ステンドグラスが人々の疑問に答えてくれるわけがない
結局そのまま俺は、誰もいない宿で一夜を明かして朝を迎えた。
心は曇っているというのに、空は憎たらしいほどの快晴だった。
昨日までの流れを思い出す。
『怪我したなら、もう色々諦めて村に戻った方がいい』
……まったく、自分で自分が嫌になってくる。
確かにヴィンスの言ったとおりだ。
エミーは左手一本で盾を構えていただけ。武器もなければ、反撃もしていない。
そのエミーにぶつかりに行った俺は、恐らく何かしらのスキルで吹き飛ばされたのだろう。
そのまま気絶して……まあ、気絶した俺に呆れただろうな。
エミーには特に、合わせる顔がない。
優しい奴だし、慰めの言葉を選ぶのすら困るだろう。
……まあ、なるようになった、としか言いようがない。
いずれこうなることは、薄々感じていた。
それが、たまたま今日だったというだけ。
しばらく過ごした宿から出ると、人の多い街を歩く。
未だに似合う気がしない白いローブをなびかせながら、自分の胸元を触る。
そこには、あったはずの冒険者パーティーを組んだ時に作ったタグがなくなっていた。
……確かに、脱退したのならあれを使うわけにはいかないな。
南の門への行きがけで、教会の前を通る。
思えば、ここで選定式を行ったんだったな。
昨日のことのように思い出せる。
『こ、これはとてつもないものを授かりましたな……!』
担当していた神官も驚いていた。
それほどまでに、俺たちの職業は特別だったのだ。
『まさか、【聖者】まで出るとは……! いや、なんと目出度いことだ!』
俺の前は、二十年前に活躍した【聖女】ってのがいた。
結構な有名人で、そんな存在に自分もなったというのは誇らしい話……だった。
最後に入ろうかと思ったが、扉の上部に堂々と鎮座するステンドグラスを見て、俺は無言でその場を去った。
女神。
ステンドグラスは、女神の姿を模している。
切り絵のような色の組み合わせのため詳細ではないが、金髪の長い髪をした白いキトン姿と分かる女性が、太陽を浴びて教会内部に色のついた光となって顕現している。
女神ってやつは、なんなんだろうな。
何故剣を持っていた俺に、【聖者】なんていう職業を与えたんだろうか。
もしも、エミーがあの時……木の枝を持ち出さずにジャネットと一緒に本を読んでいたら、俺とエミーの職業は入れ替わっていたのだろうか。
……考えたところで、気まぐれな女神のことなんて全く分からないな。
ステンドグラスの女神に聞いたところで答えは返ってこないし、光が当たったからって、教会の中にそれっぽい金髪の女性がいたからって、職業の選定理由を聞けたりはしない。
自分が必要であるかどうかの答えなんて、分からないのだ。
教会は、女神の姿とともに、変わらずそこにあるだけ。
ただ、一つだけ自分の中で変化したことがある。
俺は、女神が嫌いになった。
旅の荷物を軽く買った後は、南門から故郷の村を目指す。
以前この道を通った時は希望に満ちあふれていたが……もう今となっては、そんな日々も遠い。
結局街に出てから一度も故郷に戻ったことなんてなかったな。
しばらく歩いていると、道の片隅で蹲っている子供を見つけた。
あれは……確か、村にいた豆畑のところの娘か?
まだ四歳ぐらいのはずだ。この辺りに一人でいるなんて危ないな。
「どうしたんだ?」
声をかけると、女の子は涙目でこちらを見上げる。
「……う、うう……」
「何かあったのか?」
「おかあさんが、おかあさんが……!」
そこまで言うと、泣き出してしまった。
要領を得ないが……仕方ない。もう俺に用事など何一つないし、少し話を聞いてやってもいいか。
泣き止むまで待っていると、その子は落ち着いたところで頭を下げる。
「ご、ごめんなさい、急に」
「構わない。それより何があった?」
落ち着いた少女は、少しずつ事情を話し始めた。
どうやら少女の母親が病気になってしまったらしい。
誰かに助けを求めにここまで一人で、門番の目をかいくぐって出てきた。
……とりあえず村の門番は後で殴るとして、だ。
「父親は何をしている?」
「おとうさんは、いないの……」
原因不明の病で、母子家庭らしき少女の家では家には神官も呼ぶほどの金もない。
なるほどな。それで一人で、誰でもいいから助けを呼びに無計画に出てきたと。
「……俺はアドリアの人間だし、多分お前もだよな。これから村へ帰るついでだ、母親のところまで俺を案内できるか?」
「えっ、あの、治せるの?」
「わからん。が、一応回復魔法は使える。何もしないよりマシだろ」
「……お金、ないよ」
「そういうところは分かるぐらいに苦労はしたんだな。ないものを寄越せなんて言うつもりはないし、ガキが金の心配なんかすんじゃねえよ」
治療の神官を雇うのには金がかかる。
だから治療を無料でやるというのは、通常はありえない。
自分で言うのもなんだが、あんなことがあった後だから、内面はそれなりにささくれ立っている。
が、さすがに同じ村で育った人を見殺しにして、孤児院に戻れるほど冷めてはいない。
それに……、最近は全く使うことのなくなった【聖者】の魔法も、たまには使ってやらないと腕が錆びてしまいそうだからな。
俺は、少女を連れて村へと歩き出した。






