憧れた英雄達の轍に、ライバルの姿はなく
巨大なギルドを後にした俺達は、再びギルド職員に連れられてダンジョン方面へと向かう。
事前に道具の購入などがギルドの費用で出ると言っていたので、必要そうなものはシビラとジャネットがいくつかギルド内にある店で見繕っていた。
俺とエミーは、必要な場面があまり思い浮かばない。
回復魔法が無尽蔵に使える以上ポーション類は不要だし、下手に慣れない道具の使いどころを考えるよりは身軽な方がいい。
エミーに関しては「使い方覚えられない」と言っていたので、それ以前の問題だが……まあエミーは、素の状態で強いからな。
「さーて、久々の……ってほどでもない新規ダンジョンの探索ね!」
「思えば、俺達にとって半数ぐらいが初ダンジョンだな」
アドリアの村に現れた第二層で即『魔界』だったダンジョンに始まり、次のセイリスでは海岸に現れた第四ダンジョン。
マデーラに行けば『赤い救済の会』の裏口から魔神のいるダンジョンがあった。
セントゴダートに来て退屈の極みのような安定ダンジョンを見たと思ったら、お次は第九ダンジョンである。
忙しいことこの上ないが、退屈よりは遥かにいい。
何もできなかった頃に比べて、生を実感できるからな。
「ラセルはこういうの、慣れてるんだ」
「そういえばジャネットと探索前のダンジョンに入るのは初めてか。そうだな……」
誰も潜ったことがない、未知のダンジョン。
最初にアドリアの攻略に挑んだ時の、シビラの言葉。
「慣れたかというと初めての時よりも慣れたが、可能な限り慣れすぎないように気をつけている」
「……なるほど、慣れた時ほど油断が危険を呼ぶ、か。経験者の意見は、本の知識より重いね」
ジャネットは趣旨を理解し、頷いた。
本の知識を誰よりも集めた彼女は、それ故に誰よりも経験の重要性を理解している。
俺よりよっぽどモノを知っているシビラでさえ、魔王が次に取ってくる戦略は予測しきれないのだ。
万能の予言者ではない。
だが、それ故に俺でも隣に立って戦うことができる。
「シビラ、まずは俺達の今までの経験則からいくつか予想できることがあるな」
「ええ、順を追って説明するわ。セントゴダートでは毎日ダンジョン周囲の探索依頼が冒険者に出てる。ダンジョンに潜らなくても報酬は出るから、第二ダンジョンも潜りたくない人には人気の仕事なの」
毎日巡回している……となると、その時点でも分かることがあるな。
「報告に来たダンジョン三つは、全部現れたばかり。つまり、アドリアの時のように第二層が最下層である可能性が高い」
「そういうこと。アタシからギルド側に一通りのことを報告してるから、完成直後のダンジョンがいきなり最下層である可能性が高いことをエマも把握してるわ」
なるほどな。
第一層の調査のみという指示だったのは、シビラからの情報によるものか。
ベテラン冒険者だろうと、ドラゴンと出会えば危険が大きい。
第二ダンジョンの完成度合いから見て、セントゴダートが『安全』を第一に考えていることは分かる。
会話しながらも足は止めず、セントゴダート東門を出た辺りでシビラは街壁を振り返った。
「それに、アタシ達は知っている」
「何をだ?」
「今回の調査には、絶対【勇者】がいないこと」
……ああ、そりゃ当然だな。
俺達は、勇者が今どういう状況にいるのか知っている。
あいつが参加していたら、それを周知されていないはずがないだろう。
同時に、思う。
今、俺が引き受けたのは、本来【勇者】が引き受けるはずだったもの。
戦う力を得た【聖者】の俺が、英雄譚の主役である【勇者】と同等の扱いになっている。
それ自体は嬉しいものだと素直に思うが……同時に、張り合いがないものだとも思う。
今代の勇者、ヴィンスのパーティー。
ライバルにすらなり得ない幼馴染みと、全く勝った感触のない愛の女神。
あれだけのことをしておいて俺のことを覚えていないあいつと、そのレベルを吸い取って自分の力として圧倒してみせた女。
ヴィンス。俺は今、お前の道を先に進んでいるぞ。
お前は、こんなものじゃないだろう。
もうあの頃のように、勝ち越した俺と上回ろうとジャネットから剣術を必死に学んでいた頃の記憶も、気概もないのかよ。
……考えても仕方はない。今は目の前のことに集中しよう。
「つまり【勇者】がいない以上、魔王の討伐に適任であるほどの冒険者はいないということか」
「そういうこと。調査で死人を出すわけにはいかないわ」
……ん?
だったら何で俺はあっさり魔王討伐を了承されたんだ?
「一応ラセルが魔王を何体も倒してるのは伝えてるわよ。それにエマは冒険者が安全重視という方針であることに、不満……ってほどじゃないけど、退屈に感じているのよね」
「ああ、そんな感じだったな。俺も近い気分だったから有り難い」
「あんたはエマと気が合いそうね。まあアタシほどじゃないと思うけど」
「何でそこで対抗したがるんだよ」
真面目な話からいつも通りのお調子者に戻った辺りで、何やら人が待機しているのが見えた。
「お疲れ様です、どうでしたか?」
「問題はなかったです。今のところバットの一体も飛び出していないですね」
ギルドの職員がダンジョン前に待機していた四人と軽く会話をして、俺達に向き直った。
「それでは、『宵闇の誓約』の皆様に調査をお任せしたいと思います。どうかお気をつけて」
五人の職員が頭を下げ、シビラが明るく「任せなさい!」と両手の親指を立てた。
目の前に広がるのは、何も整備されていないダンジョン入口。
地図も何もない、正真正銘の未知のダンジョンだ。
セントゴダートでの安穏とした日々は、一旦終わりだな。
「よし、行くか」
俺の言葉に、シビラ、エミー、ジャネットが同時に頷く。
初の四人での、ダンジョン探索開始だ。






