフロアボスを見た。
ところが……ここ第八ダンジョンはどうだ?
何も、おかしくない。
そう――第八だけ何の変哲もないのだ。
「何故ここのダンジョンにはただの一匹も、合成した魔物がいない?」
俺の疑問が正解であるように、シビラは口角を上げて頷く。
「ギルドは、王都から出て近い順に便宜上番号を振った。こういう区分になるのは必然だったけど」
縦に並んだ三人の人間を、一人目、三人目、二人目と数えることはない。
順番に数える、それが普通の感覚だろう。
「そう番号を振らされたことすら、罠というわけか」
「ええ。可能性としては第七と第九がセイリスの魔王のように複数管理されているか、もしくはハモンドのように同じダンジョンの出口を共有しているか」
どちらにしろ、第八ダンジョンだけが『普通であるが故に異質』なのだ。
三つダンジョンがあるから、三つとも別の魔王か、三つとも同じ魔王かという思考に陥りがちだったな。
こういう辺りは、まだまだ自分の先入観の危うさを感じる。
「しかし、そう確信に至った理由は?」
「このダンジョン、恐らく順番に入る魔王討伐用のパーティーが第八の深いところまで入った時に、残りの第七と第九から魔物を出すための時間稼ぎが目的よ。だから二つのダンジョンの魔物には羽があるけど、ここにはバットしかいない」
なるほど、そういうことか……!
シビラが速攻で倒すように言っていたのは、俺達がこの深いところまで潜っていることそのものが、既に敵の罠に嵌まっているようなものだと。
「戦略的価値が外ではなく内に向いている……その最たる例が」
シビラが視線を向けた先。
先頭で石の階段を作り出していたジャネットが、手に持つ杖を壁の上に向ける。
天井付近の壁に、大きな横穴が二つ開いていた。
いつの間にか下を見ると、足がすくみそうになるほど高い位置に、手すりも何もない石段の螺旋階段が出来ていた。
ジャネットは、横穴を覗き込みながら頷く。
「シビラさんも感じていると思うけど、ボスの反応はこの奥」
本当にこんなに遠くまで逃げ込んでいたのか、下層フロアボスともあろうものが。
「さて、じゃあざっくり倒しましょう。片方から入ったら片方から出てくる。まずジャネットちゃんがここで、エミーちゃんがあっちね。ラセルは——」
◇
天井付近にあったとは思えないような、背丈三人分ほどの横穴。
俺は動かず、耳から聞こえてくる音と、僅かに曲がりくねった横穴に意識を集中させる。
剣は一応持っているが、今回の主役はこちらではない。
——低い音と、僅かな揺れを感じる。
揺れは次第に大きくなり、音はダンジョンの壁が破壊されたことを明確に俺に伝える。
そろそろだ。
『ギャオオオオオオオオオオオオ!」
曲がり道の壁の隙間から、巨大な蛇の頭が見える。
かと思えば、地面を踏みしめるのは動物の足。
それに続き、たてがみを持つ巨大な動物の頭が現れた。
あれは、百獣の王と言われている獅子か……!
本で読んだ時も巨体である描写はされていたが、目の前のフロアボスはその三倍は優にあるだろう。
そのフロアボスは、俺を視界に捉え——足を止めた。
「すまないが、ここは行き止まりでな」
俺の後ろは、現在シビラの案によりストーンウォールで覆い尽くされている。
そしてフロアボスの後ろからは、エミーが突進してきているはずだ。
「相手は俺だ。《ハデスハンド》、《ダークスフィア》!」
『グオオオオオオオオオオオ!』
『シャアアアアアアッ!』
『ギリギリギリギリ……』
初手の魔法で動きを鈍らせ、闇の球を叩き込む。
怒りに燃えた獅子の目と、蛇の威嚇。更には……山羊の歯ぎしりだな。
草食動物といえど、その巨大な口と白い歯は、見るだけで恐怖を駆り立てる。
なるほど、一人動物園とは言い得て妙だ。
さて、ここまでは作戦通りだ。
「まだだ。《ダークスプラッシュ》!」
『グルゥァアアアアア!』
一瞬エミーの方へ戻る判断をしようとしたボスを、意識的にこちらに向かせる。
回避をしようにも、遅延魔法を浴びた巨体が、闇の飛沫を狭い道の中で避けるのは不可能だ。
痺れを切らしたフロアボスは俺を睨み、俺の後ろの壁を睨む。
(……。……)
姿勢を低くし、筋骨隆々とした肉食獣が脚に力を溜める。
衝突すれば、只では済まない一撃。
再び俺の姿を睨むと——勢い良く突撃してきた!
『——グガアアアアアアアアアアア!』
その足元には、アビストラップ。俺の魔法の中でも高威力のものの一つだ。
だが、やはり下層フロアボス。この程度では足を止めない。
血走った獅子の目と、俺の目が交錯する。
牙を剥き出しにしつつも、獅子の頭は口を開けずに額を俺の方に向けて突進してきた。
俺を食い殺すより、壁に押しつけて潰すつもりなのだろう。
魔法で急造した後ろの石壁など易々と破壊できてしまうであろうことも、このフロアボス自身が理解しているのだろう。
無論——そんなこと、こちらも当然理解している。
「《シャドウステップ》」
ダンジョンの壁すら破壊する体当たり。
ドラゴンの攻撃にも匹敵するであろうその猛威が、髪の先を撫でた瞬間——俺は天井付近に移動した。
当然、ダメージを負いつつもフロアボスは壁を壊し、向こう側へ移ろうと飛び出したが——。
「ま、シビラの読み通りだな」
横穴の対岸上でジャネットが多重詠唱のフレアスターを準備しており、穴に飛び込もうと無防備になっている所へと叩き付けた!
『ギャオオオオオオオオオオオオ!』
ボスを火だるまにした当のジャネットといえば、両耳を指で塞いで涼しい顔をしている。
実に堂々としていて頼もしい。
ジャネットの後ろに待機していたシビラが、俺に向けて親指を立てた。
あいつが立てた作戦はこうだ。
シビラは、このフロアボス(パッケージングキメラ、と不思議な呼称をつけた)が真っ先に逃げることを予測した。
そのため、最も脚が速いエミーが【聖騎士】の吹き飛ばしスキルと共に奥へと追い詰めてもらうようにした。
次に、横穴の反対側――つまり俺のいた場所に石壁を作る。
この時、わざと下の方に隙間を作って、いかにも脆そうな雰囲気を出していた。
キメラは俺の後ろの壁を破壊して逃げ出そうとするので、来ると分かっているジャネットが魔法を準備し叩き付ける。
素早く、強く、逃げ足の速い相手。
追い詰められたフロアボスを仕留めるための、最後の罠が発動した。
「逃げた先が安全だと思ったか?」
石壁の向こう側、縦長いボスフロアの天井。
そこには——大量のアビスサテライトが仕組んであった。
フロアボスが、一瞬こちらに驚愕の顔を見せる。
空中に漂っていたアビスサテライトは、近くに現れた魔物の存在を感知して自動的に牙を剥く魔法。
都合数十の、ダークアローによる豪雨だ!
『ガアアアアアアアアアアアアッ!』
『シャアアアアーーーーーー!』
『ケエエエエエエエエ!』
こちらを恨めしそうに睨む三対の瞳はやがて力を失い、天井付近から昏い奈落へと吸い込まれていった。






